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2 動き出した時間

1・【歌声】

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 ****♡Side・海斗

 ──瀬戸は何かを探っている。

 【瀬戸遥】は元々そんなにおしゃべりな方ではない。それでも利久には懐き彼となら快活に喋るイメージを持っていた。そんな瀬戸が時々塞ぐようになったのは、ここ数年のこと。
 彼は自分のことを話したがらない為、理由は皆目見当もつかない。それでも最近AGというバーチャルリアリティーゲームの中で、Jackと名乗る女性と仲良くなったようだ。

 ──あの人とは、よく話すよな。

 AGでもリアルでも瀬戸は何か調べものばかりしている。
 とても賢く少し尊大な態度を取ることはあるが、海斗にとっては可愛い弟分だ。
「で、何が食べたいって?」
 と海斗は瀬戸の方を振り返った。
「なんでも良いって言ったら、怒るんでしょ?」
 と、彼。
 隣で利久がクスクス笑っている。可愛らしい。
「砂利でも食ってろって、言う」
「うわ、ひど」
 こんなやり取りは日常茶飯事。ゲームの中では、彼の方が強い。そして、辛そうだ。
「系統でもいいし、店名でも良いから言えよ。メニューは現地で決めればいいだろ」
「じゃあ、とんかつ」
「凄い、ピンポイントだな」
 この近くには、老舗で美味しいとんかつ屋がある。もちろん自分たち三人にとっては行きつけの店だ。

「じゃあ、いつものとこ行くか」
 と海斗が提案すると利久が頷く。
 その店は、駅近くの商店街の裏道にある。昼時はサラリーマンでいっぱいになり、古民家風の二階建ての建物が印象的な店だ。
「こんにちは」
 と中へ入って行くと大将が三人を見て軽く手をあげる。
 大学の近場でありながら、学生はこの店の存在に気づき辛いのか、若者をあまり見かけない。そのため、三人は店の者に顔を覚えられていた。
「今日はテーブルと座敷どっちにするんだい?」
 と接客担当の大将の妻に聞かれる。
「今日は、空いてるんだね」
 と利久。
 一階はテーブル席。二階は座敷となっていた。土曜日という事もあり、ランチを食べに来た子共連れの女性が多く見受けられる。
「テーブルで」

 案内された四人席に座ると、それぞれ決めていたものを注文した。出されたおしぼりで手を拭くと、温かいお茶に手を出す。どの店に行っても緑茶が主流な中、この店ではほうじ茶を出す。食によって合うお茶が違うのは、何となく理解はしているものの、実際どんな料理に、どんなお茶が合うのかは分からない。ここで出されるほうじ茶は、しっかりとした香り、濃さで海斗はとても気に入っている。
「ところで、瀬戸」
「なに、海斗先輩」
「学園祭は来るのか?」
 海斗と利久にとってK学園大学部の学園祭は初参加。もちろん、客としてなら出向いたことがあるのだが。
「だって、大里姉妹がバンド演奏するんでしょ?」
 と、瀬戸。
 彼は昨年、K学園高等部……現在久隆たちが通っている”第一校”のほうで二大セレブの一人である大里ミノリと飛び入り参加した彼女の姉を含むバンドの演奏を聴いて、ファンになったらしい。歌は姉の方が担当しているらしく、天使の歌声だと瀬戸が大絶賛していたことを思い出す。

「歌(音楽)は国境を超えるってよく言うけど」
 彼女の唄う歌は洋楽だ。
「音楽には無限の力があるし、心が宿るよね」
 と、珍しく瀬戸が嬉しそうに笑う。
「海斗先輩も、一緒に観に行こうよ」
 と、彼。誘われることには理由がある。彼女のバンドメンバーに、あの海斗の宿敵【大崎圭一】がいるからだ。
「ん……そうだな」
 海斗は渋々承諾したのであった。
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