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第十七話 惨劇の結末
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月の光に照らされながら、ヒースクリフは危機が迫る生家への道を急いでいた。
魔力強化を最大までかけた全力疾走は、道草を消し飛ばし、風すら置き去りにする。
それすら遅いとばかりに、彼は魔法を唱えた。
「魔術位階第二位 遠見の術っ!!」
ヒースクリフは家の周囲に魔術的な“眼”を飛ばし、様子を探る。
その間も彼の足は、その場所に向かって走り続けていた。
(くそっ!)
そこでは今まさに二人の賊が彼の家族と対峙していた。
(まだ、遠隔魔法の精度は十分とはいえん。ここから火炎魔法でもぶっ放せば、母さんたちの安全を保障できんか!)
前世であれば赤子の手をひねるように出来たことが今は出来ないことに、唇を強く噛んだ。
(だが、いざとなれば打たざるを得んな……)
彼は悲壮な決意を固めていた。
その間も“眼”は緊迫したシーンを伝えてくる。
彼の兄たちは盗賊の注意を引くことに成功したが、それでも稼げた時間は僅かでしかない。
彼等に白刃が振り下ろされ、そこに母親が飛び出す。
(しかし、誇れよ、兄貴たち。その時間稼ぎのおかげで、俺が到着した──────)
ものすごい勢いのまま森を抜けると、彼自身の目で、盗賊と家族を視認する。
貧困を象徴するような我が家の前では、今まさに二人の兄たちとそれを守ろうとする母親が切り殺されようとしていた。
ヒースクリフは手元の短剣を、狙いすまして投擲する。
それは狙いを過たず飛翔し、家族を狙う致命の一撃を弾き飛ばした。
金属がぶつかる鈍い音が、辺りに響き渡る。
「なんだっ!?」
剣を弾かれた男は驚愕の声を上げ、振り返った。
「なんとか、間に合ったようだな……」
ヒースクリフは呟いた。
彼の身体は魔力強化により、立ち昇るような淡青色のオーラを纏っている。
「あれは……ヒースか?」
母親に覆いかぶさられながらも、顔を出した長男坊のロックウッドが言った。
彼はこれまで魔法使いを見たことが無いのだ。
強力なオーラを纏った少年が、末の弟には見えなかったのである。
ヒースクリフは兄弟たちを見て更に、自分に言い聞かせるように呟く。
「兄貴たちだけに見せ場を取られては、名折れというやつだよな」
だが、彼の内なる声は、囁(ささや)いた。
『力がバレては、ここには居られないぞ』『皆、お前のことを化け物だと思うかもな』『転生者だということを知られたら、消されるかもしれんぞ』
彼はその声らを一笑に付した。
「────弱き者ですら、武器を手に立ったのだ。力有る者が、どうして立ち上がらずにいられよう」
そう堂々と宣言するように言ったヒースクリフの威容は、今や場を完全に支配していた。
その場所で最も幼い少年の中からあふれ出る、圧倒的な魔力の奔流に、盗賊たちですら口を開くことが出来ずにいる。
「あんたは……?」
母親が自分の息子に対し、畏怖を感じた様に問いかける。
そちらをちらっと見て、ヒースクリフは続けた。
「見事だった。兄者たちの時間稼ぎが無ければ、俺は間に合わなかったかもしれん。お前たちの意思は今日、家族を救った。誇れよ、英雄!」
それを聞き、倒れこんだ兄弟は「もう大丈夫、俺たちは助かったんだ」という暖かな安堵を覚えた。
八歳にしかならない弟が来たから、無法者たちの刃から救われたんだと考えるのは、なんだか間抜けである。
しかし、魔力の閃光迸るヒースクリフは、そんな常識を弾き飛ばしてくれる存在だと確かに思わせてくれた。
そう思うと、彼らは緊張の糸が切れたのか、大声をあげて泣き始める。
ヒースクリフは男たちに向き直り、声を低くして言う。
「さっきお前たちが吐き捨てた言葉を、今度はお前らにくれてやろう」
ヒースクリフは震えるばかりの賊に向かって淡々と繰り返した。
「じゃあ、死のうか」
それを聞くか聞かずか、逃げ出そうと足を踏み出した二人に向かって、魔法を放つ。
「魔術位階第五位 暗夜行路──────」
山賊たちは背中を見せて、全速力で逃げ出そうとしている。
あからさまに強そうな魔法使いというのは、ほとんどの場合に実際強い。
彼等にはこれまでに培った経験から、逃げることが時に最善の結果を引き寄せうると知っていた。
しかし、この場合はその経験も、何の役にも立たない。
彼らは、知らず知らずの内に、獰猛極まる虎の尾を踏んでしまっていたのだ。
わき目もふらず逃げ出して二歩も進めないうちに、彼らは気づく。
自分の足元が、ぽっかりと暗い穴を空けていることに。
だが、それに気づくのは遅すぎた。
そのまま、彼らは底の見えない穴に飲み込まれて堕ちてゆく。
断末魔を上げることすら出来ずに、先ほどまで圧倒的強者であった男たちはこの世からすら消え去った。
ヒースクリフは、盗賊の末路を見届け嘆息する。
更に一つ息を吐いて、顔から憂いの色を消すと、家族に向き直って言った。
「他の家も襲われているかもしれん。急いで行ってくるから、ここから動くなよ」
そう言うと、彼はなにがしか呪文を唱えた。
そのまま、ぼそぼそと何やら誰かと話し合っているような様子である。
「……そうだ。村が襲撃を受けた。俺は掃討に向かうから、家族の保護を頼む。ああ、よろしく」
ヒースクリフが連絡を取っていたのは、果たして機械人形のニアである。
彼女がすぐに向かう旨を述べると、彼は家族に言い残した。
「行ってくる」
そして、駆けだそうとした。
「待って!」
母親の声がかかり、思わず足が止まる。
「あんた……?ホントにヒースなのかい?」
彼女はどこか怯えたような様子である。
ヒースクリフは、彼女の方を見もせずに言った。
「ああ、俺はイーソン村のヒースクリフさ。母さんの息子だ」
彼は、その言葉だけを残して、濃い闇の中へと走り去った。
◇
(くそっ!三人も死人を出してしまったか)
ヒースクリフが村に残った山賊を全滅させたのは、明け方のことだった。
美しく登りゆく朝日を見つめながらも、彼の表情は晴れない。
(百姓のヴォートラン、牧師のコリンズ、書記のバートルビー。彼らは自分の命を犠牲にして、俺が来るまで持ちこたえてくれた。救いが来るかどうかも分からず、女子供のために身を投げ出したその行為は正に、英雄の所業だ!俺には、この村を救うことが出来る力があった。だがもしも……力が無かったとしたら、彼らと同じ行為が出来るだろうか?)
ヒースクリフは自分に問いかけ、その問い自体を死んでいった者たちへの弔いとした。
そして、過去の自分の所業を思い出し、強烈な自責の念に駆られる。
(俺は、勇者として数々の村を見せしめに崩壊させてきた。その分だけ、彼らのような犠牲者が生まれていたというわけか……)
ヒースクリフは血が出るほどに強く、唇を噛んだ。
彼の心中とは裏腹に、薄雲に籠った朝日は水平線も赤く染め上げながら、その日も変わらず登ってくる。
そこに背後から、少女の声がかかった。
「あなたは最善の結果をつかみ取りました。後悔するようなことは何もないでしょう」
平然とヒースクリフに言ったのは、果たしてニアであった。
彼はその声の主を悟ると、振り向きもせずに言った。
「機械如きが分かったような口をきくな」
「“機械如き”でもあなたが苦しんでいるのは分かります」
ニアは少年の正面に回り込んで、その顔をまっすぐに見つめた。
ヒースクリフは不機嫌そうに顔を背ける。
「俺が村に居れば、一人も死なせずに済んだだろう」
「そうかもしれません」
ニアはただヒースクリフの言葉を肯定した。
だが、彼女はそのまま言葉を続ける。
「ですが、普通はあなたのような子供なんているはずがないのです。この村はこの上ないほどの幸運だったと考えることも出来ます」
ニアは、反論しようと口を開きかけたヒースクリフの機先を制して言う。
「それに、こういった襲撃に対処するのは貴族の義務です。あなたの責任ではありません。領主は一体何をしていたんでしょう」
ヒースクリフはそれを聞いて、やっと疑問を浮かべた。
「確かに、領主の兵が来るのが余りに遅い。救援を求めたという話だったが、なにをしているのだ」
ヒースクリフが自分を責めるのを一時でも中断して意識を反らしたのを、ニアは微笑んで受け入れる。
そのまま、今回の襲撃について彼女が集めた情報と、それを元に組み上げた推理を滔々と語り始めた。
魔力強化を最大までかけた全力疾走は、道草を消し飛ばし、風すら置き去りにする。
それすら遅いとばかりに、彼は魔法を唱えた。
「魔術位階第二位 遠見の術っ!!」
ヒースクリフは家の周囲に魔術的な“眼”を飛ばし、様子を探る。
その間も彼の足は、その場所に向かって走り続けていた。
(くそっ!)
そこでは今まさに二人の賊が彼の家族と対峙していた。
(まだ、遠隔魔法の精度は十分とはいえん。ここから火炎魔法でもぶっ放せば、母さんたちの安全を保障できんか!)
前世であれば赤子の手をひねるように出来たことが今は出来ないことに、唇を強く噛んだ。
(だが、いざとなれば打たざるを得んな……)
彼は悲壮な決意を固めていた。
その間も“眼”は緊迫したシーンを伝えてくる。
彼の兄たちは盗賊の注意を引くことに成功したが、それでも稼げた時間は僅かでしかない。
彼等に白刃が振り下ろされ、そこに母親が飛び出す。
(しかし、誇れよ、兄貴たち。その時間稼ぎのおかげで、俺が到着した──────)
ものすごい勢いのまま森を抜けると、彼自身の目で、盗賊と家族を視認する。
貧困を象徴するような我が家の前では、今まさに二人の兄たちとそれを守ろうとする母親が切り殺されようとしていた。
ヒースクリフは手元の短剣を、狙いすまして投擲する。
それは狙いを過たず飛翔し、家族を狙う致命の一撃を弾き飛ばした。
金属がぶつかる鈍い音が、辺りに響き渡る。
「なんだっ!?」
剣を弾かれた男は驚愕の声を上げ、振り返った。
「なんとか、間に合ったようだな……」
ヒースクリフは呟いた。
彼の身体は魔力強化により、立ち昇るような淡青色のオーラを纏っている。
「あれは……ヒースか?」
母親に覆いかぶさられながらも、顔を出した長男坊のロックウッドが言った。
彼はこれまで魔法使いを見たことが無いのだ。
強力なオーラを纏った少年が、末の弟には見えなかったのである。
ヒースクリフは兄弟たちを見て更に、自分に言い聞かせるように呟く。
「兄貴たちだけに見せ場を取られては、名折れというやつだよな」
だが、彼の内なる声は、囁(ささや)いた。
『力がバレては、ここには居られないぞ』『皆、お前のことを化け物だと思うかもな』『転生者だということを知られたら、消されるかもしれんぞ』
彼はその声らを一笑に付した。
「────弱き者ですら、武器を手に立ったのだ。力有る者が、どうして立ち上がらずにいられよう」
そう堂々と宣言するように言ったヒースクリフの威容は、今や場を完全に支配していた。
その場所で最も幼い少年の中からあふれ出る、圧倒的な魔力の奔流に、盗賊たちですら口を開くことが出来ずにいる。
「あんたは……?」
母親が自分の息子に対し、畏怖を感じた様に問いかける。
そちらをちらっと見て、ヒースクリフは続けた。
「見事だった。兄者たちの時間稼ぎが無ければ、俺は間に合わなかったかもしれん。お前たちの意思は今日、家族を救った。誇れよ、英雄!」
それを聞き、倒れこんだ兄弟は「もう大丈夫、俺たちは助かったんだ」という暖かな安堵を覚えた。
八歳にしかならない弟が来たから、無法者たちの刃から救われたんだと考えるのは、なんだか間抜けである。
しかし、魔力の閃光迸るヒースクリフは、そんな常識を弾き飛ばしてくれる存在だと確かに思わせてくれた。
そう思うと、彼らは緊張の糸が切れたのか、大声をあげて泣き始める。
ヒースクリフは男たちに向き直り、声を低くして言う。
「さっきお前たちが吐き捨てた言葉を、今度はお前らにくれてやろう」
ヒースクリフは震えるばかりの賊に向かって淡々と繰り返した。
「じゃあ、死のうか」
それを聞くか聞かずか、逃げ出そうと足を踏み出した二人に向かって、魔法を放つ。
「魔術位階第五位 暗夜行路──────」
山賊たちは背中を見せて、全速力で逃げ出そうとしている。
あからさまに強そうな魔法使いというのは、ほとんどの場合に実際強い。
彼等にはこれまでに培った経験から、逃げることが時に最善の結果を引き寄せうると知っていた。
しかし、この場合はその経験も、何の役にも立たない。
彼らは、知らず知らずの内に、獰猛極まる虎の尾を踏んでしまっていたのだ。
わき目もふらず逃げ出して二歩も進めないうちに、彼らは気づく。
自分の足元が、ぽっかりと暗い穴を空けていることに。
だが、それに気づくのは遅すぎた。
そのまま、彼らは底の見えない穴に飲み込まれて堕ちてゆく。
断末魔を上げることすら出来ずに、先ほどまで圧倒的強者であった男たちはこの世からすら消え去った。
ヒースクリフは、盗賊の末路を見届け嘆息する。
更に一つ息を吐いて、顔から憂いの色を消すと、家族に向き直って言った。
「他の家も襲われているかもしれん。急いで行ってくるから、ここから動くなよ」
そう言うと、彼はなにがしか呪文を唱えた。
そのまま、ぼそぼそと何やら誰かと話し合っているような様子である。
「……そうだ。村が襲撃を受けた。俺は掃討に向かうから、家族の保護を頼む。ああ、よろしく」
ヒースクリフが連絡を取っていたのは、果たして機械人形のニアである。
彼女がすぐに向かう旨を述べると、彼は家族に言い残した。
「行ってくる」
そして、駆けだそうとした。
「待って!」
母親の声がかかり、思わず足が止まる。
「あんた……?ホントにヒースなのかい?」
彼女はどこか怯えたような様子である。
ヒースクリフは、彼女の方を見もせずに言った。
「ああ、俺はイーソン村のヒースクリフさ。母さんの息子だ」
彼は、その言葉だけを残して、濃い闇の中へと走り去った。
◇
(くそっ!三人も死人を出してしまったか)
ヒースクリフが村に残った山賊を全滅させたのは、明け方のことだった。
美しく登りゆく朝日を見つめながらも、彼の表情は晴れない。
(百姓のヴォートラン、牧師のコリンズ、書記のバートルビー。彼らは自分の命を犠牲にして、俺が来るまで持ちこたえてくれた。救いが来るかどうかも分からず、女子供のために身を投げ出したその行為は正に、英雄の所業だ!俺には、この村を救うことが出来る力があった。だがもしも……力が無かったとしたら、彼らと同じ行為が出来るだろうか?)
ヒースクリフは自分に問いかけ、その問い自体を死んでいった者たちへの弔いとした。
そして、過去の自分の所業を思い出し、強烈な自責の念に駆られる。
(俺は、勇者として数々の村を見せしめに崩壊させてきた。その分だけ、彼らのような犠牲者が生まれていたというわけか……)
ヒースクリフは血が出るほどに強く、唇を噛んだ。
彼の心中とは裏腹に、薄雲に籠った朝日は水平線も赤く染め上げながら、その日も変わらず登ってくる。
そこに背後から、少女の声がかかった。
「あなたは最善の結果をつかみ取りました。後悔するようなことは何もないでしょう」
平然とヒースクリフに言ったのは、果たしてニアであった。
彼はその声の主を悟ると、振り向きもせずに言った。
「機械如きが分かったような口をきくな」
「“機械如き”でもあなたが苦しんでいるのは分かります」
ニアは少年の正面に回り込んで、その顔をまっすぐに見つめた。
ヒースクリフは不機嫌そうに顔を背ける。
「俺が村に居れば、一人も死なせずに済んだだろう」
「そうかもしれません」
ニアはただヒースクリフの言葉を肯定した。
だが、彼女はそのまま言葉を続ける。
「ですが、普通はあなたのような子供なんているはずがないのです。この村はこの上ないほどの幸運だったと考えることも出来ます」
ニアは、反論しようと口を開きかけたヒースクリフの機先を制して言う。
「それに、こういった襲撃に対処するのは貴族の義務です。あなたの責任ではありません。領主は一体何をしていたんでしょう」
ヒースクリフはそれを聞いて、やっと疑問を浮かべた。
「確かに、領主の兵が来るのが余りに遅い。救援を求めたという話だったが、なにをしているのだ」
ヒースクリフが自分を責めるのを一時でも中断して意識を反らしたのを、ニアは微笑んで受け入れる。
そのまま、今回の襲撃について彼女が集めた情報と、それを元に組み上げた推理を滔々と語り始めた。
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