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第二十二話 勧学院試験 ②
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「勧学院試験は学科と実技に分かれており、午前中に学科試験、午後に実技試験が行われる──────」
試験官の中でも、一等立派な服装をしたその老齢の男は述べた。
全ての受験生が集められたその大部屋で、その声は不自然に大きく響く。
拡声魔法の作用だと、教室の多くのものが看破した。
それすら出来ない者の集団は、これから始まる試験で、足切り同然に門前払いを食らった集団とほぼ一致していたのだが、これは当然だ。
第一位階魔術 拡声魔法 程度の生活魔法すら見たことが無い者に、その門をくぐらせるほど、国費で運営される勧学院とは甘いところではないのである。
付け加えるように、老人は、自分は勧学院の院長を預かるミハイル・リヴォーヴィチだと、しわがれ声で名乗る。
(やつがここの最高責任者か)
ヒースクリフは、受験生でひしめく教室の最後列に気配を消して佇み、考える。
(大したことは無いな……)
失望は隠せなかった。
(俺がこんな辺境で教わることが無いのは仕方ないにしても、この程度の人間を責任者に据えておくとは。本当にここで学べることが何もないなら、ダンジョンでニアと鍛錬していた方がましだったな……)
ミハイル院長の魔力量を見て、ヒースクリフは一人、そう考えた。
(まあ、魔力量なんてのはあくまで指標でしかない。例えを出すなら、そう!剣豪アーストロフがいるではないか。やつの魔力量は、そこらの平民と変わらなかったが、なかなかどうして、強敵だった。俺も奴との仕合では、腕の一本や二本は覚悟したものだったな……。やつは今頃、どうしているだろうか──────)
ヒースクリフが前世での思い出に心を飛ばしている中、ミハイル院長の説明は続いている。
「──────当然分かっていることとは思うが、不正厳禁だ。不正が発覚した場合、首長閣下の執り行う試験の信頼を損なった罪として、反逆罪が適用される。心しておけよ」
ヒースクリフは説明が終わると、指定された受験室に移った。
説明通り、午前中は学科、つまり学力試験である。
(語学・数学・歴史学・魔法学・神学の五教科か。10にも満たない子供向けの学力試験など問題になるわけもないな)
ヒースクリフは何の問題もなく、解き進めていった。
関門となったのはひとつだけ。
(ここ二十年程の、近年の歴史は知らん……)
彼が躓いたのは、歴史学だった。
前世と現世の間に起こったことは知りようがないし、記憶が覚醒した後も、本に触れる機会は無かったのだ。
そのため、知らないところについては白紙提出となったが、彼は気にしていない。
(俺も前世でだてに貴族をやっていたわけではないのだ。歴史学以外は満点であることに殆ど疑いはない。農奴の子が、出来過ぎて悪目立ちする恐れこそあれ、不合格となることはあるまい)
彼は満足する結果で、午前中の学力試験を終え、実技試験へと進むのであった。
◇
ヒースクリフは昼食休憩の間、勧学院の敷地内を探索することにした。
どうせ教室に居ては、その服装の余りの貧相さから、良くない輩に絡まれるに決まっている。
彼はそう考えた。
(いや、それも前世の俺だったら、絶対に絡みに行っただろうと考えてのことなのだが)
ヒースクリフは前世の自分の行動原理──────それは貴族の行動原理でもある──────を思い返して、げんなりした気分になりながら、教室を出た。
勧学院は流石にサルダ自治国の威信をかけて作られた教育施設だけに、学問そのものの威厳を示すような、重厚で立派な造りをしている。
(むっ、あれは?)
勧学院の中央に鎮座する大講堂の裏手に回ると、四人組の少年グループが、一人の男の子を取り囲んでいるのが目に入った。
(試験当日に虐めとは……。やつら、度胸だけは大したものだな)
悪ガキに小突き回され、遂には倒れこんで、土埃に塗れる少年を見ても、ヒースクリフに浮かんだのはそんな呑気な感想であった。
四人の少年は相手が反抗してこないのを良いことに、その多数であることに頼み、聞くに堪えない侮蔑の言葉を吐くわ、唾を吐きかけるわ、やりたい放題である。
(さて、俺の存在を気取られず、助けることなど容易なわけだが)
ヒースクリフは貴族らしい少年を見かねて、助け出そうと考えたが、何かを見て取りやめた。
(ふむ、あの者の目。ただ甚振られるだけの弱者の目ではないな……)
ヒースクリフが見たのは、虐められている少年の目である。
その目は爛々と輝き、それは正に意志の輝きであった。
彼の心は多数によって足蹴にされようとも、折れてはいないのだ。
それは彼の心に、この程度のことでは折れることを許さない芯があることを示している。
(面白いではないか。……とはいえ)
その少年は、反撃しない。
これでは、状況は好転しないだろうことは明らかだった。
「……第二位階魔法 雷撃」
ヒースクリフは、物陰に隠れたまま、小声で呪文を唱えた。
呪文への耐性もろくにつけていないのか、感電してそのまま四人組は倒れ伏す。
倒れていた少年は、いきなり虐めっこが泡を吹いて卒倒したのを見て、ぎょっとしている。
だが、彼らを助け起こすほどのお人よしでもなかったのか、そのまま急いで立ち去ろうとした。
ヒースクリフは身をひそめながらも、彼の背中に向かって叫んだ。
「名前を聞こうか!少年!」
逃げようとした背中は土塗れであるが、その少年は後ろを見て、そこに誰もいないことを確認しながらも、叫び返した。
「あなたが助けてくれたんですか?」
ヒースクリフは答える。
「そうだ。そっちの質問には答えただろう。お前の名前を聞かせろ」
相手は感謝の言葉を紡いでから、言った。
「アレクです。平民だから、家名はありません。ですが貴族様たちのように、家名に誓うことは出来ずとも、このことは忘れない。あなたのお名前をお聞かせください!」
ヒースクリフはそれには答えず、そのまま姿を消した。
(ふむ、アレクか。今はまったく何の才能も感じないが、ああいう目をする奴は化けることがあるんだ。なにせ──────勇者メルヴィルと同じ目だったからな)
ヒースクリフは一人、にやりと笑い、午後の試験へと向かった。
試験官の中でも、一等立派な服装をしたその老齢の男は述べた。
全ての受験生が集められたその大部屋で、その声は不自然に大きく響く。
拡声魔法の作用だと、教室の多くのものが看破した。
それすら出来ない者の集団は、これから始まる試験で、足切り同然に門前払いを食らった集団とほぼ一致していたのだが、これは当然だ。
第一位階魔術 拡声魔法 程度の生活魔法すら見たことが無い者に、その門をくぐらせるほど、国費で運営される勧学院とは甘いところではないのである。
付け加えるように、老人は、自分は勧学院の院長を預かるミハイル・リヴォーヴィチだと、しわがれ声で名乗る。
(やつがここの最高責任者か)
ヒースクリフは、受験生でひしめく教室の最後列に気配を消して佇み、考える。
(大したことは無いな……)
失望は隠せなかった。
(俺がこんな辺境で教わることが無いのは仕方ないにしても、この程度の人間を責任者に据えておくとは。本当にここで学べることが何もないなら、ダンジョンでニアと鍛錬していた方がましだったな……)
ミハイル院長の魔力量を見て、ヒースクリフは一人、そう考えた。
(まあ、魔力量なんてのはあくまで指標でしかない。例えを出すなら、そう!剣豪アーストロフがいるではないか。やつの魔力量は、そこらの平民と変わらなかったが、なかなかどうして、強敵だった。俺も奴との仕合では、腕の一本や二本は覚悟したものだったな……。やつは今頃、どうしているだろうか──────)
ヒースクリフが前世での思い出に心を飛ばしている中、ミハイル院長の説明は続いている。
「──────当然分かっていることとは思うが、不正厳禁だ。不正が発覚した場合、首長閣下の執り行う試験の信頼を損なった罪として、反逆罪が適用される。心しておけよ」
ヒースクリフは説明が終わると、指定された受験室に移った。
説明通り、午前中は学科、つまり学力試験である。
(語学・数学・歴史学・魔法学・神学の五教科か。10にも満たない子供向けの学力試験など問題になるわけもないな)
ヒースクリフは何の問題もなく、解き進めていった。
関門となったのはひとつだけ。
(ここ二十年程の、近年の歴史は知らん……)
彼が躓いたのは、歴史学だった。
前世と現世の間に起こったことは知りようがないし、記憶が覚醒した後も、本に触れる機会は無かったのだ。
そのため、知らないところについては白紙提出となったが、彼は気にしていない。
(俺も前世でだてに貴族をやっていたわけではないのだ。歴史学以外は満点であることに殆ど疑いはない。農奴の子が、出来過ぎて悪目立ちする恐れこそあれ、不合格となることはあるまい)
彼は満足する結果で、午前中の学力試験を終え、実技試験へと進むのであった。
◇
ヒースクリフは昼食休憩の間、勧学院の敷地内を探索することにした。
どうせ教室に居ては、その服装の余りの貧相さから、良くない輩に絡まれるに決まっている。
彼はそう考えた。
(いや、それも前世の俺だったら、絶対に絡みに行っただろうと考えてのことなのだが)
ヒースクリフは前世の自分の行動原理──────それは貴族の行動原理でもある──────を思い返して、げんなりした気分になりながら、教室を出た。
勧学院は流石にサルダ自治国の威信をかけて作られた教育施設だけに、学問そのものの威厳を示すような、重厚で立派な造りをしている。
(むっ、あれは?)
勧学院の中央に鎮座する大講堂の裏手に回ると、四人組の少年グループが、一人の男の子を取り囲んでいるのが目に入った。
(試験当日に虐めとは……。やつら、度胸だけは大したものだな)
悪ガキに小突き回され、遂には倒れこんで、土埃に塗れる少年を見ても、ヒースクリフに浮かんだのはそんな呑気な感想であった。
四人の少年は相手が反抗してこないのを良いことに、その多数であることに頼み、聞くに堪えない侮蔑の言葉を吐くわ、唾を吐きかけるわ、やりたい放題である。
(さて、俺の存在を気取られず、助けることなど容易なわけだが)
ヒースクリフは貴族らしい少年を見かねて、助け出そうと考えたが、何かを見て取りやめた。
(ふむ、あの者の目。ただ甚振られるだけの弱者の目ではないな……)
ヒースクリフが見たのは、虐められている少年の目である。
その目は爛々と輝き、それは正に意志の輝きであった。
彼の心は多数によって足蹴にされようとも、折れてはいないのだ。
それは彼の心に、この程度のことでは折れることを許さない芯があることを示している。
(面白いではないか。……とはいえ)
その少年は、反撃しない。
これでは、状況は好転しないだろうことは明らかだった。
「……第二位階魔法 雷撃」
ヒースクリフは、物陰に隠れたまま、小声で呪文を唱えた。
呪文への耐性もろくにつけていないのか、感電してそのまま四人組は倒れ伏す。
倒れていた少年は、いきなり虐めっこが泡を吹いて卒倒したのを見て、ぎょっとしている。
だが、彼らを助け起こすほどのお人よしでもなかったのか、そのまま急いで立ち去ろうとした。
ヒースクリフは身をひそめながらも、彼の背中に向かって叫んだ。
「名前を聞こうか!少年!」
逃げようとした背中は土塗れであるが、その少年は後ろを見て、そこに誰もいないことを確認しながらも、叫び返した。
「あなたが助けてくれたんですか?」
ヒースクリフは答える。
「そうだ。そっちの質問には答えただろう。お前の名前を聞かせろ」
相手は感謝の言葉を紡いでから、言った。
「アレクです。平民だから、家名はありません。ですが貴族様たちのように、家名に誓うことは出来ずとも、このことは忘れない。あなたのお名前をお聞かせください!」
ヒースクリフはそれには答えず、そのまま姿を消した。
(ふむ、アレクか。今はまったく何の才能も感じないが、ああいう目をする奴は化けることがあるんだ。なにせ──────勇者メルヴィルと同じ目だったからな)
ヒースクリフは一人、にやりと笑い、午後の試験へと向かった。
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