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第四十八話 赤嵐

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「……なんだったんだ、こいつは」

ヒースクリフは突然襲い掛かってきた冒険者を見下ろし、そうつぶやいた。

酔っぱらいが道をふさいだかと思うと、突然斬りかかってきた。

彼の主観ではそうである。

身の程知らずに一発お見舞いしてやったのだ。

「なんだか、一瞬視線に嫌な感じがしましたが……」

ニアは意識を失った冒険者を足でつつきながら言った。

スカートがふわりと風で浮き上がる。

「お前を狙って襲い掛かってきたということか?」

ヒースクリフは疑わし気に聞いた。

ニアはちらと顔を上げ、控えめに言う。

「あるいは、そうかもしれません」

「……そうか」

彼はその冒険者の懐をまさぐり、こっそりと財布を抜き取ると言った。

「お前は見た目が良すぎる。ギルドに連れてくるのは次回からはよした方がいいかもしれんな」

しんみりとしたような主人の態度に、ニアは騙されなかった。

「……その財布はどうするおつもりで?」

ヒースクリフはぎくっとしたが、その動揺はあくまで押し隠す。

「これは──────迷惑料というやつだ。この酔っぱらいはなかなかの腕だったぞ。並みの子供であれば、あっという間に屍を晒しただろうな。だから、こいつは反撃で斬られても仕方なかった。それを金銭で許してやろうと言うんだ。財布を取られるくらいならこれ以上ないほど寛大な処置だと思わないか?」

ニアのジト目が堪え、ヒースクリフはべらべらと早口で言い訳をまくしたてた。

しかし、財布は手放さず、ちゃっかりとそれを懐に収めると、足早にその場を立ち去った。

ニアも男をちらっと見たが、自業自得であるという主人の言葉ももっともだと考え、彼を追って駆けだす。

後に残されたのは、意識もプライドも失った一人の冒険者だけだった。





「ここか……」

ヒースクリフたちは、それからしばらく歩き、やっと試験場へとたどり着いた。

「あの方が試験官でしょうか?」

ニアが指さした先には、大柄な男が座っていた。

目を閉じ、胡坐をかいて、何やら集中しているようだ。

その燃えるような赤い長髪を後ろに流したその男は、腰に長剣を帯びており、瞑想にふけっている。

ヒースクリフは見逃さなかった。

あるいは見逃すには、それは余りに存在感が大きすぎたのかもしれない。

その男の胸に輝く赤の記章を。

中央には伝説の金属と呼ばれるヒヒイロカネかと思われる赤い金属が星の形をして埋め込まれている。

「A級冒険者……」

ニアがぼそりと呟いた。

かなりまだ離れてはいたが、彼女の声を聞きつけたのか、その男は半眼になった。

そして、こちらをちらりと一瞥する。

その目がニアに止まり、興味なさげに閉じられようとする。

しかし、その隣に立つヒースクリフを彼の赤目が捉えた瞬間、今にも閉じられんとしていた目がかっと見開かれた。

同時に、試験場に衝撃が走る。

否、実際に物理的な衝撃が走ったわけではない。

その男が、本来の覇気を解放しただけだ。

それによって与えられるフィールドへの威圧感が、まるで突風が吹き荒れたかのようにニアには感じられたのである。

「!?」

ニアはぎょっとした。

これほどの覇気を感じるのは、初めてであった。

目の前の赤髪の男はゆっくりと立ち上がる。

その男の発する紅いオーラは、まるで実体を持っているかのように試験場に立ち昇った。

「これはなかなかだな」

ヒースクリフまでもがぽつりと言った。

「なかなかどころではありませんが……?」

ニアは青い顔になりながらも、なんとか言葉をひねり出した。

試験場全体が、その男の発する魔力でグラグラと揺れる。

「あれが試験官でしょうか。そうだとしたら……勝てるんですか……?あれに」

ニアは心細げにも思える声で、主へと問うた。

「勝てるか、か。──────おまえはまだまだ俺を舐めているみたいだな」

ニアはその言葉に込められた自信に、若干の安心を覚えたが、それでも目の前の男から感じる脅威を拭い去るには至らない。

目の前の少年からは、感じたことさえない圧倒的な魔力の渦巻きを感じる。

「ですが、この魔力量は……」

ニアは抗弁した。

その間にも、ヒースクリフは前に進んでいるため、笑みを通り越して悪鬼羅刹のような表情を浮かべる赤髪の男との距離は縮まっている。

「いいか、ここで基本的なことを教えておくぞ……」

ヒースクリフは少し呆れたような顔をして言った。

「魔力量を見てわかるような形で開放してるやつなんていうのはな、ただの馬鹿なんだよ」

「なら、あなたもこれまで私の前で本気で魔力を解放したことはないと?」

ヒースクリフは当然だ、とばかりに大きくうなずくが、ニアは半信半疑である。

その様子を見て、ヒースクリフは続けた。

「魔力をあの男のように、あからさまに外部に放出してひけらかすなんていうのは、三流のやることだ。確かに、圧倒的な相手との差を見せつけることが出来るのなら有効かもしれない。魔力を纏うのは示威行為としては効果的だからな」

だが、とヒースクリフは続けた。

「そのせいで相手にこちらの魔力の色もバレてしまうし、ある程度の力量のある者だったら、そいつが練っている魔力の密度で、相手の実力も図ることが出来るだろうよ」

魔力の色、例えば今試験場に渦巻いている男の魔力の色は、赤だ。

まごうこと無き、純粋にかなり近い赤。

その場合は、その男の魔力は火の属性にかなり傾いている。

それ以外の属性の魔法も使えないことはないが、火魔法への圧倒的な適性があると言えるだろう。

ちなみに、ヒースクリフの魔力色は前世と同じく緑である。

風魔法は、彼のもっとも得意とするところであった。

「……問題ないということでいいんですね?」

ニアはまだ不安げだ。

無理もない、目の前に待ち受ける地面に垂れ下がるほどの長髪を垂らす男は、これまでの彼女が出会ってきた人間の中で文句なしに最強の存在だと言っていいからだ。

とはいえ、そこには2名ほどの例外もいるのだが、それはわざわざここで言う必要もないことだろう。

「ああ、もちろんだ。俺を信じろ。必ず、やつを倒し、ギルドに加入してこよう」

ヒースクリフは力強く宣言した。

目の前に怯える少女が居るのであれば、自分の力でもって安心を与えてやるのが男の義務ではないか。

彼はそんな強い決意を秘めて、この地における最強の冒険者へと挑むのである。

ニアはそんな彼の力づよい背中を見ながら、思った。

(……あれ? ギルドの試験にA級冒険者が居て、それを倒したらA級に認定されてしまうんじゃない?)

しかし、目の前の少年はやる気をみなぎらせて、試験へと挑む決意を固く表明しているため、それを口にするのは躊躇われた。

(でもまさか……Eクラスで申請していたのを忘れているなんてことは……? ないですよね?)

ニアは主を信じることにした。

まさか、目の前に強敵が居るからと言って、猪突猛進に勝負を挑むような考えなしが主であるとは考えたくなかったのかもしれない。





「俺はジェイン! A級冒険者、赤嵐のジェインだ!!」

その男は力強くそう叫んだ。

それとともに吹き上がる魔力に、ヒースクリフは燃え上がる嵐を幻視した。

「さて、挑戦者! 名前を聞こうか!!」

ヒースクリフは静かに答えた。

「冒険者志望、ヒースクリフだ」

「うん! ヒースクリフ、いい名前じゃないか!!」

その男のテンションはやたら高かった。

「ではヒースクリフ! 今から、ギルドへの加入試験を実施する! 何か質問はあるか!」

ヒースクリフは男の勢いに押されながらも、尋ねる。

「……さっきは何をしていたんだ?」

彼が尋ねたのは、何故さきほどジェインは目をつぶって座り込んでいたのかということである。

彼は一つ頷いて答えた。

「ああ、あれは瞑想と言ってな! 魔力を練るための修行なのだ! だが……」

「急に強者の気配を感じ取ってな! 目を開けてみたら、お前が居たのだ!」

そして、ジェインは首を傾げた。

「だが……、さきほどまで感じていた強者の気配が……消えてしまっている。お前から確かに圧倒的な強者の雰囲気が出ていた気がするのだが……」

そう言ってジェインはヒースクリフの周りを一周した。

目は怪訝そうである。

(なるほど、強者の気配か。言いえて妙だな。さきほどまでは俺は気配を消さずに歩いてきた。それをこいつは天性の勘かなにかで察知したのだろう。だが、俺はいま気配もほとんど断っているし、魔力もちっぽけなガキと同じくらいしか出していない。こいつからすれば、今の俺は全くの無力なガキにしか見えないだろうな)

ヒースクリフは、赤髪の大男にジロジロと全身を見られながら、一人そう思った。

「いや、やはりただの子供にしか見えないな……。さきほどビシビシと感じた気配は勘違いだったか……」

なにやらジェインは残念そうである。

「雨も降りだしそうです。試験を始めましょう」

ヒースクリフはなにやら頭を掻いているジェインに向かって言った。

空は今にも泣きだしそうな様相を呈している。

「おう! そうだったな! 試験だった!」

思い出したようにジェインは言った。

「試験は俺との一対一! 普段は試験官なんて仕事は、C級くらいの冒険者が務めるんだが、なんだったか……。そうだ! ナスターシアという冒険者の依頼で、俺が務めることになったのだ!」

ジェインは自慢気に言う。

彼もまたナスターシアのファンなのかもしれない、とヒースクリフは思った。

(というか……あいつめ。余計なことをしてくれる)

ヒースクリフは苦々しくそう思った。

(大方、ソフィアとの決闘を前にした俺の力を測ろうとでも言うのだろうな)

ヒースクリフはそう邪推するが、その推測は当たらずとも遠からずといったところだった。

(それならば、ナスターシアの狙いに乗ってやる必要もないだろう。まさか、A級冒険者に勝たなければE級にすらなれないということもあるまい)

ヒースクリフは楽観的にそう考えた。

(だが──────)

しかし、そこで浮かんだのはニアのさっきの表情である。

今にも泣きそうな──あくまでヒースクリフにはそう見えたというだけのことだが──美しい彼女の怯えた顔。

(ニアは俺が──────ジェインには勝てないと思っているのか……)

(それは……面白くないな)

ヒースクリフはそう思った。

何故だかは分からないが、彼女の前では強い、なによりも強い存在でありたいと願う自分が居た。

その理由を、彼はまだ自分自身咀嚼しきれてはいない。

(だが……A級冒険者に勝つとなれば、悪目立ちすることは必至だ……)

ヒースクリフは苦悩した。

ちらりと後ろに控えるニアを見る。

不安げな彼女の表情。

ジェインの魔力に当てられているのか、ヒースクリフには万に一つも勝ち目が無いと思っているかのような顔である。

実際には、ニアはそれほど不安に思っていたわけではなかった。

寧ろ彼女が心配していたのは、ヒースクリフがジェインを倒してしまわないか、という方だったのだが、彼は全く真逆の解釈に陥っている。

(舐められるのは──────面白くないな)

ヒースクリフはにやりと笑った。
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