上 下
50 / 64

第五十話 冒険者としての旅立ち

しおりを挟む
「それで、俺は合格か?」

ヒースクリフはジェインを見下ろして聞いた。

彼は地面に倒れ伏し、髪のみならず全身が真っ赤である。

ヒースクリフの鉄剣によって腹をバッサリと斬られて、出血が止まらないでいた。

だが、ヒースクリフはそんなことは気にしない。

(そもそも、これほどの魔力を持っている奴がこの程度で倒れたままなのがおかしい)

ヒースクリフの考え通り、ジェインはすぐに起き上がった。

「これほどの重傷者を気遣いもしないとは、とんでもない新人だな! はっはっは!!」

立ち上がった時には、腹の傷もふさがっている。

(ふむ、やはりA級冒険者ともなると簡易的な治療魔法は体得しているのだな)

ヒースクリフは、未だ血に染まっている彼の軽鎧を見ながらそう思った。

「俺は合格なのか?」

ヒースクリフは重ねて聞いた。

イライラしているようでもある。

それは彼の焦りの表れだった。

ニアにいい格好をしたいばかりに、ジェインを倒してしまったのだ。

(いやいや、いい格好をしたかったわけではない。これは純粋に名前を売るための処置だ)

ヒースクリフは心の中でそう言い訳をしたが、自分自身それを信じ切ることは難しかった。

「合格か……だと?」

ジェインもまた怒ったような表情である。

ごくりと少年は唾を飲む。

目の前の男は試験官だ。

ジェインが是といえば是に、否といえば否となるのがこの試験である。

(そう考えるといくらなんでもぶちのめすのはやりすぎだったか……)

ヒースクリフは今更ながら接戦を演じるくらいにしておけばよかったと後悔した。

ジェインは口内に溜まった血を吐き出すと、口を開く。

「合格に決まっているだろう! お前が不合格なら、アーカム支部の冒険者など一人残らず不合格だ!」

この俺も含めてな!とジェインは笑った。

(ふう……。こいつがさっぱりした性格で助かったな)

ヒースクリフは一人胸をなでおろし、それから言いにくそうに切り出した。

「ただ、クラスはEでお願いしたいんだが……」

「……なぜだ?」

ジェインは怪訝そうである。

(こいつには緊急依頼が面倒だ、とかいう感情が無いのかもしれんな。それとも、A級に長くいすぎてD級以下への優遇を忘れているのやも)

ヒースクリフは密かにそう思ったが、それはおくびにも出さずに答える。

「ああ、俺は勧学院に通っていてな。緊急依頼など出されては困るのだ」

なるほど、と納得したように一つ頷くジェイン。

(言い訳を用意していてよかったな……)

「確かに認定ランクは俺の一存だ。S級は流石に無理でもA級までなら俺の権限で認定することが出来る。だが、E級はS級以上に無理があるとは思わないか?」

「どこがだ?」

ヒースクリフは問い返した。

ジェインは少し考えた後応える。

「新人冒険者と同じくくりでお前を考えるのはとても無理だ。Eでは示しがつかないというのもある。出来ればA級に就いて、俺の代わりにアーカム支部のエースになって欲しいんだがな」

それは無理だ、とヒースクリフは一蹴した。

だよな、と答えるジェインはその反応を予期していたようである。

「緊急依頼すら面倒がるお前が、そんなことをするわけないよな!」

ヒースクリフはぎくりとする。

E級になりたがっていたのは面倒だからだということはお見通しだったらしい。

ジェインもアーカム支部の誇るA級冒険者である。

只の馬鹿なはずはないのだ。

「だから、折衷案としてD級というのはどうだ? ギルドとしても有力な若手への優遇ということで片づけることは容易なクラスだし、緊急依頼にも縛られない! どうだろう!」

ヒースクリフはしばらく考え、ニアを見た。

彼女もうなずいている。

彼は心を決めた。

その日、D級冒険者がまた一人、アーカム支部に誕生した。

帰っていく二人の背中を見つめるジェイン。

一人はメイド服の少女で言ってみれば大した実力者ではない。

彼の実力からすれば歯牙にもかけない相手だろう。

だが、もう一人の少年。

彼のことを思い出すだけでも、鳥肌が立ってたまらなくなる。

「魔力量で俺を上回るやつなど、ギルドマスター以来だったな!」

彼は一人ながら、元気よくそう言った。

(世代というやつなのかもな。ナスターシアに、剣聖姫に、ヒースクリフ。ギルドにも、新しい風が吹くかもしれん)

ジェインは少年の背中を見ながらそう思った。





ヒースクリフはジェインからもらった認定証を手に、ギルドへと戻った。

ニアにはその道中に、A級冒険者に勝つなんて聞いていませんが?と冷たいセリフを貰ったが些細なことだ。

予定にないことをして、彼女のご機嫌を損ねることなど彼の想定内であった。

きっとそうなのだ。

カウンターに戻り、受付嬢へと認定証を渡す。

「はい、冒険者試験のヒースクリフさん……認定クラスはD級! おめでとうございます!」

その受付嬢は、さもめでたいというようにぱちぱちと両手を叩きながらそう言った。

「そんなにおめでたいことなんですか?」

ニアが首を突き出して聞いた。

受付嬢は一瞬、超美少女の出現にあっけにとられた顔をするが、流石熟練のプロと思わせる素早さで復帰すると答える。

「それはもう! 特に今日の試験官は赤嵐のジェインでしょ? あの人、自分にも厳しいんだけど、他の人にも厳しいですから! だいたい有望な新人でもE級判定、普通の新人だと良くて門前払い、悪くすると治療院送りなんだから!」

どうやらジェインはあまり試験官としては評判が良くないようである。

「ちょっと待っててね……」

そう言うと、彼女は後ろに引っ込んだ。

暫くして出てきた彼女の手には、冒険者証が握られている。

緑色の宝石が埋め込まれた胸に輝く記章だ。

「はい! これがD級冒険者の証しです! 身分証明を求められたら、これを出せばいいからね!」

そう言って彼女はヒースクリフに記章を手渡した。

彼は大した感慨もなさそうにそれを無造作に受け取った。

(……懐かしさも沸いてこないと思ったら、そういえば俺がギルドに以前入ったときはC級からのスタートだったからだな。D級になるのはこれが初めてか)

「……おめでとうございます」

複雑そうな顔でニアも祝いの言葉を述べる。

そこで後ろから荒々しい声がした。

「おい! おかしいだろ! いきなりD級なんて!! 俺様ですらE級スタートだったのに、こんなチビがD級なんて不正に決まってる!! どういうことだ!!」

ニアが後ろを振り向くと、そこに居たのは彼女よりもいくらか背の高い少年だった。

彼はヒースクリフに怒り心頭なのか、彼の傍らに侍るメイド服の少女も全く目に入っていない。

ヒースクリフはその少年には取り合わず、ため息をついてギルドを出ようとした。

(またこういうタイプのやつか……)

ヒースクリフはうんざりしていた。

背も高く、ガタイも良かった前世と違い、今の彼の体型は言ってしまえば貧弱である。

見た目で侮られて絡まれることもしょっちゅうだった。

「待て!! おい! 待てと言っているだろうが!」

胸に真新しい白の記章を付けた少年は叫んだ。

ニアはそれを見て、彼がE級冒険者であることを察する。

少年の制止の声にもヒースクリフは全く耳を貸さない。

ニアが微妙な表情で彼の後ろをついていこうとしたその時、少年の堪忍袋の緒が切れた。

ギルドも自分の力を認めようとせず、世代が下に見えるガキにもクラスで負け、さらにことさらに無視されているのだ。

地元で将来を嘱望されて冒険者として栄達する夢を掲げる彼には耐え難い状況だった。

「ふざけるなよ……!」

彼は剣を抜くと、目の前の憎いクソガキに対してそれを振り下ろした。

だが、その刃が届くことはない。

横合いから割り込んだニアがその攻撃を止めていたのだ。

ニアが剣の腹を叩いたことにより、剣筋は大きく逸れ、彼の凶刃は床へと突き刺さった。

「うっ!?」

少年はただのお付きでしかないと思っていた少女を、その時初めて見た。

そして、怒りは消し飛ぶ。

そのようなことは彼の頭からすっかり抜け落ちた。

(なっ!? かわいい……!!)

彼は単純であった。

一つのことにしか同時に構うことが出来ない。

彼の優先順位は完全に入れ替わっている。

目の前の冷酷な目をしている少女。

彼女は主人を害そうとした刺客に氷のような視線を送っている。

だが、それすら彼にとっては御褒美でしかなかった。

彼女の視線を独占しているということ自体が、彼の喜びとなったのだ。

一目ぼれだった。

決まりの悪さから彼は叫ぶ。

「……女に戦わせるなんて卑怯だぞ!」

これにはニアもあきれ顔だ。

別に彼女は主人を守るために手を出したわけではない。

ジェインと先ほどまで戦っていて手加減を誤った主人が、殺人犯にならないように介入しただけなのだ。

ヒースクリフはその発言にも構わない。

「……帰るぞ」

ただそれだけ言って、振り返りもせずにギルドを出て行った。

ニアもそれに続く。

「──────覚えていろよ!!」

そんな声を背に受けながら。

ニアはそれを主人に対する言葉だと思い込んでいたが、少年の真意はそこにはなかったのかもしれない。





「くそっ!!」

少年──モートンはそばにあった椅子を蹴り飛ばした。

吹き飛ぶ椅子に、近くを歩いていた冒険者が抗議の視線を送ったが、モートンは見てすらいない。

「随分荒ぶっていますね」

モートンが横から歩いてきた少女を見ると、その少女はギルドの有名人だった。

最近冒険者になったばかりの彼でも知っているほどの有名人。

「……仁愛の聖女」

モートンは呟いた。

「聖女の名は私には重すぎますがね」

そう言って彼女は寂しげに笑った。

「ナスターシアです。その様子なら私のことは知っていますね?」

彼女はいたずらっぽく自己紹介した。

「もっ、もちろんです! このギルド一の治癒魔法の使い手! 仁愛の聖女ナスターシアの名前をしない奴なんて潜りですよ!」

モートンは怒りを忘れたかのように、まくしたてた。

「それは嬉しいですね」

ナスターシアは妖艶に微笑む。

「それはそうと、さきほどの男の子と揉めていたようでしたが、なにかあったのですか?」

彼女は世間話のように問いかけた。

モートンの心に怒りの炎が再燃してくる。

卑怯なチビへの憤りが湧いてくる。

俺があんなガキに負けるはずがない、ギルドには不正があるんだ、そんなことをモートンは力説した。

ナスターシアはふむふむと時々頷きながら、その話を聞いている。

「なるほど……。あなたのお話はよく分かりました」

「分かってくださいますか!」

モートンは嬉しくなってそう言った。

しかし、彼女の話はそこでは終わらない。

「ですが、彼は私の知り合いなのです。私の顔に免じて、彼を許してあげることは出来ないでしょうか?」

モートンの驚きは大きかった。

あの貧相なガキが、目の前の聖女との接点を持っているということが信じられなかったのだ。

「それに彼はあなたが思っているほど、虚弱でもなんでもありませんよ。少なくともB
級クラスの実力は備えていると私は思います」

モートンは流石にそれはないだろう、と苦笑した。

「ナスターシア様は癒し手ですのでご存じないかもしれませんが、B級冒険者の実力は私でも手も足も出ないほどです。そんなことは──────」

「彼と私は知り合いだと言いましたね?」

ナスターシアはモートンの言葉を遮って言った。

「はい。それが?」

「私と彼は勧学院の同級なのです」

「勧学院!?」

それは彼にとっては雲の上の施設である。

エリートを育成するための国の専門機関。

モートンのようなにんげんにはおよそえんのないところである。

さっきのガキがそんな雲の上の住人だったことに驚愕する。

「そのうえ、彼は主席です」

「主席!?」

「ええ、彼は天才揃いの勧学院で最も優れた生徒だということですね」

ナスターシアは言葉の意味を補足するように付け足した。

「失礼しましたっ!?」

モートンは恥ずかしいやら情けないやらで、あこがれの人の前を辞去する。

チビと侮った少年が今は、大きく思えた。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

ほっといて下さい 従魔とチートライフ楽しみたい!

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:3,223pt お気に入り:22,202

悩む獣の恋乞い綺譚

BL / 完結 24h.ポイント:340pt お気に入り:70

最強無敵の狩猟者 ~孤島で鍛え抜いた俺、一般世界では強すぎました~

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:14pt お気に入り:623

極道恋事情

BL / 連載中 24h.ポイント:2,102pt お気に入り:778

巣ごもりオメガは後宮にひそむ

BL / 完結 24h.ポイント:7,706pt お気に入り:1,593

悪役令息になんかなりません!僕は兄様と幸せになります!

BL / 連載中 24h.ポイント:4,764pt お気に入り:10,288

処理中です...