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ラスボスが作った好きな曲リストが神

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 あの日から約一週間後のこと。
 我が家が、いや、我が領内がそわそわざわざわしている。
 それはなぜか。そう、クリストハルト・クロウリーが我が領にやってくるから。フットワークがあまりにも軽い。

「絶対に粗相のないようにな!」

 私の想像通り、私は彼が泊まる宿に侍女として派遣されることになった。
 もちろん私一人ではないけれど。
 公爵家の三男が来るというので我が家の使用人たち、主に女の子たちは皆我先にと侍女に立候補していた。しかし残念ながら選ばれたのは我が家のベテラン侍女三名だけだった。
 まぁでも立候補が殺到するのも無理はない。キラキラした都会からキラキラした男が来るとなれば、近くで見たいもんな。
 今この辺で見られる貴族の男といえばうちの頑固オヤジとちんちくりんの弟だけだし。
 結局のところそんなキラキララスボスもすぐヒロインに一目惚れをして、こんなところには寄り付かなくなると思うけどね。
 ラスボスがヒロインに一目惚れをするのは、王都で開かれる夜会の時。
 そう、ヒロインがフランシス・ヴィージンガーと共に選んだドレスで登場する夜会でのことだ。
 美しく、しかし控え目に着飾ったヒロインに目を奪われる。そしてどうしてもあの女が欲しいと思うようになる。
 その頃にはもう私のことなんて頭の隅にもいないのだろうな。
 だから私はそれまでの間、彼に歌を聞いてもらって、前世を少し懐かしむくらいのことをさせてもらおう。ほんの少しくらいいいでしょ。

「馬車が来ました!」

 領内の一番いい宿の玄関ホールに響く興奮気味の侍女の一声で、周囲のざわめきが最高潮に到達する。思ったよりも野次馬がいたようだ。
 野次馬たちにとっては到着した馬車、そこから降りてくるキラキラの貴族、どれを見ても興奮素材にしかならないようで、静かにはしているもののざわめきはだだ洩れなのである。
 そのざわめきが少しのどよめきに変わったのは、そのキラキラの貴族が私に近付いてきた時のこと。

「今日からしばらくよろしくね」

 彼はそう言って、私に一輪の花を差し出したのだ。
 周囲のどよめきは「今何が起きた?」というどよめきだ。
 そりゃあそうだ。だってあんなキラッキラの男が、私のような女に花を手渡しているのだから。そしてしばらくして皆我に返る。あれ、コイツ、婚約者いたよな? と。
 ちなみに私の心もざわついている。なぜならこの一輪の花を包んでいる一枚の紙に、びっしりと曲名やアーティスト名が書かれているから。しかも日本語で。

 彼が渡したかったのは、花ではなくこっちの紙のほうだ……!

 お部屋へ案内するために彼の隣を歩く間も、その紙に視線を奪われる。
 だって懐かしい名称が並んでいてうきうきしてしまうんだもん。全部分かるし全部歌える。
 おそらくこれは彼が前世で好きだったアーティストや歌たちなのだろうが、めちゃくちゃ趣味が合う気がする。
 友達になりてぇ~! ってレベルで趣味が合う気がする。多分この世界に身分なんかなかったら仲良くなってたんじゃないかなぁ。
 ……前世で出会いたかった。

「本当に綺麗なんだね、ガラスの百合」
「もうご覧になったのですか?」
「道中でちょっとだけ。もう少し見たいんだけどこのすぐあとで案内を頼んでもいいかな?」
「もちろんです。それでは玄関ホールでお待ちしております」

 お部屋に案内した後、私は私の話を聞きたいらしい侍女たちと共にぞろぞろと玄関ホールに向かう。

「え、あの、お知り合いで?」
「……先日の夜会でちょっと知り合いに」
「でも、ルーシャ様、婚約者が」
「いるのよねぇ」

 そのうちいなくなるけど、今はいるのよねぇ、婚約者。
 まぁあのキラキラ貴族だってそのうちいなくなるんだけど。

「お、お二人で行動するのはマズいですよね」
「まぁー……マズいかマズくないかで言えばマズいけど、私の婚約者は私になんか一切興味ないしバレやしないでしょう」

 侍女たちはちょっと青ざめているのだが、別に浮気しようとしているわけではないし問題はないと思う。
 そもそも私の婚約者は今頃王都にいるわけだし。ヒロインとのショッピングデートも控えているし。大丈夫大丈夫。
 なんてことを考えながら、私はこのお宿の従業員さんに一輪挿しを貸してもらう。さっき貰った一輪の花を挿すために。もちろんそれを包んでいた紙は丁寧に折りたたんでポケットに忍ばせて。

「お待たせ」
「早かったですね」
「早く行きたかったから」

 楽しそうな笑顔がとても眩しい。
 そういえば前回は薄暗いバルコニーで会ったから、こんなに明るいところで彼の顔面を見るのは初めてだ。めちゃくちゃ眩しい。知ってたけど、めっちゃくちゃイケメンだ。いや知ってたけど。
 漫画読んでた時はどちらかというとヴィージンガーよりもクリストハルト・クロウリーのほうが好きだったもんな。懐かしい。まぁでも最後あんな見事な闇落ちをするとは思わなかったけど。懐かしい懐かしい。

「それでは、今一番見頃な穴場をご紹介いたしますね」

 私のその言葉に、彼はこくりと頷いて、私の隣に並んで歩き出す。
 完全な二人きりはやはりマズいと判断した侍女たちが少し離れたところにいるので、私たちは小さな声で話し始めた。

「さっきの紙、ざっとですが見ました。多分全部知ってます」
「本当!? あれ、全部俺の好きな曲。あの日以降ずーっと考えてメモってたんだよね」
「めちゃくちゃマイナーなアーティストの名前もありましたよね。クロウリー様とは音楽の趣味が合いそうです」
「あ、クリストハルトでいいよ。マイナーなの? 誰? 俺実は誰が有名かとか分かんないんだよね。入院中テレビとか見てなかったから」
「じゃあ、クリストハルト様で。えーっと……」

 私はポケットから例の紙を取り出して指をさす。この辺の人はマイナーですね。私は大好きですけど。なんて言いながら。
 そして小さな声でちょっと歌ったりして、盛り上がったのだった。



 
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