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第27話 ロジャー様の求婚

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「オースティン夫人、あなたに家政を任せたのは間違いだったようだな」

父は冷たい口調で言った。

「そのアンナを連れて自分の部屋に行きなさい。セバス、誰か監視をつけて置くように」

「かしこまりました」

後に残ったロジャー様は、あまりのことに驚き過ぎて口もけないくらいだった。

「見苦しいところをお見せしたな」

「あの、今のアンナ嬢が、私の婚約者だったのではないのですか?」

「名前が違うだろう」

「しかし、オースティン伯爵令嬢は一人娘だとうかがいました。本人のアンナ嬢も、自分がオースティン伯爵の一人娘だとおっしゃっていました」

「どうしてそうなったのだ。私の娘はルイズ一人しかおらん」

「そうなると、私はそのルイズ嬢とはお目にかかったこともないので、婚約解消についてはなんとも言えません。アンナ嬢は、私が初めてお目にかかった時、使用人につかみかかって、傷を負わせていました」

父は驚いた様子で、ロジャー様を見返していた。

「確かにそれはひどいね。アンナは、亡くなった私の弟の妻の連れ子だ。我が家の血は引いていない。オースティン姓なのは、弟の名字がオースティンだからだ。成績も散々だったはずだ」

ロジャー様は黙って同意した。

「でも、君には気に入った女性がいるんだろう? エドワードが言っていた」

ロジャー様はだいぶん長いこと黙っていた。それからようやく口を開いた。

「そうですね。アンナ嬢との結婚は、正直、気が進みませんでした」

「それはわかる」

「ルイズ嬢はお目にかかったことがないので、なんとも言えません。でも、僕は、自分の心に正直になりたいと思ってはいます」

「好きな子がいるというのかね?」

父の口調が軽くなってきた。完全にからかっている口調だ。自分の娘が否定されていたわけではないとわかって、気が軽くなったのだろう

「まあ、そう言う気持ちは大事にするべきなのかな。誠実であれかし、そういうことだな」

「それはそうと、気になることがあるのですが、将軍」

「何だね? 君を軍に入れる話なら問題はない。正直者は悪くないと思っている」

「そうではなくて、先ほど、将軍のお嬢様のルイズ嬢は学年で一番だとおっしゃっていたと思うのですが?」

父は身を乗り出した。この話には、よほど興味があるらしい。

「その成績表の貼ってあるところに案内して欲しいのだがね?」

「もちろんご案内いたしますとも。でも、まず、私の簡単な質問に答えて頂きたいのですが、実は、僕が大切に思っている女性も学年で一番なのです」

父は気がなさげに頷いた。

「うちのルイズは、学園で一番を軽く取れるような男じゃないと嫁にやらん」

お父様、ロジャー様の話を聞いてあげて! 私は心の中で叫んだ。

「名前をルイズといいます」

父がロジャー様の顔をにらんだ。

「金髪で青い目の、とても可愛らしい娘です。平民ですが」

「平民?」

「今、一年生です。雇い主に虐められていました。可愛らしくて優しくて気が利いて、好きにならずにはいられなかった」

「それがどうした」

「学年一番は、一年生以外は男子生徒が取りました。女子が取ったのは前代未聞で、一年生のルイズだけです」

父は誇りでふくれあがりそうになった。得意を押し殺したような顔をしている。

お父様、ロジャー様が言いたいのはそこじゃないと思うのだけど。

「その娘をアンナ嬢はいじめていました」

サッと父の顔色が変わった。

「虐めていた?」

「僕が止めに行った時、アンナ嬢は、ルイズの腕をつかんで爪を食い込ませていました。まだ傷は残っていると思います」

「ルイズ!」

父が叫んだ。

「出ておいで!」

私はおずおずと隣の部屋から出て来た。
ロジャー様の目がまぶしい。まさかという表情をしている。

「アンナがお前に傷を負わせたのか?」

私は左腕をまくり上げた。傷はまだ残っていた。

父は、我を忘れて私の傷を見つめていた。

「そんなマネをする女性との結婚は嫌でした」

ロジャー様も私の腕を見つめていたが、急に父に向かって言った。

父はしばらく黙っていたが、突然ロジャー様に向かって少し意地悪そうな表情になった。あれ?

「紹介しよう。ルイズ・オースティン。私の娘だ」

ロジャー様は満面の笑みになって、私を見つめた。

「初めまして。オースティン嬢。スチュワート家のロジャーです。あなたとお知り合いになれて、本当に光栄に存じます」

「婚約は解消するけどね」

「えっ?」

「他ならぬスチュアート家から婚約解消の依頼を受けている」

「あっ、それは……違います。アンナ嬢が婚約者なのだとばかり思っていて……」

「キチンと名前が書いてあっただろう? アンナだなんて一言も書いていなかったはずだ。婚約は書面で交わす。ちゃんと読んでいなかったのかね?」

「いえ、あの、オースティン将軍のお嬢様というだけで舞い上がってしまって……」

「今さっき、君、自分のことを将来を考えすぎるくらいよく考えた末の決断で、自分は計画性に富む緻密ちみつな人物だって言ってたよね。そんな人間は、大事な婚約の書面はきっちり読んでるはずだ」

「いや、それは、あのアンナ嬢があまりにも粗雑だったので、一目見た途端、嫌気がさして……ちなみに、その傷がつけられた時、止めたのは僕です……」

父は悪魔のようなニヤリ顔になっていた。

「スチュアート家には、私から承諾を入れておくよ。心配しなくていい。君の希望が通った」

「伯爵! あんまりです。僕がオースティン令嬢との婚約に乗り気になれなかったのは、ルイズ嬢の存在があったからなのです」

ロジャー様が頑張り始めた。


残念ながら、父は私に近づく全ての男が気に入らない傾向があった。

私が三歳の頃に、いつかはこの子を嫁にやらなくてはならないかと思うと婿に殺意が湧くと言って、号泣していたのをお母様に止められていた話は、我が家で語り草になっている。

父は、ロジャー様をジロジロねめつけ始めた。

何か都合の悪い点でも見つけようとでもするかのように。

「え? 君、うちの娘に何かしたの?」

「何も」

ロジャー様は口ごもった。

「何もしてません。もちろんです。アリシア嬢に聞けばわかります」

「優秀だよ、アリシア嬢は。都合の悪いことは一切話さない。利口な娘だ」

「お父様、いい加減にして!」

私は叫んだ。

「ロジャー様をいじめるのはやめて下さい。わかってらっしゃるでしょ? アンナ様は……」

「様なんかいらない。私の娘を名乗ったのだ。怖気おぞけを振るうよ。私の娘はお前一人だ」

「ですから、学園中が、オースティン家の令嬢とはアンナ嬢一人だと認識していたのですわ。ロジャー様だけではありません。ロジャー様がアンナ嬢を婚約者だと考えるのは当たり前です。アンナ嬢は粗暴でした。私だって何回殴られたかわかりません。婚約の件は……」

父は、殴られたと言う言葉にだけ反応した。

「失礼、スチュワート殿。婚約の件は預かりにしないか? 色々と誤解があったようだ。当家も君に誤解を与えたようで、その点に関しては謝罪しよう。改めてスチュアート家と協議したい。当家までお越しいただいて感謝申し上げる。いかがかな?」

「私は、アンナ嬢は嫌いでした。ルイズ嬢は……好意を捧げるに相応しい相手と考え、もし、できることなら婚約をお願いしたいと思っています」

父は値踏みするようにロジャー様を見つめた。

私はどきどきしてきた。

ここで、私が、ロジャー様大好き! と叫ぶと、父がひん曲がる可能性がある。

父を説得したければ、なんとか別の方法を考えないといけない。
この場は黙っていた方が賢明な気がする。

「まあ、娘を説得できればの話だね」

セバスが書斎のドアを開けて、ロジャー様に頭を下げていた。
こちらへという合図である。

「それでは、おいとまいたします。本日はありがとうございました。良い返事を期待しております」

型通り挨拶すると、ロジャー様は侯爵家の子息らしく堂々と出て行った。

うっかり見惚れてしまった。
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