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3.母国から手紙が届きました
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「ねえ、そろそろ休憩しない?」
「だめよ。今がいいところなのに。休憩なんてできないわ」
王宮に滞在して一年。
アンネリーゼは、心を奪われていた。
ハルトヴィヒに、ではない。
魔法研究に。
国王により、魔法王国の魔法研究施設に入る許可をもらったアンネリーゼは、その日のうちに見学に行った。
見学中、研究員たちと魔法について談笑――というよりも議論と言う方が正しい――し、いつの間にか研究の手伝いをすることになった。
今では、彼女の研究室まである。
「ほら見て、この魔法とこの魔法を同時に使えば、こんな風になるの」
ハルトヴィヒはいっこうに心を向けてくれないアンネリーゼに対して悲しい気持ちも少しはあるが、それ以上に彼女が生き生きとしていることに喜びを感じていた。
「さらにこの魔法を使ったら、――どう?」
ハルトヴィヒも学園を首席で卒業している。魔法王国で育ったこともあり、魔法が非常に得意だった。
アンネリーゼの研究に、ハルトヴィヒの思いつきが加わると、たいていが魔法大国を揺るがす新発見となる。
今回も、ハルトヴィヒの提案でより研究が進んだアンネリーゼはうれしそうにメモをとっている。
「よしっと。一区切りついたので、お茶でもいかが?」
「いいのか! では、中庭に準備させよう!」
意気揚々と彼女の研究室から出ていくハルトヴィヒ。
その様子に、アンネリーゼは呟いた。
「あ、いえ、研究室で一息お茶を飲もうと言っただけなのよ……」
出ていったハルトヴィヒに聞こえているはずもなく。
――でも、中庭でお茶するのも悪くありませんわ。
アンネリーゼも、ハルトヴィヒを追いかけて中庭へ向かった。
中庭は彼女のお気に入りの場所だ。
中央には、屋根がドームになっている可愛らしいガゼボがあり、その周りにはぐるりと一周するように美しい薔薇が咲き誇っている。
薔薇はアンネリーゼが最も好きな花であり、アンネリーゼが最も似合う花でもあった。
「相変わらず綺麗だわ」
薔薇以外にも、美しく咲き乱れる花や可憐に佇む花が植えられている。
「アンネリーゼは薔薇みたいだよね」
「あら、それは棘があると言いたいのかしら」
「そうじゃなくて、薔薇のように華やかな美しさがあるってこと」
「まあ、本当?」
鈴が鳴るように可憐に笑うアンネリーゼに、ハルトヴィヒは手を伸ばす。
頬を撫でると、その手をおろした。
「僕は――」
と、彼がなにかを言おうとしたそのとき、アンネリーゼの身の回りの世話をしている侍女が慌てて走ってきた。
「アンネリーゼ様! 急ぎのお手紙が届いております」
「まあ、走ってわたくしのことを探してくれたのね。ありがとう」
アンネリーゼは手紙を受け取り、差出人を確認する。
隣国の廃太子、フロレンツからだった。
「またか」
ハルトヴィヒはせっかくのふたりきりのティータイムを邪魔され、少し不機嫌そうに言った。
彼は卒業パーティーのあと、王家の秘宝を持ち出したこと、独断でアンネリーゼを国外追放に処したことを咎められ、王位継承権をはく奪された。
それ以来、どこでこの国にアンネリーゼがいることを聞いたのか、恋文なのか謝罪文なのかよくわからない手紙を頻繁に送ってくるようになっていた。
”ビアンカに騙されていた。本当は君を愛している”という趣旨の内容とその謝罪の繰り返しで、アンネリーゼは一度も手紙を返したことがない。
「でも、急ぎのお手紙なんて初めてよ」
しかし今回の手紙は、いつもの恋文とは違うらしい。
「まあ。いま母国が大変なことになっているみたいだわ」
手紙に目を通したアンネリーゼは、ゆったりとお茶を飲んでからそう言った。
「大変なこと?」
「義妹が新たな王太子と婚約していることはご存じよね」
「うん。昨年僕と一緒に卒業したキースだよね。あのバカ王子の弟とは思えない、頭の切れる人だなって思ったよ」
「その彼が、民から税金を巻き上げるよう国王に助言したらしいの」
「え?」
思いもよらない人物の愚行に、ハルトヴィヒは目を見開く。
しかし、少しして納得したように頷いた。
「君の義妹のしわざだね」
「そうみたいね」
ふたりは、卒業パーティーでの断罪のからくりを見抜いていた。
魅了の魔法を感知すると光るという王家の玉。
あれはアンネリーゼが魅了の魔法を使っているから反応したのではない。
義妹が、アンネリーゼに近づくにつれ玉の光が光るよう、自身の魅了の魔法を調整したのだ。
もとよりアンネリーゼに魅了の魔法は使えない。
彼女が気になり、恋に落ちてしまう男性が多いのは、彼女が可憐な、それでいて華やかな美しさを持っているからだ。魅了の魔法の力などではない。
フロレンツは少ししてそのことに気がついたが、そのとき後悔したって後の祭り。
誰も廃太子になった彼の言うことなど真に受けやしない。
「義妹の魅了に気がつく人は、きっとあの国にはいないわ」
「僕たちも卒業パーティーで知ったからね」
「義妹はわがままを言って王家の金庫を空にしたそうよ」
アンネリーゼは強欲な義妹、ビアンカを思い出し、ため息をつく。
「公爵家に住むことになったのも、お父さまに魅了の魔法を使ったからなのね、きっと」
「君も苦労したね、アンネリーゼ」
ハルトヴィヒは彼女に同情の目を向ける。
彼女は首を振り、静かに否定した。
「苦労したのは国民よ。無辜の民を苦しめてまで、あの子は自分の欲を満たすのね」
「それもそうか。国民は蜂起しないの?」
ハルトヴィヒの質問に、今度は頷き肯定した。
「暴動が起こったらしいわ」
「起こった? 過去のことなの?」
「そう。義妹は――ビアンカは、反乱軍の手中に落ちたそうよ」
ふと、不思議そうにアンネリーゼは訊いた。
「どうして隣国のことなのに、噂にもなっていないのかしら」
「鎖国的だからね、あの国は。きっと不祥事を隠したかったんだろう。不祥事どころじゃないけどね」
「そう。国から出てみないと分からないこともあるのね」
「それで? 義妹はどうなったの?」
「斬首」
アンネリーゼは一言そう放つと、ハルトヴィヒに手紙を渡す。
彼はその手紙をさらっと読んだ。
「事後報告ってわけか。義妹はもう死んだんだね」
「結局教えるのならもう少し早く手紙に書いてほしかったわ」
「なんで? 知ってたら助けようと思った?」
「さあ。でも、お葬式には出たかったわ。あれでも十年以上一緒に暮らしていたのよ」
「そう。君は優しいね」
「どうして? ただ、あの国から出てくるきっかけをくれたことに感謝してるだけよ」
ハルトヴィヒは、切なげな彼女の表情を見て、なんとなく嫌な予感がした。
アンネリーゼが去っていくような、そんな予感が。
「わたくし、母国に帰ろうと思うの」
その予感は見事に的中した。
彼は何も言えず、アンネリーゼを見つめるだけだった。
その日の夜、早々にアンネリーゼはこの国を発った。
ハルトヴィヒは、自室で手紙の一番下に書かれていた一文を思い出す。
――帰国し、王太子妃としてキースを支えてやってほしい。
きゅっと締め付ける胸を撫でつけた。
「だめよ。今がいいところなのに。休憩なんてできないわ」
王宮に滞在して一年。
アンネリーゼは、心を奪われていた。
ハルトヴィヒに、ではない。
魔法研究に。
国王により、魔法王国の魔法研究施設に入る許可をもらったアンネリーゼは、その日のうちに見学に行った。
見学中、研究員たちと魔法について談笑――というよりも議論と言う方が正しい――し、いつの間にか研究の手伝いをすることになった。
今では、彼女の研究室まである。
「ほら見て、この魔法とこの魔法を同時に使えば、こんな風になるの」
ハルトヴィヒはいっこうに心を向けてくれないアンネリーゼに対して悲しい気持ちも少しはあるが、それ以上に彼女が生き生きとしていることに喜びを感じていた。
「さらにこの魔法を使ったら、――どう?」
ハルトヴィヒも学園を首席で卒業している。魔法王国で育ったこともあり、魔法が非常に得意だった。
アンネリーゼの研究に、ハルトヴィヒの思いつきが加わると、たいていが魔法大国を揺るがす新発見となる。
今回も、ハルトヴィヒの提案でより研究が進んだアンネリーゼはうれしそうにメモをとっている。
「よしっと。一区切りついたので、お茶でもいかが?」
「いいのか! では、中庭に準備させよう!」
意気揚々と彼女の研究室から出ていくハルトヴィヒ。
その様子に、アンネリーゼは呟いた。
「あ、いえ、研究室で一息お茶を飲もうと言っただけなのよ……」
出ていったハルトヴィヒに聞こえているはずもなく。
――でも、中庭でお茶するのも悪くありませんわ。
アンネリーゼも、ハルトヴィヒを追いかけて中庭へ向かった。
中庭は彼女のお気に入りの場所だ。
中央には、屋根がドームになっている可愛らしいガゼボがあり、その周りにはぐるりと一周するように美しい薔薇が咲き誇っている。
薔薇はアンネリーゼが最も好きな花であり、アンネリーゼが最も似合う花でもあった。
「相変わらず綺麗だわ」
薔薇以外にも、美しく咲き乱れる花や可憐に佇む花が植えられている。
「アンネリーゼは薔薇みたいだよね」
「あら、それは棘があると言いたいのかしら」
「そうじゃなくて、薔薇のように華やかな美しさがあるってこと」
「まあ、本当?」
鈴が鳴るように可憐に笑うアンネリーゼに、ハルトヴィヒは手を伸ばす。
頬を撫でると、その手をおろした。
「僕は――」
と、彼がなにかを言おうとしたそのとき、アンネリーゼの身の回りの世話をしている侍女が慌てて走ってきた。
「アンネリーゼ様! 急ぎのお手紙が届いております」
「まあ、走ってわたくしのことを探してくれたのね。ありがとう」
アンネリーゼは手紙を受け取り、差出人を確認する。
隣国の廃太子、フロレンツからだった。
「またか」
ハルトヴィヒはせっかくのふたりきりのティータイムを邪魔され、少し不機嫌そうに言った。
彼は卒業パーティーのあと、王家の秘宝を持ち出したこと、独断でアンネリーゼを国外追放に処したことを咎められ、王位継承権をはく奪された。
それ以来、どこでこの国にアンネリーゼがいることを聞いたのか、恋文なのか謝罪文なのかよくわからない手紙を頻繁に送ってくるようになっていた。
”ビアンカに騙されていた。本当は君を愛している”という趣旨の内容とその謝罪の繰り返しで、アンネリーゼは一度も手紙を返したことがない。
「でも、急ぎのお手紙なんて初めてよ」
しかし今回の手紙は、いつもの恋文とは違うらしい。
「まあ。いま母国が大変なことになっているみたいだわ」
手紙に目を通したアンネリーゼは、ゆったりとお茶を飲んでからそう言った。
「大変なこと?」
「義妹が新たな王太子と婚約していることはご存じよね」
「うん。昨年僕と一緒に卒業したキースだよね。あのバカ王子の弟とは思えない、頭の切れる人だなって思ったよ」
「その彼が、民から税金を巻き上げるよう国王に助言したらしいの」
「え?」
思いもよらない人物の愚行に、ハルトヴィヒは目を見開く。
しかし、少しして納得したように頷いた。
「君の義妹のしわざだね」
「そうみたいね」
ふたりは、卒業パーティーでの断罪のからくりを見抜いていた。
魅了の魔法を感知すると光るという王家の玉。
あれはアンネリーゼが魅了の魔法を使っているから反応したのではない。
義妹が、アンネリーゼに近づくにつれ玉の光が光るよう、自身の魅了の魔法を調整したのだ。
もとよりアンネリーゼに魅了の魔法は使えない。
彼女が気になり、恋に落ちてしまう男性が多いのは、彼女が可憐な、それでいて華やかな美しさを持っているからだ。魅了の魔法の力などではない。
フロレンツは少ししてそのことに気がついたが、そのとき後悔したって後の祭り。
誰も廃太子になった彼の言うことなど真に受けやしない。
「義妹の魅了に気がつく人は、きっとあの国にはいないわ」
「僕たちも卒業パーティーで知ったからね」
「義妹はわがままを言って王家の金庫を空にしたそうよ」
アンネリーゼは強欲な義妹、ビアンカを思い出し、ため息をつく。
「公爵家に住むことになったのも、お父さまに魅了の魔法を使ったからなのね、きっと」
「君も苦労したね、アンネリーゼ」
ハルトヴィヒは彼女に同情の目を向ける。
彼女は首を振り、静かに否定した。
「苦労したのは国民よ。無辜の民を苦しめてまで、あの子は自分の欲を満たすのね」
「それもそうか。国民は蜂起しないの?」
ハルトヴィヒの質問に、今度は頷き肯定した。
「暴動が起こったらしいわ」
「起こった? 過去のことなの?」
「そう。義妹は――ビアンカは、反乱軍の手中に落ちたそうよ」
ふと、不思議そうにアンネリーゼは訊いた。
「どうして隣国のことなのに、噂にもなっていないのかしら」
「鎖国的だからね、あの国は。きっと不祥事を隠したかったんだろう。不祥事どころじゃないけどね」
「そう。国から出てみないと分からないこともあるのね」
「それで? 義妹はどうなったの?」
「斬首」
アンネリーゼは一言そう放つと、ハルトヴィヒに手紙を渡す。
彼はその手紙をさらっと読んだ。
「事後報告ってわけか。義妹はもう死んだんだね」
「結局教えるのならもう少し早く手紙に書いてほしかったわ」
「なんで? 知ってたら助けようと思った?」
「さあ。でも、お葬式には出たかったわ。あれでも十年以上一緒に暮らしていたのよ」
「そう。君は優しいね」
「どうして? ただ、あの国から出てくるきっかけをくれたことに感謝してるだけよ」
ハルトヴィヒは、切なげな彼女の表情を見て、なんとなく嫌な予感がした。
アンネリーゼが去っていくような、そんな予感が。
「わたくし、母国に帰ろうと思うの」
その予感は見事に的中した。
彼は何も言えず、アンネリーゼを見つめるだけだった。
その日の夜、早々にアンネリーゼはこの国を発った。
ハルトヴィヒは、自室で手紙の一番下に書かれていた一文を思い出す。
――帰国し、王太子妃としてキースを支えてやってほしい。
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