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春先の出来事とサクラの花

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 俺がこの世界に魔王として転生してから何度目かの春が訪れていた。
 もともとこの世界にも秋になれば山々の木々も色づき紅葉が楽しめたりもしたのだが、春にサクラが咲かないというのは少し寂しい気持ちになっていた。俺は魔王になったとしても、春になればサクラを楽しみたいという日本人らしいところは忘れていないのだ。それは時々やってくる日本人転生者の勇者や魔王たちも同じように思っていたみたいで、どうにかサクラを育てることが出来ないかと話し合いをすることになったのだった。

「つまり、サクラを一から育てるというのは不可能という事です」
「そもそも、春になった時にサクラが出迎えてくれる魔王城なんておかしいのではないでしょうか」
「どうせならこの城に向かう街道に桜を植えてみるというのもいかがかと思いますが」
「サクラの木は僕がここに来る前にいた世界にあったんですけど、それをどうやってここに持ってくればいいのかわからないんです」
「サクラに似た花の咲く木を探した方が早いんじゃないですかね」

 俺と戦って敗れた者達だけではなく、最近では戦う前から俺に対して戦意をもたない者もいたりするのだ。俺自身はこの状況に慣れてしまっているとはいえ、他の世界で脅威を与えていた魔王やそれを軽々と討伐していた勇者たちが同じ席についてサクラの木について討論しているのは不思議な光景だろう。俺のもとにいる魔物たちもいつ戦いが始まっても良いように準備は怠らないのだが、俺がいる限りそんな事は起こりえないのだ。

「我々は誰一人として植物の専門家がいないわけですし、このまま話し合いをしていても有益な情報を手に入れることなんて出来そうもないですね。そこで一つ提案をさせていただきたいのですが、妖精の女王を呼んでみるのはどうでしょうか?」
「妖精の女王とサクラに何か関係でもあるのか?」
「私が呼び出すことの出来る妖精の女王は季節を司る妖精でして、サクラの木をこの世界に持ってくることが出来るかもしれないのです」
「それは楽しみだな。ぜひお願いしたいのだが、準備に必要なものは何かあるのかな?」
「準備に必要なものはすべて持ってきてはいるのですが、今の時期ではそれを行うことが出来ないのでして、冬まで一度お待ちいただく必要があるのです」
「冬までって、春になったばっかりだって言うのに?」
「そうなのです、妖精の女王を呼びだすには冬の間に準備を行う必要があるのです。妖精の女王は春に生まれ夏に育ち秋に成熟し冬に死ぬのですが、死んだときに移動させないとこの世界にやってくることも無いでしょう」
「そうか、じゃあ、俺がひとっ走り行って妖精の女王を殺してきてここに連れてくればいいんだな」
「いえ、そのような事をされては妖精の女王は力を失ってしまいます。過去にも何度かに多様な事を試したものもいたのですが、その時は妖精の女王の力を取り戻すのに数百年間冬の時期を過ごすことになったそうです」
「それが氷河期の始まったきっかけだったりしてな。そんなわけないか。じゃあ、そっちの勇者君のいた世界に俺が行って桜の苗木をいくらか貰ってくるっていうのはどうだろう?」
「え、ちょっと勘弁してくださいよ。僕のいた世界は一応僕が平和にしたんですけど、そんなところに魔王アスモさんがやってきたらまた戦乱の渦に飲まれちゃいますって。僕が一度戻ってまたやってくることが出来ればいいんですけど、今の状況で僕が戻っても魔王のもとから逃げかえった負け犬として誰からも相手にされなくなっちゃいますって。それに、転送する時って自分以外の生命って連れて行けないんだから無理なんじゃないですかね」
「俺は勇者君の世界の事なんて別に気にしないけどさ、今はそういう時代でもないんだろうね。そういう意味では魔王と一緒に勇者が机を囲んで話し合いをするとか前代未聞かもな。それも、休戦協定じゃなくてサクラの花が見たいって話だもんな。サクラを見た事ないこの世界の人達って俺達が何の話をしているのか理解出来ないんだろうけど、俺も元々いた世界で偉い人達が何の相談をしているのか見ててもわからないことあったもんな。意外と偉い人達ってこういうくだらない話をしているだけなのかもな」
「そんなことは無いと思いますけど、それだけこの世界は平和だって事だと思いますよ。魔王が支配している世界が平和なのかって言われたら困りますけど、魔王アスモさんの力が強すぎて抑止力になってるってのもありますしね。それと、魔王アスモさんに挑んでくる他の世界の勇者とか魔王とかは一方的にやられてしまっているし、魔王アスモさんに抱かれに来る女性たちもみんな幸せそうにしてますしね。勇者の立場として魔王アスモさんの事を褒めるのもおかしいとは思いますが、少なくともこの世界は魔王アスモさんがいることで安定して平和が継続していると思いますよ。魔王アスモさんの配下の魔物たちも戦う相手がいなさ過ぎて自警団の役割を担ってますからね。なんで悪い人間以外を襲うなって命令を出してるんですか?」
「なんでって、何もしてないやつを殺すのは良くないだろ。だからってさ、悪いことをしたやつを許すってのも変な話だし、その度合いによっては殺しても良いって話なだけだよ。その判断は魔物たちに任せているんだけど、最初の頃に物を盗んだだけのやつを殺した時にはやりすぎだって言ったことはあったな。その後はあいつらも学習していったみたいでさ、それなりの犯罪を犯した奴はそれなりの罰を与える程度に抑えているかな。この世界では宗教的な意味で自殺と復讐は禁止されているみたいなんだけど、復讐に関しては俺のもとに相談に来るやつもいたりするんだ。だからってそれを全部対処なんてしないけどな。って、そんな話はどうでもいいだろ。サクラの木に関して何かいい案は無いのか?」

 専門的な知識を持たない俺達が集まって話し合ったとしても解決策なんて出てくるはずもないのだ。このまま何もいい案が出ないまま夏を迎えることになるんだろうなと思っていた時に、一人の女勇者が下を向いたまま俺に話しかけてきたのだ。

「あ、あの。私に一つ提案があるのですが、それを聞いてもらってもいいですか?」
「何か案があるなら聞くが、それは実行できそうなのか?」
「サクラの木をってのなら、たぶん大丈夫だと思います。そんなに時間もかからないと思うんですけど、大丈夫だと思います」
「それは何か複雑な条件が必要なのか?」
「いや、ただ呼び出して聞いてみればいいだけだと思うので、難しくはないと思います」
「呼び出すのに必要なものは何かあるのか?」
「私が呼び出すので必要なものは無いのですけど、ちょっとだけ時間がかかるかもしれないです」
「それは夏が来る前に終わりそうか?」
「そこまではかからないと思います。一週間もあれば十分かと」
「そんなに早いんだったらさっそく試してもらおうか。で、俺が何かすることはあるのか?」
「私がお呼びした神様の相手をしていただければ大丈夫です」
「神様を呼び出すのに一週間かかるというわけだな。よし、神とは面と向かって対峙したことが無かったから少しワクワクしてしまうな」
「あ、お呼びすのに一週間って意味じゃなくて、魔王アスモさんが希望する神様に会えるのに一週間かかるかもしれないって事なんです。だから、運が良ければ一回目で出会えるかもしれないですし、運が悪いと夏まで出会えないかもしれないです」
「それって、お前が呼び出す神を指定することは出来ないのか?」
「そ、そんなこと出来ないです。神様をお呼びするだけでも精一杯なのに、私には神様を指定してお呼びすることなんて無理なんですよ。神様の方から来ても良いって思ってもらわないとダメなんです」
「そんな事もあるんだろうな。まあ、何もしないよりはマシだろう。よろしく頼むぞ。ちなみに、君の名前はなんていうんだ?」
「私の名前は、春崎サクラです。勇者サクラと呼ばれています」
「へえ、この話にぴったりの名前だね。やっぱりサクラの木って好きなの?」
「いや、私は別に好きじゃないですね。この名前のせいで小さい時からずっとからかわれてましたので」
「そう言うもんなのかね。でも、いい名前だと俺は思うよ」

 勇者サクラによって呼び出された神々と俺の熱い戦いはこれからしばらく続くのであった。一方的な戦いが続いていただけに、神々がどれほどの力を持っているのか楽しみでもあり、ほんの少しだけ不安を抱えてしまっているのも事実であった。

 それにしても、勇者サクラは体のラインを隠しきった服装なのでわからないが、肉付きが良いように見えるので少し好みだったりするのは内緒にしておこうかな。
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