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48 聖竜城へ5

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 オリヴァーも急いでベッドへと上がり、二人でじっくりと卵を観察する。どうやら、まだ一箇所だけのようだが、小さな白いハート模様が卵に浮き出ていた。
 乙女ゲームでは、模様が完成すると孵化のイベントが始まる。
 模様はランダムで決まるので、それもゲームでの楽しみの一つとなっていた。

「ふふ。可愛いハートですわ」
「ディアが抱くと、卵がみるみる変化しますね」
「私達二人の愛情を、卵が受け取ってくれた証拠です」

 ずっと卵を温めてきたオリヴァーからするとそう見えるのだろうが、二人の愛情が揃わなければ卵は孵化の準備を始められない。
 卵のほうも、両親が揃ったことに安心して反応を示し始めたのだ。

 そんな卵が愛おしくて、クローディアはもう一度卵を手に取り抱きしめた。
 温かくて幸せだ。
 この気持ちを分かち合いたくて、にこりと彼に微笑みかける。すると……。

(あら……?)

 ぱたりと、クローディアはベッドへと押し倒された。

 彼女は目をぱちくりさせながら、自分の上に跨っている彼を見つめる。
 彼は仮面を外してから、顔をクローディアに近づけてきた。

(オリヴァー様のお顔が……)

 先ほどはもう見られないと後悔していた彼の顔が、目の前に広がっている。
 彼の素顔を見られるのは本来、彼の家族だけ。
 自分もその家族になれるのだと、クローディアは改めて実感する。

「ディア……。先ほどは、俺の傍にいてくれると言ってくれて嬉しかったです」
「オリヴァー様……」 

 彼は今にも涙をこぼしてしまいそうなほど、潤んだ瞳で微笑んでいる。
 先ほどは耳を真っ赤にさせていたが、仮面の下にはこの顔が隠れていたのだろうか。

 卵が二人のものだとわかってから、彼の態度が冷たく感じられた。クローディアが色々と悩んだように、彼にも様々な思いがあるのかもしれない。
 それでも番だと告白してくれて、クローディアと一緒にいられることに彼はこんなにも喜んでいる。

 けれどオリヴァーは急に、苦渋に満ちた表情に変わる。

「それが……、幼馴染の友情でもかまいません」
「え?」
「心でイアンに勝てないなら、行動でディアを満足させたいです……」

 その意味をクローディアが考えるよりも早く、彼は実行に移した。
 彼女の首筋にオリヴァーの唇が触れ。それが這うように何度も繰り返されて、クローディアの顔は真っ赤に茹で上がった。

「あっ……あの! お待ちくださいませっ!」
「待てません。イアンがいない間に、俺に溺れてください」

(なぜ急に、R18展開……!?)

 この乙女ゲームは全年齢対象だったはずでは。クローディアは混乱する。

 夫婦になるのだから、いずれはそういったスキンシップもあるだろう。
 しかしクローディアには、心の準備ができていない。それとも卵を授かったのだから、覚悟を決めるべきか。

(待って。考えるべきはそこではないわ……。なぜ、話にイアンが出てくるの?)

 クローディアが必死に考えている間にも、彼に肩を撫でられ、その手は首元のボタンへと伸びて行く。

(何か変よ……。オリヴァー様が無理やり、こんなことするはずがないわ……)

「こっ……こちらを見てください!」

 正気を失っている様子の彼の目の前に、クローディアは自分の手首をねじ込む。
 彼はぴたりと動きを止め、手首をまじまじと見つめた。
 そこにはお祭りで贈り合った、白竜石でできた星のブレスレットがはめられている。

「なぜ私がこちらを、肌身離さずに身につけているとお思いですかっ」
「デザインが気に入っているのですよね……?」

 素直な彼は、クローディアの言い訳をそのまま受け取っていたようだ。

「それは……言い訳です。本当は、オリヴァー様からいただいた宝物だからです。オリヴァー様のことが大好きだから、外したくなかったのです……」

 彼はあの時、クローディアの言い訳を聞いて嬉しそうにしていた。多少なりとも心を読まれていたのかと思えば、単純にその言い訳だけで喜んでいたとは純粋すぎる。

 彼は憑き物が落ちたかのように、ぽかんとクローディアを見つめる。

「ディアは儀式の際に、俺を心配していただけなんですよね?」
「大好きだからこそ、心配していたのです」

「……では、イアンが好きというのは?」
「お友達としてですわ。深い意味はございません」

「懐中時計を二度も手放した理由は……」
「黒竜の細工は特別なものですから。伴侶になれない私がいつまでも持っているのは、未練がましいと思いまして……」

 彼は静かにクローディアの上から身体を避けると、ぐったりしたように座り込む。

「……俺は、大きな勘違いをしていました」

 彼の様子がおかしかったのは、それらが理由だったようだ。クローディアは申し訳なくなる。

 けれど、勘違いさせられてきたのはクローディアも同じだ。
 卵と婚約者がいるのに幼馴染を傍に置こうとしていると思い、拒否してみたり。付きまとい行為に怒ってみたり。捕らえに来たと思った時は、素直に受け入れるつもりだった。

 これも全て、離れ離れだった期間が長すぎた故の弊害なのだろうか。
 これ以上のすれ違いはもうごめんだ。
 彼とはこれ以上誤解することなく、心を通わせたい。

 クローディアは起き上がり、彼の前に姿勢を正して座り直した。

「大好きです。オリヴァー様が私を『番』とおっしゃってくださったように、私もずっと好きでした。オリヴァー様との結婚は諦めるしかありませんでしたが、それでもずっと好きでした」

 クローディアは抱いている卵を、改めて見つめた。
 二人の間には、目に見える確かなものがこうして授けられた。
 この卵の親が不確かだったために苦労したが、もう悩む必要はないのだ。卵は健やかに育っているから。

「諦めきれない気持ちのおかげで、オリヴァー様との間に卵を授かることができましたわ。こちらが、私の気持ちの証となるでしょうか?」

 彼に視線を戻したと同時、クローディアは彼の腕の中に押し込められる。

「はい。俺も大好きです。ディア」

 彼の腕の中はとても温かい。卵からの温かさと彼からの温かさを二重に感じる。
 卵もきっと、このように両親からの温かさを感じているのかもしれない。
 とても安心できて、全てを委ねてしまいたくなる温かさだ。

 この日。卵にハートの模様が、もう一つ増えた。
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