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49 首都での暮らし1
しおりを挟む翌朝。クローディアとの朝食もそこそこに、オリヴァーは側近達に拉致されて執務室へと幽閉された。
執務机に強制的に座らされたオリヴァーは、荒れ放題の執務室を見回してため息をつく。
クローディアを連れ戻すために費やした期間、書類仕事は待ってはくれなかった。
うず高く積み上げられた書類の山は、微かに埃も溜まっている。いかに手を付けられていなかったかよく解る有様。
十日に一度くらいは聖竜城へ戻り、急ぎの仕事は片付けていたつもりだったが、ぜんぜん足りなかったようだ。
「殿下。卵を授かり嬉しい時期かとは存じますが、しばらくは執務に専念していただきますよ」
「皆に、これ以上は迷惑をかけられませんね。急ぎのものから処理していきましょう」
本来、オリヴァーは真面目な性格だ。どのような事情があろうとも、無心で働き続けるのが王太子オリヴァーだ。
ただ、神殿でおこなわれる礼拝や儀式などは、どんなに忙しくとも彼は出席していた。
今まで側近達は、信心深い王太子なのだと思っていたが、今回の一件でそれが恋心であったことに気が付いたのだ。
聖女と恋愛するなど、この国では許されない。ましてや、聖女との間に卵を授かるなどあってはならないことだ。
けれど側近を始め、貴族達や庶民までも、クローディアとオリヴァーの関係を認め、彼女が王太子妃になることを望んでいる。
それもひとえに、二人がこれまで務めを真面目にこなし、国の支えとなってきたからだ。
特にクローディアは五歳という幼さで神殿入りし、聖女となってからは国の平和に大きく貢献してきた。国が強固な結界に覆われていたのも、彼女の力によるものが大きい。
それが今、大きく崩れてしまっている。モンターユ辺境伯の領地を切り捨てることで、結界はなんとか維持されている状態。
けれど聖女達の疲労も激しく、誰か一人でも倒れてしまえば結界はまた危うくなってしまう。
人々は、クローディアが王太子妃になることも歓迎しているが、聖女として復帰することも望んでいる。竜神様に彼女の復帰を願うため、神殿を訪れる者が後を絶たないという。
彼女が聖竜城へ入ったことが知られれば、首都は歓喜に満ち溢れることだろう。
何の弊害もなくオリヴァーは、新たな婚約者を迎え入れることになる。卵もこれからは、クローディアが面倒をみてくれるはず。
殿下にはたっぷりと執務に専念してもらえる。側近達はそう目論んでいた。
「エメリ伯爵令嬢がお見えでございます」
「ディアが……?」
しばらくして執務室にクローディアが訪問してきたので、オリヴァーは集中して走らせていたペンを止める。
彼女には今、ドレスなどを選んでもらっているはずだ。早朝にデザイナーを何人か呼ぶよう指示してある。暇はしていないと思ったがどうしたのだろうか。
「オリヴァー様、失礼いたしますわ」
執務室へと入ってきたクローディアは、昨日と同じ服装に加えて、卵が入っていると思しきカバンまで携えている。
どうみても、聖竜城から出て行くようないで立ち。
焦ったオリヴァーは、がたりと音を鳴らしながら椅子から立ち上がった。
「ディア。どうしたのですか……。気に入らないことでもありましたか?」
デザイナーが気に入らなかったのか。それとも侍女が無礼を働いたか。
もしくは、オリヴァーに不満を持っているのかもしれない。
昨夜は結局、朝方までクローディアを寝かせられなかったから。しつこい奴だと、愛想を付かされてしまったのだろうか。
それともクローディアを抱きしめながら寝たので、鬱陶しいと思われたか。
考えれば考えるほど、オリヴァーは自分の落ち度が湯水のごとく思い浮かぶ。
「いいえ。素敵なデザイナーさんを呼んでくださり、ありがとうございます。当面必要なドレスは選ばせていただきましたし、注文もさせていただきましたわ」
貴族令嬢の恰好をするのは久しぶりだと、彼女は頬をほんのり赤く染めている。どうやら喜んではいるようだ。
「では、その恰好は……?」
少し安心しつつそう尋ねると、クローディアはぱぁっと表情を明るくさせる。
「以前、クリス様から伺ったのですが、オリヴァー様は毎日首都を飛行されているとか」
あれはクローディアを探したくて彷徨っていただけだ。彼女がここにいるのでもう飛行する必要もない。
「あれはもう――」
「よろしければ私と卵も、同行できたらと思いまして」
オリヴァーの飛行を体感することで、きっと卵に良い影響を与える。もしかしたら竜に変化できる子が、生まれるかもしれない。
いつでもオリヴァーの飛行に同行できるよう、彼女はパンツドレスも注文したのだとか。
キラキラ輝いた瞳でクローディアは、そうオリヴァーに説明する。
その姿を見て、この場にいる誰もが同じ感想を抱いた。
乗りたいんだな。と。
「そろそろ飛行の時間ですね。行きましょうかディア」
「わぁ! ありがとうございます。オリヴァー様」
まるで元々その予定だったかのように、オリヴァーはペンを置いてクローディアの元へと歩み寄ろうとしている。
「殿下、書類整理は……」
焦りを見せた側近の一人が声をかけた。
するとオリヴァーはその側近の手を取り、王太子の印章を彼の手に乗せる。
「俺の目下の役目は、子孫繁栄ですから。後は、よろしくお願いします」
仮面でその表情は見えないが、声色からして満面に笑みを称えているに違いない。
執務を怠けるなどという言葉は、オリヴァーの辞書にはないと側近達は思っていたが。
あまりにも堂々と遊びに出かける二人を、側近達はぽかんと見送ることしかできなかった。
数日後。オリヴァーは『卵休暇』なる制度を発案し、「これからは男性も、積極的に卵を温めなければならない」と訴えた。
その重要性を示すデータがあまりにも説得力があったため、あっさりと議会で承認されてしまう。
オリヴァーは「王族が模範を示さなければならない」との口実で、堂々と休暇に入ったのだった。
それからさらに数日後。町での撤収作業を終えたイアンが、首都へとやってきた。
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