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散り泣き咲く雪のよう
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「・・・この人が、どうかしたんですか?」
私は恐る恐る口を開いた。
国枝刑事は一瞬口を閉じると、佐藤刑事の方にチラッと視線を送って話を始めた。
「・・・君はこの前、この男と一緒にいたね?
自分らはここ一か月ほど、彼を追って捜査している。
その際、何度か尾行をしたが、他の女とは何度か会っているが、君とはその一度きりだ。
何か、脅されているのか?」
「刑事さん、今、私が質問をしたんです。
この人は、何故追われているのですか?」
まるで学校の教師にでもなったようだ。
質問に質問で答えてほしくなかったし、なんだか聞きたくないような内容も含まれてて、ちょっと腹が立ってしまった。
ギブアンドテイクはしっかりしてほしい。
国枝刑事は、眉間にしわを寄せた。
「・・・先月、河原で男が銃で自殺した。
近くにいたホームレスに暴行を加えた後・・・そして、現場にこの男の姿があった」
「・・・彼が殺した、と?」
国枝刑事は頭を掻いた。
「・・・いや。
ホームレスの話を聞いても、男の存在は認められなかった。
隙をついて、自力で逃げたと」
ホッと、胸を撫で下ろしそうになった。
気づかれないように顔を下げる。
「暴行については目撃者の通報から明らかになったことだった。
ホームレスが自分で通報したんじゃない。
その目撃者が見たときは男はいなかったそうだ。
自殺した男に睨まれ、少し離れてから通報したらしく、銃声も電話口から確認が取れた」
「・・・・」
彼が撃ったのなら、きっと今回のように彼の指紋が見つかるはずだ。
それが証拠となれば、確実に彼は捕まるのだろう。
でも・・・彼が血を吸い、人を操ることのできる“吸血鬼”だとするなら・・・
そんな仮定は、警察の捜査で出てくるのだろうか。
非科学的で、証明出来そうにない。
それでも彼を追うのは、根拠あってのこと・・・
「だが、その一週間前に万引きをした男が、車に飛び出して死亡、その前々日に強姦があったと通報を受け、現場に着くと犯人は持っていた刃物で喉を掻っ切り死亡。
その際に確認を取ると付近で必ずこの男が目撃されている。
防犯カメラにも映っているから、間違いない。
それが、当事者たちは知らない。
まるで記憶が抜かれてしまっているかのように・・・」
「そんなこと、あるんですか?」
そう聞きながら、私は雨宮教授を思い出していた。
彼に咬まれた後、教授は素直に部屋を出て行った。
もしあの時、彼が記憶を操作したのなら?
人の行動を操れるのだとしたら、その可能性もあり得るのではないか?
「分からない。
いずれもバラバラで、距離もある。
が、この男が関わっている可能性がある」
「へぇ・・・その人が、殺したんですか?」
平静を装いつつも、心中は落ち着かない。
記憶を操作できる彼のことを、私は覚えている。
もし、その仮定でこの人が話をしているとしたら、さっきまでの返事も、重いだんまりも、ある意味覚えていることの肯定になってしまうんじゃないか。
あくまで教授にされたことを思い出しての不安、と受け取ってもらわなければ。
そして、これがただの興味だと、思ってもらわなければ。
「いや、おそらく、殺してない。
むしろ、ホームレスも、強姦に遭った女性も無事保護されたし、万引きの男は凶器を持っていたが、誰も被害に遭わずに済んだ」
「そうなんですね・・・」
少し、ホッとした。
彼はたぶん、人を助けている。
偶然かもしれない。
もしかしたら吸血の・・・食事に関わることかもしれないけど・・・。
でも、やっぱり、根は良い人なんだ。
そうじゃなきゃ、私を助けたりしないものね。
そんなことを思っていると、先程からしきりにペンを動かしていた佐藤刑事が、スッと立ち上がった。
「国枝さん、もういいでしょう」
「佐藤さん・・・しかし・・・」
あれ、刑事さんって、お互いの事何と呼ぶんだろう?
こうやってさん付けするのだろうか。
上司と部下、ではないんだろうか。
冷たい表情で佐藤刑事は私を見た。
「この子は何か知ってる。
そういう微表情がいくつも出ている。
隠しているのは明らかだ」
微表情?
ずっと何も言わずに座っていたのは、私を観察するため?
ふと、刑事ドラマを思い出した。
聴取をするときに書記がいるケースもあるが、今はボイスレコーダーで録音することが多い。
それに、だいたいは書類に沿って話を進めたり、必要な文章を簡潔丁寧にまとめる報告書のものだ。
佐藤刑事の動きは、それとは違った。
後で書類に書き直すにしても、大雑把で自分一人にしか読めそうもない。
そして、ただのメモ帳ではなく、ノートだということも、普通と違っていた。
「榊さん、署まで一緒に来ていただけませんか?
ここだと目立つようですし、あまり外に漏らすようなことはしたくない。
いいですか?国枝さん」
佐藤刑事は一度扉に目線を送った。
少し振り返ると、扉にある小さい曇りガラスに、人影が動いて見えた。
「ああ、任せる」
あっさりと返事をし、国枝刑事も席を立った。
どういうこと?
佐藤刑事の方が偉いの?
「榊さん、いいですね?
場所を移します」
「はい・・・」
次はほとんど有無を言わさない口調だった。
思わず答えたがしまった、と思った。
さっきの時点で返事をしておけばよかった。
そしたらこじつけて後日にでもしてもらえただろうに。
嘘をつくにしても、少し余裕があるのと、今のように早々と連行されるのとでは心持が違う。
でも、仕方ない。
心臓が重い。
でも、捕まるわけじゃないし・・・彼のことを悪く言う理由もない。
一回目は、食事の為。
たまたま、相手が私だっただけで、何かが他と違っただけ。
二回目は、危ないところを助けてもらった。
血はあげたけど、彼は私を殺さないでいてくれた。
それも、私を守ってくれるかのように・・・と言ったら、私情が混じってしまうのだけど。
彼だって、人を直接殺していない。
何の罪に問われているのかは分からないけど、捕まるのはお門違いな話だ。
だから、大丈夫。
そう思ったら、なんだか心が軽くなって、好奇心が湧いた。
もしかしたら、この人たちに聞けば、彼のことがもっと分かるかもしれない。
もう少し、刑事さんに、情報をもらおう。
私は恐る恐る口を開いた。
国枝刑事は一瞬口を閉じると、佐藤刑事の方にチラッと視線を送って話を始めた。
「・・・君はこの前、この男と一緒にいたね?
自分らはここ一か月ほど、彼を追って捜査している。
その際、何度か尾行をしたが、他の女とは何度か会っているが、君とはその一度きりだ。
何か、脅されているのか?」
「刑事さん、今、私が質問をしたんです。
この人は、何故追われているのですか?」
まるで学校の教師にでもなったようだ。
質問に質問で答えてほしくなかったし、なんだか聞きたくないような内容も含まれてて、ちょっと腹が立ってしまった。
ギブアンドテイクはしっかりしてほしい。
国枝刑事は、眉間にしわを寄せた。
「・・・先月、河原で男が銃で自殺した。
近くにいたホームレスに暴行を加えた後・・・そして、現場にこの男の姿があった」
「・・・彼が殺した、と?」
国枝刑事は頭を掻いた。
「・・・いや。
ホームレスの話を聞いても、男の存在は認められなかった。
隙をついて、自力で逃げたと」
ホッと、胸を撫で下ろしそうになった。
気づかれないように顔を下げる。
「暴行については目撃者の通報から明らかになったことだった。
ホームレスが自分で通報したんじゃない。
その目撃者が見たときは男はいなかったそうだ。
自殺した男に睨まれ、少し離れてから通報したらしく、銃声も電話口から確認が取れた」
「・・・・」
彼が撃ったのなら、きっと今回のように彼の指紋が見つかるはずだ。
それが証拠となれば、確実に彼は捕まるのだろう。
でも・・・彼が血を吸い、人を操ることのできる“吸血鬼”だとするなら・・・
そんな仮定は、警察の捜査で出てくるのだろうか。
非科学的で、証明出来そうにない。
それでも彼を追うのは、根拠あってのこと・・・
「だが、その一週間前に万引きをした男が、車に飛び出して死亡、その前々日に強姦があったと通報を受け、現場に着くと犯人は持っていた刃物で喉を掻っ切り死亡。
その際に確認を取ると付近で必ずこの男が目撃されている。
防犯カメラにも映っているから、間違いない。
それが、当事者たちは知らない。
まるで記憶が抜かれてしまっているかのように・・・」
「そんなこと、あるんですか?」
そう聞きながら、私は雨宮教授を思い出していた。
彼に咬まれた後、教授は素直に部屋を出て行った。
もしあの時、彼が記憶を操作したのなら?
人の行動を操れるのだとしたら、その可能性もあり得るのではないか?
「分からない。
いずれもバラバラで、距離もある。
が、この男が関わっている可能性がある」
「へぇ・・・その人が、殺したんですか?」
平静を装いつつも、心中は落ち着かない。
記憶を操作できる彼のことを、私は覚えている。
もし、その仮定でこの人が話をしているとしたら、さっきまでの返事も、重いだんまりも、ある意味覚えていることの肯定になってしまうんじゃないか。
あくまで教授にされたことを思い出しての不安、と受け取ってもらわなければ。
そして、これがただの興味だと、思ってもらわなければ。
「いや、おそらく、殺してない。
むしろ、ホームレスも、強姦に遭った女性も無事保護されたし、万引きの男は凶器を持っていたが、誰も被害に遭わずに済んだ」
「そうなんですね・・・」
少し、ホッとした。
彼はたぶん、人を助けている。
偶然かもしれない。
もしかしたら吸血の・・・食事に関わることかもしれないけど・・・。
でも、やっぱり、根は良い人なんだ。
そうじゃなきゃ、私を助けたりしないものね。
そんなことを思っていると、先程からしきりにペンを動かしていた佐藤刑事が、スッと立ち上がった。
「国枝さん、もういいでしょう」
「佐藤さん・・・しかし・・・」
あれ、刑事さんって、お互いの事何と呼ぶんだろう?
こうやってさん付けするのだろうか。
上司と部下、ではないんだろうか。
冷たい表情で佐藤刑事は私を見た。
「この子は何か知ってる。
そういう微表情がいくつも出ている。
隠しているのは明らかだ」
微表情?
ずっと何も言わずに座っていたのは、私を観察するため?
ふと、刑事ドラマを思い出した。
聴取をするときに書記がいるケースもあるが、今はボイスレコーダーで録音することが多い。
それに、だいたいは書類に沿って話を進めたり、必要な文章を簡潔丁寧にまとめる報告書のものだ。
佐藤刑事の動きは、それとは違った。
後で書類に書き直すにしても、大雑把で自分一人にしか読めそうもない。
そして、ただのメモ帳ではなく、ノートだということも、普通と違っていた。
「榊さん、署まで一緒に来ていただけませんか?
ここだと目立つようですし、あまり外に漏らすようなことはしたくない。
いいですか?国枝さん」
佐藤刑事は一度扉に目線を送った。
少し振り返ると、扉にある小さい曇りガラスに、人影が動いて見えた。
「ああ、任せる」
あっさりと返事をし、国枝刑事も席を立った。
どういうこと?
佐藤刑事の方が偉いの?
「榊さん、いいですね?
場所を移します」
「はい・・・」
次はほとんど有無を言わさない口調だった。
思わず答えたがしまった、と思った。
さっきの時点で返事をしておけばよかった。
そしたらこじつけて後日にでもしてもらえただろうに。
嘘をつくにしても、少し余裕があるのと、今のように早々と連行されるのとでは心持が違う。
でも、仕方ない。
心臓が重い。
でも、捕まるわけじゃないし・・・彼のことを悪く言う理由もない。
一回目は、食事の為。
たまたま、相手が私だっただけで、何かが他と違っただけ。
二回目は、危ないところを助けてもらった。
血はあげたけど、彼は私を殺さないでいてくれた。
それも、私を守ってくれるかのように・・・と言ったら、私情が混じってしまうのだけど。
彼だって、人を直接殺していない。
何の罪に問われているのかは分からないけど、捕まるのはお門違いな話だ。
だから、大丈夫。
そう思ったら、なんだか心が軽くなって、好奇心が湧いた。
もしかしたら、この人たちに聞けば、彼のことがもっと分かるかもしれない。
もう少し、刑事さんに、情報をもらおう。
応援ありがとうございます!
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