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第十話 帝都の闇

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 ──帝都アヴァロン。
 ──第七地区住宅街の一角。

 薄暗い部屋のなかで少女がさめざめと泣いている。
 少女の前には痩せ細った身体の妹が寝ていた。

「ごめん、ごめんね。ダメなお姉ちゃんで、ごめんね」
「……」
「絶対、助けるから。治してもらうから。待っててね」

 少女は部屋を出て階段を降り、一階で待っていた男に頭を下げる。
 金髪でピアスを開けた男は煙草に火をつけ、少女に煙を吹きかけた。

「結論は出ましたか?」
「……はい。家は売りません。お引き取り下さい」
「いいのですか? 妹の薬が欲しいんでしょう? 我々に権利書を渡さなければ、薬は買えませんよ」
「……ギルドの管轄下にない店なら……」
「闇医者ですか。あれらは高額な医療費を請求しますけど、あなたに払えるんですかねぇ」
「……」
「まぁいいでしょう。せいぜい妹の墓前で泣かないことを祈るんですね」

 煙草を床に落とし、革靴で踏みつけた男は去って行く。
 緊張から解き放たれた少女は膝から力が抜け、跪いて悔しげに唇を噛んだ。

「う、うぅ……リリ。ごめん。ごめん……」
「──サシャ?」

 ほどなくして少女の下にやって来たのは別の男だ。
 サシャは弾かれるように顔を上げた。

「おじさんっ」

 サシャが胸に飛び込んだのは栗毛の髪の優男だった。
 細身で長身の彼は眉尻をさげてサシャの顔を覗き込んでくる。

「サシャ、大丈夫か。リリも大変だと聞いてるが……」
「うん……今日も薬売れないって言われた……」
「そうか……俺も三件当たってみたが駄目だった……すまない……」

 サシャは笑顔を浮かべた。

「大丈夫だよ! おじさんにはお世話になってるし……工房の廃業手続きとかもやってくれたんでしょ? ほんとに助かってるから」
「そうだと良いが……あいつらはなんて?」
「……権利書を渡さないと薬を売らないって……でもわたし、大丈夫だよ。お父さんとお母さんが頑張って買った土地を、絶対に守るから」
「あぁサシャ。くれぐれも無理はしないでくれ」
「うん。おじさんも……あんまりここに来ないほうがいいよ。目をつけられちゃう」
「あぁ。俺はもう少し薬屋を当たってみる」
「うん。私も……またね。おじさん」

 サシャは叔父に別れを告げて家を出た。
 中流区画にある家の前は静かで、三階の窓は隣家の壁に遮られている。
 こんなところに閉じ込められ、病に侵されている妹はどんな気分だろう。

(早く治してあげなくちゃ……絶対に)

 サシャは帝都の表通りに行こうとした時だった。
 路地から出て来た行商人らしき男たちの会話が聞こえた。
 反射的に、路地の角に隠れて聞き耳を立ててしまう。

「おい、聞いたか? 例の薬屋の噂」
「あぁ。毒を売ってるってアレだろ」
「何でもツァーリ家の令嬢がなんかやらかして落ち延びて来たらしい。ほら、あの天才令嬢だよ」
「薬師業界の時代を十年先に進めたって言うあの天才令嬢か!?」
「しー! 声が大きい。天才だけどイカれてるって話だ。昨日も血まみれの男を店に運び込んでいたのを何人かが見てる」
「マジかよ……どんな病気でも治せるって聞いてちょっと憧れてたのに……」
「頭のいい人間はネジが外れてるって話だ。入ったら食われるぞ」
「怖い怖い。お貴族様には近づかないほうが吉だな……」

 男たちの声が遠ざかっていく。
 一人、その場に残ったサシャは呟いた。

「どんな病気も治せる……」

 そして決意を秘めた瞳で顔を上げ、少女は走り出す。
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