牙の魔術師と出来損ない令嬢

小桜けい

文字の大きさ
20 / 20
番外編

「〇〇しないと出られない部屋」を希望します

しおりを挟む
「お互いを殴らないと出られない部屋ぁ?」

 フレデリクの隣を歩くエミリオが、こちらの頭を若干心配するような口調で尋ね返してきた。
 二人は今、宮廷魔術師の装いではなく目立たない庶民風の衣服を着て夜の繁華街を歩いている。
 ザハル事件の後、エミリオは女王の命でフレデリクと共に宮廷勤務と密偵を兼任させられることになり、二人は数日前からこの界隈をしきる金持ちの不正調査を行っていた。

「最近、女性向けの芝居や短編小説のネタで流行ってるんだよ」

 フレデリクは煌々と灯りのついた芝居小屋の看板に、チラリと視線を向ける。
 結婚時の騒動があってからは、芝居を観る余裕はなくてもあらすじをきいたりして、以前より幅広い分野に視野を広げるようにしていた。

「仲の悪い男女がキスしないと出られない部屋に閉じ込められた結果にくっつくとか、色んな条件と登場人物の設定を組み合わせて……俺はルゥとなら、お互いを殴らなきゃ出られない部屋に閉じ込められたくてたまらない」

 真剣に言うと、エミリオの表情が完全におかしい相手を見るものになった。

「いや、そういう流行りは俺も知ってるけど……疲れてるなら休憩しようか」

 同情気味に肩を叩かれ、フレデリクは虚ろな目で首を横に振る。
 疲れて、イライラしているのは確かだ。
 何しろ今回のターゲットは用心深いうえに重度の猫アレルギー持ちだそうで、ヴィントになって忍び込み不正証拠の書類を盗んだりすることもできないのだ。

 宮廷魔術師の仕事もしながら、退勤後には地道にあちこちの店舗で帳簿を探っているので、城の仮眠室で休憩をとりながら三日も家に帰っていない。
 つまり、ルゥに会えていないわけで、ストレスは限界近い。
 フレデリクの目の周りには隈が濃く出て、見事に死んだ魚のような目になっている。

「考えてみろよ、エミリオ。お前はベリンダを殴れるか?」

「は? できるわけないだろ」

 エミリオが目を剥いて即答した。

「そうだよな。俺もルゥを殴るくらいなら死ぬ。それでルゥだって優しいから、きっと俺を殴るなんて絶対に出来ないと言ってくれる!」

 知らず熱の篭った声で、フレデリクは力説した。

「条件を果たさなければ出られないということは、つまり果たさなければずっとそこにいられるというわけだ。中にいる限り時は止まって、生活に必要な品は自動的に魔法で提供されるようになっているというのもお約束だからな。そうして俺とルゥはいつまでも幸せに……ぐぇっ!」

 ガシッと、エミリオの大きな手がフレデリクの首根っこを掴んで猫みたいに引きずりだした。

「よしよし。そんな妄想してる暇があったら、早く家に帰れるように頑張ろうな。あと、それ聞いたら幾らウルリーカさんでも引くぞ。普通に気持ち悪い」

「ルゥはきっと、引かないでくれる!」

 反論しながらヨロヨロと歩き、フレデリクは頭の中に思い描く愛妻の姿に涙ぐんだ。



――翌日。

「ル、ルゥ?」

 ニヤニヤしまくった宮廷魔術師の団長に案内されて執務室に来たウルリーカを見て、フレデリクは目を疑った。
 しかも彼女の隣にはベリンダまでいて、エミリオも彼女の前で目を白黒させている。
 フレデリクとエミリオは同時に視線を交わして頷き、周囲を見渡した。

「陛下! 陛下の仕業ですね!」

「高度な幻影を見せて、俺とデリクをからかうつもりですね!」

 確信を篭めて叫んだのだが……

「ちょ、ちょっと! 何を失礼なことを叫んでいるのよ! 私は本物よ!」

「デリク様! 私とベリンダは個人的に差し入れをしに来ただけです!」

 困惑しきった様子で彼女達が言うと同時に、金色の蝶がヒラヒラと室内に舞ってきた。
 アナスタシア女王の伝令魔法だと、この場でその正体を知らぬ者はいない。
 蝶はその場で弾けて女王の声が室内に響く。

『失礼ね。彼女達に、二人がもうしばらく忙しくなりそうなことと、軽食の差し入れくらいなら迷惑ではないと教えてあげただけよ』

「え……」

 唖然としているフレデリクに、ウルリーカがそっとバスケットを差し出して来た。

「デリク様がお好きなサンドイッチを作るのに、私も少しだけお手伝いさせてもらったのです。味見はしましたから大丈夫だと思いますけれど、宜しかったら召し上がってください」

 傍らでは顔を赤くしたベリンダも、エミリオにバスケットを突き出していた。

「はい。私は残念ながら、料理は手伝いすら諦めろと言われてしまったけれど、お茶を淹れるのは自信があるのよ。水筒で冷めても美味しい茶葉をブレンドしてあげたわ」

「ルゥ……」

「ベリンダ……」

 あわわと口を戦慄かせるフレデリクとエミリオは、執務室にいる他の宮廷魔術師達からのニヤついた視線も気にならない。

「ルゥ! 愛してる!」

「ありがとう、ベリンダ!」

 同時に叫んだフレデリクとエミリオは、感極まった衝動を堪えきれずそれぞれ愛しい女性を抱きしめた。

「きゃあっ」

 さすがは双子というべきか。
 異口同音に発せられたウルリーカとベリンダの驚きの声は、ピッタリ揃って辺りに響いた。

「デリク様……その、喜んでくださったのは嬉しいのですが……」

「も、もう! またやったら今度は持ってこないわよ」

 その後のセリフはそれぞれ性格の全く違う彼女達らしかったが、照れくさそうに微笑む口元は似ていた。

 二人は王宮の図書室に寄るからと見送りを断って仲良く去ってしまい、バスケットと手にしたフレデリクとエミリオは呆然とその後ろ姿を見送る。
 ややあって、エミリオが宙を見つめポツリと呟いた。

「……でも、ベリンダなら必要とあれば仕方ないと割り切って殴るだろうし、俺にもそうしろと迫るだろうからなぁ」

「は?」

 デリクが首を傾げると、エミリオが疲れの滲む顔にデレデレとした笑みを浮かべてこちらを見た。

「何かしないと出られない部屋。俺がベリンダとずっといるのなら、どこが良いかなと考えてる」

「……とりあえず、これを食べながら語ろうか」

 フレデリクは差し入れのバスケットを片手で軽く持ち上げ、ポンと親友の肩を叩いた。

 妄想よりも本人が一番なのはよく解っているが、激務の合間に愛しい女性との妄想に浸るくらい、良いではないか。
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

私が死んで満足ですか?

マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。 ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。 全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。 書籍化にともない本編を引き下げいたしました

もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

【完結】赤ちゃんが生まれたら殺されるようです

白崎りか
恋愛
もうすぐ赤ちゃんが生まれる。 ドレスの上から、ふくらんだお腹をなでる。 「はやく出ておいで。私の赤ちゃん」 ある日、アリシアは見てしまう。 夫が、ベッドの上で、メイドと口づけをしているのを! 「どうして、メイドのお腹にも、赤ちゃんがいるの?!」 「赤ちゃんが生まれたら、私は殺されるの?」 夫とメイドは、アリシアの殺害を計画していた。 自分たちの子供を跡継ぎにして、辺境伯家を乗っ取ろうとしているのだ。 ドラゴンの力で、前世の記憶を取り戻したアリシアは、自由を手に入れるために裁判で戦う。 ※1話と2話は短編版と内容は同じですが、設定を少し変えています。

側妃は捨てられましたので

なか
恋愛
「この国に側妃など要らないのではないか?」 現王、ランドルフが呟いた言葉。 周囲の人間は内心に怒りを抱きつつ、聞き耳を立てる。 ランドルフは、彼のために人生を捧げて王妃となったクリスティーナ妃を側妃に変え。 別の女性を正妃として迎え入れた。 裏切りに近い行為は彼女の心を確かに傷付け、癒えてもいない内に廃妃にすると宣言したのだ。 あまりの横暴、人道を無視した非道な行い。 だが、彼を止める事は誰にも出来ず。 廃妃となった事実を知らされたクリスティーナは、涙で瞳を潤ませながら「分かりました」とだけ答えた。 王妃として教育を受けて、側妃にされ 廃妃となった彼女。 その半生をランドルフのために捧げ、彼のために献身した事実さえも軽んじられる。 実の両親さえ……彼女を慰めてくれずに『捨てられた女性に価値はない』と非難した。 それらの行為に……彼女の心が吹っ切れた。 屋敷を飛び出し、一人で生きていく事を選択した。 ただコソコソと身を隠すつもりはない。 私を軽んじて。 捨てた彼らに自身の価値を示すため。 捨てられたのは、どちらか……。 後悔するのはどちらかを示すために。

義兄に甘えまくっていたらいつの間にか執着されまくっていた話

よしゆき
恋愛
乙女ゲームのヒロインに意地悪をする攻略対象者のユリウスの義妹、マリナに転生した。大好きな推しであるユリウスと自分が結ばれることはない。ならば義妹として目一杯甘えまくって楽しもうと考えたのだが、気づけばユリウスにめちゃくちゃ執着されていた話。 「義兄に嫌われようとした行動が裏目に出て逆に執着されることになった話」のifストーリーですが繋がりはなにもありません。

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にノーチェの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、ノーチェのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。