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鬼頭 彩萌(きとう あやめ)の場合(◇ホラー◇アクション)
鬼頭 彩萌(きとう あやめ)の場合(3/3)
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一応足に包帯は巻いたけど、包帯はすぐに真っ赤になってしまった。こんな時どんな薬を使えばいいのかも分からないし、どんな治療をすればいいのかも分からない。
けど、幸い傷は血管とかに届いては居ないようで、直接この傷であたしがどうこうなる事はなさそうだった。
脚に包帯を巻き終わってから、ゆーちゃんと2人でゆーちゃんママを布団に包んだ。
埋葬とか火葬とかも考えたけど、今はそんな事をやっている時間も力も足りない。
あたしがゆーちゃんママに手を合わせている間に、ゆーちゃんは昨日から仕事に出ているゆーちゃんパパへの手紙を書いてリビングに置いて来ていた。
「手紙……置いてきた?」
「うん。もうばっちし。パパあれ読んだら泣いちゃうよ」
「そっか」
「うん。あ、でもあやめちゃんには読ませないからね。恥ずかしいからー」
「読まないよ……あーもう、このステージの勝利条件って何かな?」
さっきまでの高揚感はもう無い。この足ではゾンビと戦うことも難しいだろうし、知っている顔のゾンビを倒したことで、あたしの気持ちは一気に沈んでいた。
当然、もうこれが夢でないことも分かっている。だって、じゃなかったらこんなに痛い訳がない。痛かったら目が覚めると思う。
ジンジンとしびれる様に痛む脚を抱えながら、軽い気持ちで別れたお父さんとお母さんのことを考え、それでもあたしは、あえてそう茶化して言ってみた。
「うーん……クリア条件は……生きのびること……逃げ延びること?」
「えー? いつまでよ? って言うか、どこまで逃げればいいと思う?」
「たぶん、鹿翅島はすごく小さいから、ゾンビから逃げるの難しいかなぁ。でも本島だったら、……本島まで逃げれば大丈夫じゃない?」
「本島かぁ。じゃあ船が要るね」
「ゆーはね、ヘリコプターがいいな!」
「運転できないじゃん」
「自衛隊とかさ、SWATとか、救助に来るよきっと。それまで持ちこたえればへーき」
「映画見すぎだよ。それに、SWATはアメリカの部隊だから。日本だったらSATだよ」
こんな時でも友達と話していれば気持ちは晴れる。
あたしはちょっと笑ってゆーちゃんを見た。
いつもおっとりしていて子供みたいなゆーちゃんは、ママがゾンビになったって言うのに元気そうに見える。しかもそれを友達のあたしが殺したと言うのにぜんぜん気にしていないようなのが、逆にちょっと怖かった。
あたしが見ている前で、下の部屋から持ってきた「防災袋」を足元に広げて点検しながら、窓の外を見張っている。
非常食、ろうそく、ラジオ、ライター、防犯ブザー……それを小さな巾着袋2つに分けて入れたゆーちゃんは、そのうちの1つをリュックみたいにあたしに背負わせた。
「これでもし逸れてもだいじょーぶだよ」
「……ゾンビ相手に役に立ちそうなもの無いんだけど」
「へーきへーき」
ゆーちゃんが笑うのであたしも笑い返す。
血まみれの包帯の上にタオルを強めに縛り付けて、あたしはゆっくりと立ち上がった。
……うん、走ったりジャンプしたりは無理だけど、歩くくらいは出来る。
とりあえずお父さんとお母さんに合流して、車で港へ向かおう。
そう決めたあたしたちは、合金製の日本刀をそれぞれ手に持って、ゆっくりとゆーちゃんちを出た。
「(けっこう居るね)」
「(うん、なんか増えてるみたい)」
ないしょ話みたいに声を潜めて、あたしたちは例の「おぉぉ」だか「あぁぁ」だか分からない唸り声をあげているゾンビの間を縫うように歩いた。
めちゃめちゃ数が多いけど、息をひそめてそーっと歩いてさえいれば、どうやらゾンビは基本的にあたしたちを襲うこともないようだった。
たぶんこのまま順調にいけば、30分くらいで家につく。
そうすれば車で移動できるし、何とかなりそうだ。
ゆーちゃんに肩を借りて痛みをこらえながら歩いていたあたしは、遠くから響いてくる重低音に、思わず顔を上げた。
ひゅんひゅんひゅん、ばばばばばば……。
だんだんと大きくなる音と共に、見上げた空に黒い点が見え始める。
それは急速にあたしたちの街へと近づき、大きなローターを2つ備えたヘリコプターの姿になった。
音に向かって、周囲のゾンビたちが一斉に歩き始める。
あたしたちは道の端によって、ゾンビたちをやり過ごした。
『生き残った人たち! 聞こえますか?! 聞こえたら15分以内に中央バスターミナルに集まってください! 感染検査の後、本島へ搬送します! 繰り返します……』
町内放送のスピーカーから、そんな声が流れる。
それは、スピーカーの近くに居たゾンビたちが電柱を倒すまで、何度も同じ言葉を繰り返した。
「バスターミナルなら10分くらいでつくよ!」
「でも、お父さんとお母さんが……」
「あやめちゃんママとあやめちゃんパパにも聞こえてるよ! とにかくバスターミナルに行こう!」
確かにあたしの家を経由していては15分ではとてもバスターミナルへは行けない。
それに、お父さんたちにも放送が聞こえていれば、バスターミナルで合流することも出来るだろう。
もし合流できなくても、あたしが「自宅に両親が居ます」ってあの人たちに報告すれば、救出もしてもらえると思う。
ちょっと迷った末に、あたしは「わかった。行こう」と歩き出した。
ゾンビたちを追い越してバスターミナルへと急ぐ。
島中から集まっているようなゾンビたちの数は、ターミナルへ近づくほどに増えて行った。
◇ ◇ ◇
あたしの足の怪我のせいで15分のタイムリミットぎりぎりに着いたバスターミナルは、開場前のライヴハウスみたいにゾンビでごった返していた。
ホバリングする5機のヘリコプターから鳴り響くローター音に引き寄せられたゾンビが、冗談みたいな数、蠢いている。
あそこまでたどり着ければ助かるのに、さすがにあのゾンビの群れを突っ切るのは無理だと、あたしは思った。
「ゆーちゃん……無理ゲーだよ、これ」
足は火傷でもしているように熱く、関節を曲げるだけで激痛が走る。
走ることもジャンプすることも出来ないこの足で、ヘリコプターにはたどり着けないだろう。
ヘリコプターの中に思ったより沢山の人が乗せられているのを見て、あたしは「あの中にあたしが助けた人も乗ってるかな」なんて考えていた。
「あやめちゃん! だいじょーぶだよ。ゆーは諦めないんだから!」
後ろから未だに続々と集まるゾンビを合金製の日本刀で倒して、ゆーちゃんがあたしの肩を掴む。
そのやる気に満ちた目に見つめられ、あたしは少しだけやる気が出た気がした。
「ゆーちゃん……」
「ゆーは生き残るの! ママの仇も討つんだよ!」
「え?」
ゆーちゃんの手が、あたしの背中に括り付けられた巾着袋の中に伸び、手りゅう弾のピンのようなものを引き抜く。
同時に怪我をしている足を思いっきり蹴られ、あたしは「あっ」と情けない声を出してその場に崩れ落ちた。
背中の巾着からけたたましい防犯ブザーの音が鳴り響く。
3つの防犯ブザーを同時に鳴らす音は、ヘリコプターのローター音を追いかけていたゾンビの半分くらいの注意をあたしの方へ向けさせた。
転がったあたしから、ゆーちゃんがさっと離れる。
他の物を無視してあたしに群がるゾンビの間を縫って、ゆーちゃんがヘリコプターへと走って行くのが見えた。
「ありがとう。ばいばい。あやめちゃん」
日本刀とM-16で何体かのゾンビを倒したあたしの耳に、聞こえるはずも無いゆーちゃんの声が聞こえる。
彼女の方を目で追うと、ヘリコプターから吊り下げられた戦闘服のおじさんがゆーちゃんを救う姿が見えた。
あたしはセーラー服から出ている腕を、脚を、何匹ものゾンビに齧られて身動きもとれなくなって行く。
……お父さんとお母さんに、もう一度会いたかったな。
ゆーちゃんママを殺しておいて、あたしだけお母さんに会いたいなんて、わがままな事を考えていたから罰が当たったのかな。
「お母……さ……」
あたしの声が聞こえたんだろうか?
沢山のゾンビを押しのけて、懐かしいお母さんが両腕を伸ばし、あたしを抱きしめた。
背中から、お父さんの手があたしとお母さんをしっかりと抱きしめてくれる。
良かった。無事だったんだ。
あたしは両親のぬくもりに包まれて、意識を失う。
真っ暗になった視界の中、最後に耳に届いたのは、お父さんとお母さんの口が閉じる「がぶり」と言う音だった。
――鬼頭 彩萌(きとう あやめ)の場合(完)
けど、幸い傷は血管とかに届いては居ないようで、直接この傷であたしがどうこうなる事はなさそうだった。
脚に包帯を巻き終わってから、ゆーちゃんと2人でゆーちゃんママを布団に包んだ。
埋葬とか火葬とかも考えたけど、今はそんな事をやっている時間も力も足りない。
あたしがゆーちゃんママに手を合わせている間に、ゆーちゃんは昨日から仕事に出ているゆーちゃんパパへの手紙を書いてリビングに置いて来ていた。
「手紙……置いてきた?」
「うん。もうばっちし。パパあれ読んだら泣いちゃうよ」
「そっか」
「うん。あ、でもあやめちゃんには読ませないからね。恥ずかしいからー」
「読まないよ……あーもう、このステージの勝利条件って何かな?」
さっきまでの高揚感はもう無い。この足ではゾンビと戦うことも難しいだろうし、知っている顔のゾンビを倒したことで、あたしの気持ちは一気に沈んでいた。
当然、もうこれが夢でないことも分かっている。だって、じゃなかったらこんなに痛い訳がない。痛かったら目が覚めると思う。
ジンジンとしびれる様に痛む脚を抱えながら、軽い気持ちで別れたお父さんとお母さんのことを考え、それでもあたしは、あえてそう茶化して言ってみた。
「うーん……クリア条件は……生きのびること……逃げ延びること?」
「えー? いつまでよ? って言うか、どこまで逃げればいいと思う?」
「たぶん、鹿翅島はすごく小さいから、ゾンビから逃げるの難しいかなぁ。でも本島だったら、……本島まで逃げれば大丈夫じゃない?」
「本島かぁ。じゃあ船が要るね」
「ゆーはね、ヘリコプターがいいな!」
「運転できないじゃん」
「自衛隊とかさ、SWATとか、救助に来るよきっと。それまで持ちこたえればへーき」
「映画見すぎだよ。それに、SWATはアメリカの部隊だから。日本だったらSATだよ」
こんな時でも友達と話していれば気持ちは晴れる。
あたしはちょっと笑ってゆーちゃんを見た。
いつもおっとりしていて子供みたいなゆーちゃんは、ママがゾンビになったって言うのに元気そうに見える。しかもそれを友達のあたしが殺したと言うのにぜんぜん気にしていないようなのが、逆にちょっと怖かった。
あたしが見ている前で、下の部屋から持ってきた「防災袋」を足元に広げて点検しながら、窓の外を見張っている。
非常食、ろうそく、ラジオ、ライター、防犯ブザー……それを小さな巾着袋2つに分けて入れたゆーちゃんは、そのうちの1つをリュックみたいにあたしに背負わせた。
「これでもし逸れてもだいじょーぶだよ」
「……ゾンビ相手に役に立ちそうなもの無いんだけど」
「へーきへーき」
ゆーちゃんが笑うのであたしも笑い返す。
血まみれの包帯の上にタオルを強めに縛り付けて、あたしはゆっくりと立ち上がった。
……うん、走ったりジャンプしたりは無理だけど、歩くくらいは出来る。
とりあえずお父さんとお母さんに合流して、車で港へ向かおう。
そう決めたあたしたちは、合金製の日本刀をそれぞれ手に持って、ゆっくりとゆーちゃんちを出た。
「(けっこう居るね)」
「(うん、なんか増えてるみたい)」
ないしょ話みたいに声を潜めて、あたしたちは例の「おぉぉ」だか「あぁぁ」だか分からない唸り声をあげているゾンビの間を縫うように歩いた。
めちゃめちゃ数が多いけど、息をひそめてそーっと歩いてさえいれば、どうやらゾンビは基本的にあたしたちを襲うこともないようだった。
たぶんこのまま順調にいけば、30分くらいで家につく。
そうすれば車で移動できるし、何とかなりそうだ。
ゆーちゃんに肩を借りて痛みをこらえながら歩いていたあたしは、遠くから響いてくる重低音に、思わず顔を上げた。
ひゅんひゅんひゅん、ばばばばばば……。
だんだんと大きくなる音と共に、見上げた空に黒い点が見え始める。
それは急速にあたしたちの街へと近づき、大きなローターを2つ備えたヘリコプターの姿になった。
音に向かって、周囲のゾンビたちが一斉に歩き始める。
あたしたちは道の端によって、ゾンビたちをやり過ごした。
『生き残った人たち! 聞こえますか?! 聞こえたら15分以内に中央バスターミナルに集まってください! 感染検査の後、本島へ搬送します! 繰り返します……』
町内放送のスピーカーから、そんな声が流れる。
それは、スピーカーの近くに居たゾンビたちが電柱を倒すまで、何度も同じ言葉を繰り返した。
「バスターミナルなら10分くらいでつくよ!」
「でも、お父さんとお母さんが……」
「あやめちゃんママとあやめちゃんパパにも聞こえてるよ! とにかくバスターミナルに行こう!」
確かにあたしの家を経由していては15分ではとてもバスターミナルへは行けない。
それに、お父さんたちにも放送が聞こえていれば、バスターミナルで合流することも出来るだろう。
もし合流できなくても、あたしが「自宅に両親が居ます」ってあの人たちに報告すれば、救出もしてもらえると思う。
ちょっと迷った末に、あたしは「わかった。行こう」と歩き出した。
ゾンビたちを追い越してバスターミナルへと急ぐ。
島中から集まっているようなゾンビたちの数は、ターミナルへ近づくほどに増えて行った。
◇ ◇ ◇
あたしの足の怪我のせいで15分のタイムリミットぎりぎりに着いたバスターミナルは、開場前のライヴハウスみたいにゾンビでごった返していた。
ホバリングする5機のヘリコプターから鳴り響くローター音に引き寄せられたゾンビが、冗談みたいな数、蠢いている。
あそこまでたどり着ければ助かるのに、さすがにあのゾンビの群れを突っ切るのは無理だと、あたしは思った。
「ゆーちゃん……無理ゲーだよ、これ」
足は火傷でもしているように熱く、関節を曲げるだけで激痛が走る。
走ることもジャンプすることも出来ないこの足で、ヘリコプターにはたどり着けないだろう。
ヘリコプターの中に思ったより沢山の人が乗せられているのを見て、あたしは「あの中にあたしが助けた人も乗ってるかな」なんて考えていた。
「あやめちゃん! だいじょーぶだよ。ゆーは諦めないんだから!」
後ろから未だに続々と集まるゾンビを合金製の日本刀で倒して、ゆーちゃんがあたしの肩を掴む。
そのやる気に満ちた目に見つめられ、あたしは少しだけやる気が出た気がした。
「ゆーちゃん……」
「ゆーは生き残るの! ママの仇も討つんだよ!」
「え?」
ゆーちゃんの手が、あたしの背中に括り付けられた巾着袋の中に伸び、手りゅう弾のピンのようなものを引き抜く。
同時に怪我をしている足を思いっきり蹴られ、あたしは「あっ」と情けない声を出してその場に崩れ落ちた。
背中の巾着からけたたましい防犯ブザーの音が鳴り響く。
3つの防犯ブザーを同時に鳴らす音は、ヘリコプターのローター音を追いかけていたゾンビの半分くらいの注意をあたしの方へ向けさせた。
転がったあたしから、ゆーちゃんがさっと離れる。
他の物を無視してあたしに群がるゾンビの間を縫って、ゆーちゃんがヘリコプターへと走って行くのが見えた。
「ありがとう。ばいばい。あやめちゃん」
日本刀とM-16で何体かのゾンビを倒したあたしの耳に、聞こえるはずも無いゆーちゃんの声が聞こえる。
彼女の方を目で追うと、ヘリコプターから吊り下げられた戦闘服のおじさんがゆーちゃんを救う姿が見えた。
あたしはセーラー服から出ている腕を、脚を、何匹ものゾンビに齧られて身動きもとれなくなって行く。
……お父さんとお母さんに、もう一度会いたかったな。
ゆーちゃんママを殺しておいて、あたしだけお母さんに会いたいなんて、わがままな事を考えていたから罰が当たったのかな。
「お母……さ……」
あたしの声が聞こえたんだろうか?
沢山のゾンビを押しのけて、懐かしいお母さんが両腕を伸ばし、あたしを抱きしめた。
背中から、お父さんの手があたしとお母さんをしっかりと抱きしめてくれる。
良かった。無事だったんだ。
あたしは両親のぬくもりに包まれて、意識を失う。
真っ暗になった視界の中、最後に耳に届いたのは、お父さんとお母さんの口が閉じる「がぶり」と言う音だった。
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