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Anton's Kitchen

お嬢様とクッキー 01

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「お嬢様、本当に、ほんっとうに、やるんですか?」

「ええ、もちろんよ!」

「・・・お嬢様?これまでお菓子作りをした事は」

「ありませんわ!でも、この本を見る限り簡単ではなくて?」

「それはできる人のお話です・・・」



アントン子爵家のキッチンではただ今、戦場となっております。
なんとかお嬢様に思いとどまらせたいのですが…本日のお嬢様はやる気のご様子。



「おいアンヌ、なんとかならんのか?」

「無理ですよ料理長、昨日の夜からずっとエレナ侍女長が説得してましたけど、あれですから」

「ったく、お嬢様の読書好きはいいが、変なもんにハマったな」



フリージアお嬢様がお気に入りの本。
憧れの騎士様に振り向いてもらう為に努力する令嬢のお話だ。

続き物の話なのだが、その本では令嬢が騎士様の気を引くために手作りのお菓子を差し入れる、という内容になっている。

私もその本は読ませてもらったが、確かに胸がドキドキするようなキュンとさせるシーンが多く、騎士様を追いかける令嬢を応援したくなる内容だ。
…お嬢様は自分に作品を重ねているのだろうな、と思う。

その中では物語の令嬢が作るお菓子のレシピが書かれている。
作った事のある私でも、わかりやすく書いてあるな、と関心したものだ。
けれど今それが仇となっている…。そう、フリージアお嬢様がその気になってお菓子を作ろうとする程には。



「ピーチ・ベル様には感謝しなくては。いつもこんなに胸をときめかせる物語だけでなく、私に勇気をくださるんですもの」

「確かにピーチ・ベル様の物語は素敵な作品ばかりですわよね」

「あんな風に素敵な相手に迫られてみたいと思いますわ」

「さあ頑張らなくては!あの方に美味しいお菓子を差し入れるのです!」



     *  *  *



「あ、あら・・・?変ね・・・?」

「お嬢様?私共がお手伝いを」

「いいえ、これは私がきちんと作らなくては!あの方への気持ちを込めて作らなければ意味が無いのだもの!」

「・・・頼むアンヌ、お願いだから卵を混ぜてから入れるように言ってくれ!」
「粉をきちんと振るわないから、ああ・・・」

「わかってます、ものすごくわかってます」



フリージアお嬢様は全てを1人でやらなければならないと思い込んでいるらしい。

キッチンにいる料理長やキッチンメイドの全員を追い出し、エレナ侍女長だけを見届け人としてそばに置いている。
エレナ侍女長も手を貸そうとするけれど、レシピの確認のためにいてもらうだけで、フリージアお嬢様は全て自分でクッキーを作ろうとしていた。

確かにあの本では、令嬢が心を込めてクッキーを焼いていたけれど。…フリージアお嬢様には荷が重いのでは?

卵は割れずに潰れてダメにしているし、粉も計る度にこぼしている。お菓子は料理と違い、きちんと計量して作らないとうまく出来上がらない。私も散々苦労したもの。
お料理の場合は、途中でなんとかなる事もあるけれど。

現在、フリージアお嬢様とクッキーの戦いは3戦3敗。
…つまり、焦がしてクッキーには程遠い。

ひとつ助かっているのは、潰れた卵もそっとエレナ侍女長が取り分けて使えるようにしておいていること。
今日の夕ご飯のメインは卵に決まりね…

格闘すること、数時間。
夕食の仕込みをしないとならないので、お嬢様にはキッチンから退場していただいた。
残ったのは、クッキーだと思われるものの残骸…



「これは・・・さすがになあ」
「材料がもったいない・・・ですね」

「仕方ありませんね、フリージアお嬢様はまた明日挑戦するとの事ですので」

「本気ですか、エレナさん!」
「これ以上はさすがに!」

「心配しなくとも、材料についての話は旦那様も奥様もご存知です。・・・好きなようにさせてやれとの事ですので、貴方たちには迷惑をかけないよう、私が用意します」

「・・・まあ、それなら」
「後片付けで済むなら・・・」

「数回やればフリージアお嬢様も満足するでしょう。
申し訳ないけれど、お嬢様のわがままに付き合ってやってくださいな」

「エレナさんがそう言うなら」
「フリージアお嬢様が珍しく頑張っている事ですからね、応援しますよ、使用人としては」



使用人達には、エレナ侍女長が頭を下げてお願いをしていた。

エレナ侍女長は、フリージアお嬢様が小さい頃からお世話をしてきた方なのだという。
自分の子供よりもかわいい、だなんて前に話していたっけ。



「おやアンヌ、ここにいたの?」

「お疲れ様です、エレナさん」

「フリージア様は?お部屋かしら」

「はい、またあの本を読み直していました」

「・・・大方、どこがいけなかったのか考えていらっしゃるのねえ」

「エレナさん?なんとか私達がある程度まで手伝う事は無理なのですか?」

「フリージア様のご様子から、無理なのでしょうね。
アンヌ、あなたもあの本は読んだのでしょう?ヒロインの令嬢は、きちんと手作りしたものを渡していたのよね?」

「そうですね・・・」

「でしたら、無理でしょうねえ」



困ったこと、なんてため息をついているが、どこか楽しんでいるエレナ侍女長。私がじっと次の言葉を待っていると、噛み締めるように呟いた。



「いつも言い付けを守って淑女たらんとしていたフリージアお嬢様の唯一のワガママですし、なんとか頑張らせてあげたいのだけどねえ」

「・・・」



気持ちはわかりますが、あの『物体』を贈られる方がお可哀想です、エレナさん。
私はまだ見ぬお嬢様の想い人に、心の中で『ごめんなさい』と謝るのだった。

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