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再び、異世界へ
02
しおりを挟む今日も研修にお付き合い。
いや、新卒さんは皆レポートに追われて頑張っているのだ、私達スタッフがダレていてはいかんのかもしれない。
会場の用意をしたり、講師の先生の準備を手伝ったり。
本部からの電話に出たり、色々。
午前は研修に入り、新卒さんと一緒に講義を聞く。
聞きつつも、私は自分のパソコンで別の仕事をします。
やらないと終わらない仕事も持ってきているのよね。
真剣に講義を聞き、レポート作成をする新卒さん。
頑張れ、実際の現場では役に立たないかもしれないけど、今ここで我慢とか、周りの同期と絆を深めることとか、今後に役立つ事はきちんとあるからね。
昼食を食べ、しばしの休憩。
パンプスは疲れる。しかしスーツにパンプスは付き物。
かなりインソールも柔らかいし、楽といえば楽なんだけどこう長時間履いてるとね…
午後の講義が始まる時間をチェックし、トイレへ。
さてさて、あと2日か…
********************
そのトイレには、誰もいなかった。
研修中とはいえ、新卒社員の人数もかなりいる。
この時間であれば、数人いてもおかしくはない。
数人いたことはいたのだが、私が入ると同時に出ていった。
私も特に何も考えず、用を済ませて手を洗う。
すると、ふいに、名前を呼ばれた。
「・・・コーネリア」
「っ?」
はっきりと、聞こえた。男性?いや、女性の声?
ぼうっとしていたけど、今ははっきりと聞こえた。
でも、瞬間的に思う。答えちゃいけない、と。
あまりの事に固まっていると、また聞こえてきた。
「・・・コーネリア」
「っ、」
頭が警鐘を鳴らす。この声に答えてはいけない、と。
何故かはわからない。でも、答えたらもう2度と戻れない、そう感じた。
いけない、出なくちゃ、と思って踵を返す。
カツン、カツン!とパンプスが床を鳴らす。
「コーネリア」
「姫」
「姫様」
聞いたことのある、聞き覚えのある声が追ってくる。
嫌よ、答えてはダメ。もう戻れなくなるの、ダメよ。
自分の中で必死に言い聞かせる。
あと、数歩。
ここから出られれば、何事もなかったように日常に戻れる。
そう感じた。その時。
「コーネ、るあっ」
「噛むなよそこで!・・・はっ!しまった!」
そこで名前を思いっきり噛んだ事で、つい突っ込んでしまった。
あっヤバい、しまった!と思った瞬間。
足元に見慣れない魔法陣が浮かんだ。
発動する前に逃げないと!と思って焦って走ろうとした瞬間、アナスタシアの声が、聞こえた。
「コーネリア、会いたい・・・っ」
「っ、・・・それは卑怯でしょ、アナスタシア・・・」
小さく、振り絞るようなアナスタシアの声。
その声を認識したら、私はもう、足が動かなかった。
足を止めた直後、魔法陣が発動する。
紋様が立体的になり、あのフリーフォールで落ちるような感覚。
あー………捕まった、な。
********************
ゆっくり、目を開ける。
遠くから、誰かの呼ぶ声。
目を開ければ、私は柔らかい何かに包み込まれていた。
頬に当たる、プラチナブロンドの髪。
きつく抱きしめられている感触。
「・・・アナスタシア、苦しい」
「すま、すまない、コーネリア、すまない、ごめんなさい、ごめんなさい、許して、コーネリア」
「・・・わかったわかった、もういいから」
私にくっついて、泣き続けるアナスタシア。
まるで、子供の時のアナスタシアに戻ったみたい。
周りを見れば、そこはあの小部屋だった。
数歩離れたところには、ゼクスさんとセバスがいる。
「よく、戻ってくださった」
「引き戻したの間違いですよね?」
「すまなんだ、幾らでもお詫びしよう」
「謝られた所で、もう戻れませんから」
その言葉に、ビクリと体を震わせるアナスタシア。
自分のせいで私がこちらの世界へ戻ってくるはめになったという自覚があるらしい。
私はアナスタシアの頭をポンポンと叩く。
あなたのせいじゃない、とでも言うように。
「・・・すみません、八つ当たりです。私に未練がなければ、また戻ってくるような術を組むことは出来なかったでしょうから」
「それも、気づいていたのか?」
「予想、ですけどね。何の未練もなければ、追うことも出来なかったでしょう?・・・これのせいもあったかもしれませんが」
首元の、ネックレス。
指先で引っ掛けて、ゼクスさんへと見せた。
こちらとの繋がりは、きっと、多分、これだ。
私が彼へ持ってる未練がましい恋情が、今回の術を完成させてしまったのだろう。
「今回使用したのは、この魔法陣じゃ」
「・・・これは、マデインの?」
あの時、落とした本だ。
帰還術式が乗っていた本。私が読んだ部分は、勇叔父さん…ネイサムの書いた場所だったけれど、あれには続きがあったらしい。
なんでも、帰還術式を使用した後、その相手にこちらの世界への未練があればもう一度会える、というもの。
なんていう魔法創り出してるんじゃい、マデインさん。
帰還術式創り出したはいいけど、寂しいから呼び戻す術式まで作ってどうすんの。
・・・しかし、これには追記があった。さらにこの魔法を使うと、再び元の世界に戻れる扉を開ける、と。
「・・・。」
「何か?」
「あーいや?なんでも」
「しかし、それが元の姿、ですかの」
「ん?」
ふと、自分を見てみる。
未だにアナスタシアにくっつかれてはいるものの、来ているのはスーツ…。ということは?元の姿ってこと?
鏡、と思って周りを見る。
すると、メイド姿のライラが手鏡を差し出してくれた。
「どうぞ、姫様」
「ありがとう、ライラ」
「あっ、ずるいですライラ!私も話したいです!」
「・・・さっき名前噛んだのターニャでしょ?」
「あっ、わかりましたかぁ?」
「あんなところで噛むのターニャくらいでしょ・・・
まあそれでうっかり返事しちゃったんだけど」
手鏡を見れば、いつもの私がいた。
コーネリアではなく、山口 梢の私。
手鏡を返し、そろそろアナスタシアを立たせる。
アナスタシアはバツの悪そうな顔をしてら私が立つのを手伝ってくれた。
「あんなに泣くなんて。そんなに私が恋しかったの?アナスタシア」
「当たり前だろう。寂しくて気が狂いそうだった」
「・・・熱烈すぎて私が恥ずかしいんだけど」
「でも、帰ってきてくれてありがとう。無理矢理に呼び戻してしまってすまない。私が死ぬまで、あなたの側にいて面倒を見させてもらう」
「えっ、いや、うーん?そこまで・・・別に・・・
私自身も未練がある、といえばあるしね。アナスタシアだけが悪いわけじゃないわ。でないと、この魔法は発動しなかったはずだし」
そうだ、私がこちらの世界に戻りたくないと思っていたら、この魔法は発動しなかったのだ。
あんなに『ダメだ』と思っていたのは、戻ったらもう帰りたくなくなるのをわかっていたから。
あの時は勇叔父さんの遺品を渡す、という目的があったから向こうへ帰ったけれど、あれがなければ私はどっちつかずだった。
…いや、最後の切り札を発見しちゃったから、今はそう思えているのかもしれないけどね。
ぐるり、と見回す。
ゼクスさん、セバス、アナスタシア、ターニャにライラ。
こちらへ来てから、この人達が私の『第2の家族』のようなものだ。
・・・このまま、こちらで残りの人生を生きるのも悪くはないのかもしれない。
「帰りましょうか、家に」
「っ、コーネリア・・・」
「宜しいのですか、姫様」
「そのかわり、今日は私の好きなものをたーっくさん作ってね?お酒もじゃんじゃん持ってきてもらいましょうか?
ゼクスさん、明日は私に付き合ってくださいね、お仕事は禁止。
アナスタシア?今日は一緒に寝てくれるのよね?」
私がワガママを言うと、なぜか皆笑ってくれた。
ま、いいでしょう、ここで暮らしていくのもね。
…一応、衣食住そろってるし…。
応援ありがとうございます!
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