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近衛騎士団編 ~小鬼の王~
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しおりを挟む歩く私の後ろに、小走りに付いてきたケリー。
声を潜めて話しかけてきた。
「おい、いいのかよ?勝手に神殿の奴らに要請掛けて」
「構うことないわ、彼等も『救援』に来ているのでしょう?少し散歩をしてもらうだけよ」
「だが、戦わせるのか?」
「というより、巫女の警護に僧兵を付けるだけよ。基本的には王国騎士が戦う訳でしょう?」
「そりゃ、そうだけどよ」
「ここで待っているだけなら、王国騎士やディーナがいるわ。僧兵達の出番はないんだから。それに回復手段が少ない状態で動き回るなんて自殺行為でしょう?」
「・・・アリシアに話すのか?」
「ディーナはそうして欲しそうね。ケリーはどう思う?」
「俺は話さなくてもいいと思うぜ。知る人間は少ない方がいいだろ。アリシアを信用できない訳じゃないが、俺達やタロットワークの人間に比べて、アリシアのいる状況は秘密の漏れやすい所だ。あいつのせいじゃないが、念には念を入れたい」
男と女の違いなのか、ケリーの意見はディーナとは違った。
キャズに関して言えば、ケリーと似た意見だ。秘密を持つ人間は少数が望ましいとする意見。
はてさてどうしようかしら。魔術研究所の立場から、数人回復要員として派遣してもらえないか?と頼むのが1番いいと思うのよね。
私も仲間外れにする訳ではないのだが、『胡蝶の夢』がない以上ここでアリシアさんに話す訳にもいかないのだ。
あれを使う事で、アリシアさん自体にも逃げ道を作る事になるからね。万が一秘密を話せと脅された時に話そうとしてしまえば忘れるのだから。そしてそれが『タロットワークの薬』のせいならば追及もされまい。
ケリーに案内されつつ、神殿の人達がいる一角に。
そこには巫女達が集まり、これから砦内で救護活動に当たる為に準備をしているようだ。
1人の巫女が、ケリーに気付いて寄ってくる。
「隊長様、何か我等に御用ですか」
「ああ、済まない。レディ・タロットワークに頼まれた」
「まあ、そうでしたか。お初にお目にかかります、魔術の頂点の一族に連なりし高貴なる御方。我等に何か御用でございましょうか」
両手を組み、すっと跪く巫女。
え、なんでこんなに高待遇?
少し躊躇していると、跪いた巫女は私を見上げ、にこりと微笑んだ。
「私は『能力視』の力を授かっております、タロットワークの巫女様」
私とケリーにしか聞こえないように、そっと囁くような声。
『巫女様』って事は、この人には私が聖属性の魔力を有していると視えている、という事だ。
なるほどね、自分よりも高い能力を持っている事がわかっているからこその高待遇か…まあいいか、口も固そうだし。
「他の人には言わないでいてくださる?」
「はい、巫女様・・・、レディ・タロットワークがお望みならばそのように。
それでは此度は如何なるご要件でしょうか」
「こちらの彼に付いて、魔物退治に付き添ってくれる巫女と僧兵を派遣してもらえないかしら。回復要員が足りないようなの」
「まあ、それは・・・お困りでしょう。誰か適任がいるでしょうか」
「私、行きますよ。ケリーさん」
その声に視線を向ければ、そこにはアリシアさんが。
私達の話を聞いていた、というよりは丁度今通りかかった様子。手には救急箱のようなケースを持ち運んでいる。
「大丈夫なのか、お前」
「はい!他の巫女達よりは体力もあると思います。
それに、ケリーさんや王国騎士団の方の事もよく知っていますし、私が行くのが相応しいと思います」
「・・・いかがでしょうか、レディ・タロットワーク。
星姫様であれば、隊長様とお知り合いのようですし。回復魔法については、私達よりも数段高いお力を持っておられます」
「・・・そうね、彼女にお願いしましょうか。
アリシアさんはそれでいいのかしら?確実に安全とはいえないと思います」
「はい、理解しています。ですが、ここでずっと待っているよりは一緒に行った方が、私も力になれると思いますし、自分の性格に合ってます!」
ぐっ、とガッツポーズをするようにアリシアさん。
2年経った彼女は、とても強く綺麗になった。
私が知っている彼女よりもさらに、たくさん努力を重ねて成長してきたのだろう。その瞳にある光は、強くたくましさすら感じさせる。
私はケリーを見ると、ケリーは『任せとけ』というように頷いた。ケリーもアリシアさんの魔法の能力はわかっているだろう。
「エンジュ様、こちらとしても星姫が来てくれるのであれば、任務成功率は上がります。彼女は聖属性の回復だけではなく、補助や攻撃の魔法も使用できますから」
「貴方がそういうのなら任せましょう。『星姫』アリシア・マールを守り、共に力を合わせて乗り切ってきなさい。ケリー・クーアン、任せます」
「必ずやお心のままに、レディ・タロットワーク」
すっと騎士礼で返すケリー。
アリシアさんも神殿の巫女達と話し合っている。
ここでやるべき事もあるだろうから、引き継ぎだろう。
すぐに準備を整え、2人ほど僧兵も付いてくるようだ。
私は彼等を見送り、食堂へと戻った。
食堂へ戻ると、まだそこにアナスタシアとシオンがいた。
私が戻ったのを見ると、2人とも立ち上がる。
「神殿に協力要請はできたのか?エンジュ」
「ええ、『星姫』がケリーに付くわ」
「そうか、ならば安心だ。さて、私達も行くとしようか」
「そうですね。エンジュ様、私達が出ている間くれぐれもご無理はなさいませんように」
「ここに襲撃があると思っている?」
「ない、とは言いきれません。私が心配しているのは、迷宮でしたような事、という意味ですよ?」
「まさかそこまでは」
「しない、と言いきれませんよね?」
鋭い。もしかして考えを読まれているのだろうか。
もしも、大量の小鬼が押し寄せてきたとしたら、あの大魔法の1発や2発放つ気がする。あっ、でも氷魔法の方が後々大惨事にならないわよね?炎だと近くの森が引火する気がする。炭化したりして。
「カイナスはこう言うが、もし危険が迫ったら遠慮なく放ちなさい、エンジュ」
「アナスタシア様・・・」
「他の騎士が戦うよりも、エンジュの魔法1発で収まるならそれに越したことは無いだろう?
セバス、後を頼む。後始末はお前に任せる」
「承りました、アナスタシア様もお気をつけて」
いつの間にか後ろに控えていたセバス。ターニャやライラもおり、アナスタシアとシオンへ会釈をしている。
出ていく2人を見送ると、セバスが私を座るように促す。
私はターニャが持ってきたお茶を飲んで寛ぐ事にした。
「さて。我々の調べた事をお伝えせねばなりませんね」
「ああ、そうね。アナスタシアには伝えたのでしょう?」
「はい、その結果を踏まえて出撃していらっしゃいます。
結果として、以前アナスタシア様が潰した洞窟の他に、小鬼達が群れを作っている洞窟がありました。
内部には小鬼の王、それに付き従うように人化小鬼や、魔法を使う小鬼もおりました」
「えっ・・・それってかなり大事なのでは?」
「はい。しかし洞窟に居を構え、外に出る素振りはございません。まだ数を増やしている最中なのか、なんらかの作戦中なのかまではわかりませんでした」
「アナスタシア達は、どうすると?」
「ひとまず、洞窟の外に分布している小鬼達の群れを一掃する事になりました。
装備を整えた小鬼将軍も数体確認しておりますので、そちらを先に潰して手数を削ぐ事を優先しております。
洞窟に潜む小鬼の王のことはそれから対処することになります」
なるほど、親玉はまだ巣から出てこない、と。
数を増やしている最中なのだとしたら、外に出ている群れは食料でも集めているのかしら?それとも仲間となるような他の魔物を群れに引き込む為のもの?
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