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幸せは、思いがけず突然やってくる。……いやほんと、予想以上の展開だよ!?

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 まるで、口説かれているような会話だ。
彼がいかにもしょげた様子でなければ、勘違いしてしまったかもしれない。

 けれど彼の態度はすこしも私の気をひこうとしてはおらず、ただただ申し訳ないとだけ訴える。
それはそれで、すこしだけいら立つのは女子の性分か。

 無言のまま、視線で先をうながす。
彼は、しどろもどろに言葉をつづけた。

『怖がらせるつもりはなかったんだ。ただ……、その、君の読んでいた本が、その……』

『本?』

 電車で読んでいた本には、カバーはつけていなかった。
凝った帯がついていたが、そちらは家に置いている。
白地に黒でタイトルが書かれたシンプルな本は、そう人の目をひくものではないと思う。
 ましてや、彼は英語ネイティブだ。
日本語はカタコトだし、まさか話すのは苦手だが読み書きは堪能だということもないだろう。
本のタイトルなどが目に留まったというわけでもあるまいが。

『リチャード・ライターは、俺のペンネームなんだ』

『へぇ』

 リチャード・ライターは、私が読んでいた本の作者だ。

『あなたが、あのリチャード・ライターってわけ?イギリスで評判の小説家?』

『たぶん。……小説家ではあるけど、評判ってのはどうかな。知人じゃない読者にあったのは、君が初めてなんだ』

 私はこれみよがしにため息をついた。
踏切で足止めされたのは、いいタイミングだ。
 バッグからスマホをとりだして、”リチャード・ライター”を検索する。

 たいていの作家は、今や顔写真をネットに挙げられているものだ。
そんな嘘は、瞬時にバレる。

 ばかばかしい嘘をついた男に、スマホをつきつけるつもりだった。
なのに、検索にひっかかったページを開いてみたら、目の前の男とそっくりな顔が笑っている。

「嘘でしょ」

 スマホと目の前の男を見比べてつぶやくと、男は恥ずかしそうに笑った。
信じられなくて、他のページも開ける。

 出版社のホームぺージにリンクされた著者のブログだった。
それを見て、息を飲む。

 暗闇にライトアップされた朱の楼門。
見覚えのある景色が、真っ先に目をひいた。
京都の有名な神社のひとつ、八坂神社だ。

 写真に添えられた文章に目を通すと、リチャード・ライターは年越しを京都で過ごしたと書かれている。
おけら詣りという伝統行事に参加できて、とても楽しかった。
すこし仮眠して、朝には伏見稲荷に行く予定だと。

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