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「………みちゃん…
…ひとみちゃん!!」



「──────っ!!」



耳元で聞こえた佐伯先生の声で、ハッと我に返った。


真っ先に目に映ったのは、桜の花びらでも校門でもない。


わたしの通う精神病院の、診察室の天井だ。




「…………大丈夫かい?
ひとみちゃん」



次に見えたのが、心配そうにわたしの顔を覗く佐伯先生だ。



「わ…わたし……」



「…何か、辛い事でも思い出したのかな」



「ツラい……?」



さっきまではふわふわ心地よかったのに、今はびっしょりと汗をかいている。


それだけじゃない。いつの間にか、ズキズキと頭も鈍く痛かった。



「大丈夫 ですっ。ツラい事だなんて、何も。
ただ…………」



この桜の花びらの舞う入学式のシーンを見るのは、これで何度目だろう。









「お世話になりました。
ありがとうございます」



「うん。気を付けて帰るんだよ」



「はい」



わたしは佐伯先生に処方してもらった薬を通学バッグに入れると、病院を出た。


診療時間も終わり、他に誰も患者さんがいなかったので、佐伯先生は一緒に外まで出て見送ってくれた。



「具合、悪くない?
何か変わった事があれば、すぐに僕に言うんだよ」



「はい、大丈夫です。
まだちょっと頭痛が残ってますが、しばらくして治らないようなら、この出してもらった薬を飲みますから」



「…そう」



わたしの主治医である佐伯先生は、ホントに心配性。


でもそれだけ患者さんを、大事にしてるって事だよね。


なにせ、相手は精神科にかかるような患者なんだから……。






わたしには、高校に入るまでの記憶がない。


気が付けば普通に高校に通っていて、家に帰れば当たり前のようにあたたかい家族がいた。



不自由してないと言えばウソかもしれない。その為に不安感に襲われたり、頭痛に頭を抱える事だってある。


だから怖くなってお母さんに泣きついた事は何度もあったけれど。でも紹介された精神病院の佐伯先生のお陰で、今日も楽しく生きていられるの。



わたしには、こんなにも支えてくれるステキな人たちがいるんだものね。

記憶がないなんて、ちょっとくらい平気だもん。





18時を過ぎれば、秋の外はもう薄暗い夕焼け空。


わたしは見送りに出てくれた佐伯先生に、手を振って病院を後にしようとした。
その時だった。



「ひとみーっ」



先生と同時に声のした方を振り向くと、そこには制服姿で走って来るお兄ちゃんの姿があった。


よっぽど勢いよく走ってきたのか、わたしと佐伯先生の前まで来ると、膝に手を付いてゼェゼエと肩で息をした。



「お兄ちゃんったら!
そんなに走ってどうしたの?」



「どうしたって……
ひとみが…遅いから……っ」



「もぉっ
今日は病院に寄って帰るって、朝言ったのに」



お兄ちゃんも、佐伯先生と同じで心配性。

ちょっと姿が見えないだけで、必死になってわたしを探したりするんだよね。


もぉっ、なんて言っちゃったけど、でもやっぱり大事に思ってくれてるのは嬉しいかも。


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