人間不信気味のイケメン作家の担当になりましたが、意外と上手くやれています(でも好かれるのは予想外)

水無月瑠璃

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第二部

7話

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「へーあまみ…」

その瞬間世界の時間が本当に止まった気がした。それほど日下部の口から自分の名が発せられた事実を静香が呑み込むまで少々の時間を要した。静香は目を何度も瞬かせ、日下部の顔を見る。言われた直後の静香は恐らく酔っている日下部の冗談なのだろうと軽く見ていた。本当は冗談でもそんなことを日下部が言う奴ではないと分かっていたのに。やはり静香も酔ってはいたのだろう、思考力が鈍っていた。

そして日下部の静香を見つめる目が真剣そのもので、これが冗談ではなく本気なのだということが伝わってきてしまう。日下部は頭を掻きながら「あー、言っちまった」とぼやけている。すぐにまた、静香に視線を戻す。

「雨宮聞いてる?」

「え、うん、聞いてる」

本当はそれなりに動揺してはいたが、元々動揺しても表に出づらいためか、日下部は静香が告白してもいつも通りの態度を崩さないと受け取り不服そうだ。しかし「まあお前そういう奴だよな」と一人で勝手に納得している。

「あのさ、今俺雨宮に告ったんだけど」

「いや、それくらい分かるよ」

「全く態度が変わらないから、伝わってないんじゃないかって不安になるんだよ」

そう思うならもっとそれっぽい雰囲気を醸し出してくれ、と理不尽極まりない要求を心の中で吐き捨てた。静香の偏見だが告白ってもっと心が揺さぶられる感じの…今自分が無意識に日下部と櫻井を比べていたことに愕然とする。

(最低だな、私)

そんな静香の胸中なぞ知る由もない日下部は話し続ける。

「本当は言うつもりなかったんだけどな。皆からは脈なしだから辞めとけって止められたし」

それはつまり静香の以外の同期は日下部の気持ちに気づいていたということか。櫻井との一件があって自分が他人に向けられる気持ちに対し鈍感だということが分かったが、どうやらそれ以前から恐ろしいまでの鈍感さを発揮していたらしい。漫画の鈍感な主人公をあまり好きになれなかった静香だったが、これからは主人公達を馬鹿にできないと思った。

「いつまでも不毛な片思いするのもどうかと思ってな。だから今回見つけた新人の連載の評判が良かったら、告白しようって決めてた。ケジメみたいなものだ」

日下部は顔を上げると真っ直ぐに静香の目を見る。その黒い瞳に嘘はない。

「俺雨宮のことが好きだ、最終面接の日から。全く覚えられてないことにはショック受けたけど、クールに見えて周りの事ちゃんと見ている優しいところとか、どんなきつい仕事でも弱音を吐かない強いところとか好きだなって思った。雨宮が俺の事そういう目で見てないのは分かってる、けどこれからはそういう対象として見てくれないか」

静香は同期で友人としか思っていなかった日下部からの真摯な告白に動揺していた。普通友人としか思っていなかった異性から告白されたらどう思うだろうか。好意を寄せられて嬉しいと思うか、驚きの気持ちが強くすぐに返答できないか…友人以上の目で見れないから断るか、様々な対応があるはず。そして静香は…。

(…どうしよう、どう断れば一番日下部くんが傷つかないんだろう)

端から断る選択肢以外存在しなかった。そりゃそうだ、静香には櫻井颯真がいる。他の異性の気持ちに答えることは万に一つもあり合えない。そこでもしも櫻井と出会うことがなく、日下部から同じように告白されたとしたら、と考えた。…結果は変わらなかった。静香は日下部悠人を友人以上の目で見ていないし、これからも見れる気がしなかった。

一番簡単なのは付き合っている相手がいると伝えることだが、数年片思いしていた相手がいつの間にか誰かと付き合っていたと判明したら…普通にダメージが大きい。断ることで傷つけることが確定している日下部に死体蹴りのような真似はしたくなかった。だから櫻井について触れることなく、頭をフル回転させて言葉を絞り出そうとする。

静香は未だに真っ直ぐ自分を見つめる日下部を、改めて見据えた。

「ありがとう日下部くん、気持ちは嬉しい。けど私は日下部くんを友達以上の目で見たことはないし、多分これからもないと思うので日下部くんの気持ちには答えられない、ごめんなさい…私はこれからも日下部くんとは友人として付き合っていきたいと思っています」

正直自分の言った言葉が正しいかなんて分からない。そもそも告白にもそれに対する断り方にも正解なんてものは存在しない、人の数だけ答えがあるのだ。静香はゼロに近い恋愛偏差値の中からどうにか絞り出した言葉が日下部にどう受け取られるか不安だった。

日下部は自分の事を全く覚えていない静香に失望することもせず、好きになってくれた。普通のフリをしているだけの冷たい人間を。だからこそ静香のことはさっさと過去にして別のことに目を向けて欲しいと切に願った。自分の人となりを知って好きになってくれる奇特な…こういうと櫻井と日下部に失礼だが、そんな人間が2人も居たことに純粋に驚くとともに感謝の気持ちを抱かずにはいられない。その気持ちだけは伝えておこうと思った。

日下部は形のいい眉を下げ悲し気な表情をしていたが、どこか晴れ晴れとしていた。静香の返答を予想していたのだろう。憑き物が落ちたという感じだ。

(これは、思い外傷つけずに済んだ…?)

日下部は何も言わないので実際のところは分からないが、静香は勝手に前向きに解釈していた。そしてホッとしていた…のだが。

「分かった、ハッキリ言ってくれてありがとう…けどすぐには諦められないから好きでいるのは許してくれないか」

(ん?)

「今は友人としか見れないと言っても、気が変わることは十分あるだろ」

何故か断られ萎んでいたはずの日下部の表情は生き生きとしていた。あれ、自分ハッキリ断ったよね、と自分の言った言葉を思い返す。…やはりハッキリとこれからも友人以上の目では見れないと伝えている。普通これで納得してくれると思ったのだが。日下部の目がやけにぎらつき始めて、背筋に薄ら寒いものを感じる。困惑する静香のことを気にせず、日下部は早急に距離を詰め始めた。

「俺軽く見られるけど、本気だから。本気で雨宮のこと好きだからさ、今すぐ線引きするのは待って欲しい」

そう熱の籠もった目で語る日下部にほんのり恐怖心すら抱き始めていた。が、紅潮した頬とトロンとした目…静香は悟る。酔っているのだと、それも悪酔い。

(素面ならすぐに引き下がってたんだろうけど…これも酒癖悪いに入るのかな)

しかし困った。酔って変なスイッチが入ったせいかやけに静香に縋っている。…櫻井の時は縋るような目で見られたときは心臓が変な音を立てる程度には響いたのだが。日下部相手にはどう対処しよう、困ったなという感情しか湧いてこない。2人に対する思いの差が残酷なまでに表れている。

このまま店に帰っても色々面倒なことになりそうなので、一度店に戻って皆に日下部が寝たとか適当なことを言って戻らなくていい理由を作らないといけない。日下部の気持ちを皆が知っているのなら、長い時間戻らない2人に対し変な誤解をしそうである。それは大いに困るのでベンチから立ち上がった。

「っ待って」

静香が帰ると早とちりした日下部に突然腕を掴まれ、え、と思った次の瞬間抱き込まれていた。
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