不遇女子、お隣さんに求婚される。

水無月瑠璃

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11話

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(…うーん)

重い瞼を開いた一沙の視界に入ったのは見覚えのある、というか自分の部屋の寝室の天井だった。寝返りを打とうとするも身体が怠い上に、温かい何かが巻き付いていて動けない。どうにか顔だけを温かい感触のする方に向けると目の前には逞しい胸板に立派な彫り物。規則正しい寝息を立てて一沙より長い睫毛で縁取られた瞳を閉じている。

(…夢じゃなかったー)

一沙は酒をどれだけ飲んでも記憶が飛ぶタイプではない。昨日何があり、どうしてこうなったのか全部覚えているが、情事の最中のことに関してはうろ覚え。神木が3つ目のゴムの封を開けたあたりのことは何となく覚えているが、最後はほぼ気絶するように眠ってしまった。

(おばあちゃんが橋の向こうから手を振ってた…)

高校の時に亡くなった母方の祖母は姉妹に対し平等に接し、そのせいで両親から距離を置かれてしまった。一沙は両親の目を盗み祖母に会いに行ったものだ。叔母と並んで身内で信用出来る数少ない存在だった。

その祖母がフラフラと橋を渡ろうとした一沙の目の前に凄まじい速さで移動し、「あなたはこっちにきちゃダメよ?」と何処にそんな力が?という怪力で橋から遠いところに投げ飛ばされたところで目が覚めた。良かった死んでなくて。25で死因が腹上死は嫌すぎる。友達にネタとして語り継がれてしまう。

(…凄かった)

一沙は今まで経験したのはおままごとだったのか?という程神木とのセックスは気持ち良かったし乱れまくってしまった。相手が気持ち良いだけで自分は我を忘れることはなく苦手意識すらあったが、知らなかっただけだったのだ。相性か神木のテクニックの賜物か。はたまたどちらもか。

目が覚めた神木に「ヤッたからもう要らない」と即座に捨てられたとしても悔いはない。素晴らしい体験をさせてもらったのだから…いややっぱり嫌だ。一夜でここまで一沙を依存させておいて捨てるなんて許されない捨てるくらいなら…。

勝手な妄想なのに脳内の一沙がヤバイことをしでかしそうで、慌てて止める。神木に限ってそんな下衆な行いをするはずがない。

(というか今何時…)

気絶したのはカーテンの外が明るくなり始めた頃。あれからどれくらい経ったのか。今日は土曜で休みなので寝坊の心配はない。が、人様の部屋でいつまでの寝るわけにもいかない。起きようとするががっしりと彼の腕が回ってて起きれない。そんな時頭上から声が聞こえる。

「あれ、起きた?おはよう」

「…おはようございます」

神木が目を覚ましていた。今起きた、というよりちょっと前から起きていたという感じである。

「…いつから起きてました?」

「起きた一沙が百面相し始めたあたり」

一沙とほぼ同時だ。声をかけてくれれば良かったのに、と一沙は身体を起こそうとして…裸なことを思い出し慌てて布団を身体に巻き付けた。神木はそんな一沙を見てニヤリとする。

「今更隠さなくても全部見たよ?」

隠す必要ないよね、と布団を剥ぎ取ろうとするので必死で抵抗する。

「昨夜は、色々と気が大きくなってたんです!今は無理!」

酒が抜け素面になると裸でベッドにいることが恥ずかしい。一沙の説得を聞き入れた神木は布団から手を離してくれた。布団にくるまったままの一沙は下着を探すと、服と纏めて畳みサイドテーブルに置かれていた。神木がやっておいてくれたらしい。

「服、ありがとうございます」

「皺になるといけないからね。あ、シャワー浴びるよね?一応身体拭いてメイクは落としておいたけど」

そう言われて一沙は確かに身体がさっぱりしており、顔も突っ張ってないことに気づく。そして色んな液体で汚れたはずのシーツも綺麗な状態。

「無理させすぎたからね。起きて身体がベタベタなのは嫌だと思って」

全く記憶にない一沙。それだけ疲れ切っていたということだ。寝ている間に色々されたことに対する戸惑いはあるものの、すっきりとした心地で目覚めることが出来たので素直に礼を言う。

「何から何まで、ありがとうございます」

「これくらい当然」

一沙は神木の厚意に甘え、シャワーを借りることにした。洗面所に行くとメイク落としが置いてある。つい最近開封したような。コンビニで手に入るタイプのやつなので、一沙が寝た後買いに行ってくれたのだ。何から何までしてもらって申し訳ない。彼は世話焼き気質なのだろうか。

隣の部屋なので当然同じ浴室。知らないメーカーのシャンプーリンスにボディーソープ。彼からもふんわりと香っていたし髪もしっとりしていた気がする。買い物に行ったのなら既にシャワーを浴びていたのか。どうせならもっと匂いを嗅いで…。

(思考が変態に寄ってるな~)

頭から熱いシャワーを浴びながら一沙は呆れていた。


使うように渡されていた神木のブカブカのスエットとズボンを袖を捲って来た一沙はリビングに戻る。テーブルの上に焼いた丸パンにオムレツ、ウイナーにサラダ、ミネストローネ。そしてホットコーヒーが並べられていた。ご丁寧にコーヒーフレッシュとガムシロ付き。喫茶店?

(シャワー浴びてる間に作ってくれたんだ)

何と手際がいい。生活感のない部屋だと思っていたが、普段から料理をしてるらしい。朝はパンを焼いて終わりの一沙は見習いたくなった。

「簡単なものだけど、食べていってよ」

「美味しそうですね、いただきます」

早速フォークを手に取り、オムレツを一口大に切り口に運ぶ。とろとろの卵にバターの風味がよく効いていて美味しい、と顔を綻ばせた。ミネストローネも一口。トマトの酸味、野菜の溶けたスープのまろやかさ、ベーコンのジューシーさ。手早く作ったとは思えないほど旨みがたっぷりだ。ご満悦な一沙を神木はコーヒーを啜りながら眺めている。

「美味しい?」

パンを齧ったばかりなので一沙はうんうんと頷く。

「良かった。料理は割とする方なんだけど、口に合うかどうかは分からないからさ」

やはり自炊するのか。顔が良い、金持ち、料理上手。欠点ないのでは…あ、性欲がちょっと。一沙は一瞬眉間に皺が寄った。

「結婚したら毎日作るよ?」

結婚、という単語に反応した一沙はパンを吹き出しそうになった。どうにか飲み込み、コーヒーを一口含み気分を落ち着かせる。

「大丈夫?」

「だ、大丈夫です…け、結婚は…」

「別に急かしてるわけではないよ。冗談だよ3割は」

それ7割は本気ってことじゃ?と一沙は慄く。そういえば求婚されていたことを思い出す。色々あってすっかり忘れていた。失礼にも程がある。

「結婚は…今は考えられないです」

神木が相手で不満があるわけではない。ただちゃんと話してまだ一日も経ってない。為人をきちんと知ってるとは言い難い。交流して、仲を深めて(1番深いところで関わっているが)その上で結婚したいと思っている。裏切られて、告白されて、そして今。目まぐるしく変わる状況に付いていくのがやっと。この状態で結婚したらキャパオーバーになってしまう。

「そっか。俺のことあまり知らないのに結婚とか無理だよね。取り敢えずは普通に付き合って行こうか?何処か出かけたりさ」

神木は求婚を一旦は断られたがショックを受けてる様子はなく、朗らかに微笑みこれからについて提案してくれる。

(ヤクザって信じられないな)

一沙のイメージは強面で銃や刀を持って敵対勢力に突っ込んでいくやつだ。現実のヤクザが、そんなバイオレンスなことばかりしてるわけないのに。神木は雰囲気も相まって刺青を見なかったら、ヤクザとは信じられなかっただろう。

「…まあいつかは結婚するけどね」

(ひっ)

口角を上げ、獲物を狙う肉食獣の目で一沙を見据える神木。一瞬で雰囲気が優男から捕食者に変わり冷たいものが背筋に走る。

結婚したい、でなく結婚する。確定事項のように言う。一沙に対して譲歩はしてくれるが、彼の中で結婚は決まった未来のようだ。

それに関して異論はないのだが、急に雰囲気を変えないで欲しい。ドキッとしてしまう。

(結婚か…)

一沙はサラダを頬張りながら考える。結婚して家族になり、いつかは子供が産まれる。

「結婚してる自分、ピンとこないんですよね」

あまり家族にいい思い出がないせいか、うまく想像が出来ない。

「俺もだよ、家族の記憶が薄いからかな」

神木が一沙の言葉に同意する。そうか、彼は未成年の時に家族がいなくなった。一緒に暮らしてはいたものの心がバラバラだった一沙とは、また違う意味で家族と縁が薄い。が、神木は明るく言った。

「まあ家族の形なんて人それぞれだからね、深く考えなくてもいいんじゃない」

「…それもそうですよね」

「そうそう、俺は想像するけどね一沙と結婚した後のこと。どんな家に住んで何処に住みたいとか…あと何処でセックスするか。でかい窓の前、キッチン、あ、玄関も良いな。一沙喘ぎ声大きいから外を通る奴に聞こえるかもというスリルを楽しみたい」

「…ぶっ!ゲホゲホッ!」

今度は耐えきれず思い切り咽せた。落ち着いた一沙が真っ赤な顔で「朝からなんてことを!」と神木に怒ったのは言うまでもなかったし、神木は一沙を揶揄うことを楽しんでいる節すらあった。

カバンに突っ込んだままのスマホの通知がとんでもないことになってるとは、知らずに。
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