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12話
しおりを挟む朝食を食べ終わった一沙は一旦家に戻ってからまた神木の部屋に行くことにした。借りたスウェットは洗って返す、と伝えるが「良いよ洗わなくて」と断られてしまった。畳んだスウェットを取り合う神木と一沙という、よく分からない図が出来上がっている。
「洗って返します離してください」
「ちょっとしか着てないんだから、俺がやっとくよ」
「色々お世話になったんですから、これくらいやります」
と両者一歩も引く気がない。一沙は何故こんなに自分で洗おうとするんだ?と些か疑問に感じていた。
一沙も好意に甘えた方が良いのでは?と気持ちが傾くも神木の「絶対渡さん」という一種の気概を感じる姿勢に違和感を覚える。
一沙の頭の中にはふと、ある可能性が浮かぶ。どう考えても神木が企むとは思えないが…一応聞いてみよう。
「あの…私が着たやつで、何かする気です?」
「…………何もしないよ?」
妙に長い間があり、彼はわざとらしいほど笑顔である。一沙は彼の主張は嘘だと確信し冷静に見えて動揺していた神木から強引にスウェットを奪い「洗って返しますからね!」と宣言して部屋を出て行った。
部屋に戻った一沙は昨日着ていた服を脱いで別の服に着替えメイクをし、軽く部屋の掃除をして再び神木の部屋に行く準備をする。その時、スマホを昨日の夜から確認してないことに気づく。
(珍しくスマホを放置したわ、何か緊急の連絡が入ってなければいいけど)
一沙は鞄の中から取り出したスマホを触り、画面を明るくする。
(…え)
「やあさっきぶり…何でそんなに疲れてるの?」
時間にして30分も掛かってないのに戻って来た一沙は妙にグッタリしていた。直ぐ様リビングに連れて行きソファーに座らせると、神木は何があったのか聞き出す。一沙は黙ってスマホを差し出し、受け取った神木は見せられた画面を見て、「うわ…」とドン引きしていた。
一沙が見せたのはメッセージアプリの妹とのやり取り。とは言っても普段ほぼやり取りはしない。妹は一沙に自慢したいこと、仕事で褒められた、恋人が出来たとかそういったことがないとが無いとメッセージを送ってこない。
いつも俯いていてどんなに馬鹿にされても諦めて、言い返さなかった一沙が昨夜元彼に反撃したのだ。水をぶっかける可愛いものだが、それですら妹は気に食わないらしい。初めは一沙の恋人を寝取り妊娠までしたことに対する謝罪(恐らく上辺だけ)を書き連ねていたが、だんだん一沙に魅力がないからこうなったのだ、という馬鹿にするような文章に変わっていった。
挙句水を元彼にかけたことを酷いだとか、自分にもかかった。妊婦なのに身体を冷やしたら大変なところになるところだったと文句ばかり綴られている。
「水って元彼にかけたんだよね」
「はい。一応妊婦にそんな真似出来ませんからね。妹の分も元彼にぶつけました」
頭に血が登っていたとしても妊婦に手は出さない。万が一何かあったら例え嫌いな妹とはいえ寝覚めが悪い。が、これを見る限り一沙だって怒るのだと調子に乗ってる妹に分からせるべきだったと少し後悔する。このまま放っておいたらどんどんエスカレートするという懸念が当たっていた、と思い知らされたのは入っていた留守電を聞いた時だ。
「で、私が泣きもせずあの場を去ったことが気に食わなったのか。両親に私が激昂して水をぶっかけて、ビンタして罵倒したと吹き込んだみたいで。たっぷりと留守電が残ってました」
一沙は着信履歴を神木に見せる。「母」「父」の表記が並んでいた。電話なんてほぼして来ない癖に、妹が絡むとすぐさま行動するのである。
「…どんな内容だったか、聞いても?」
「胸糞悪くなりますよ…」
「そんなに…なら尚更聞くよ。聞いた後で一緒にボロクソに貶そう」
そんな良い笑顔で言うことではないと思う。が、一沙も「あの内容」を自分1人の胸の中に留めて置くのは正直きつい。誰かとこの気持ちを分かち合いたい、共感して欲しいという欲求が頭をもたげる。一沙は神木にも聞いてもらうことにした。
母からの留守電の内容は、「一美に水をかけてビンタしたって聞いたが妊婦相手に何て酷いことを。子供と一美に何かあったらどうするんだ、そんな性根だから捨てられるんだろう。そもそもお前と一美を比べて一美を選ぶのは当たり前。魅力がないせいなのに一美を罵倒するなんて、だからお前は誰からも必要とされない。妹の幸せを祝ってやれない姉なんて産まなきゃ」
ポチ、と神木が再生を停止した。聞くに耐えなかったのだろう。彼の眉間に深い皺が刻まれ全身から殺気が出て、何も言わず一沙の背中をさすっている。余程一美を傷つけたと聞かされ腹に据えかねたのか、次々と飛び出す一沙を的確に傷つける言葉の数々。極め付けは産まなきゃ良かった。母は自分に似てない一沙を産まれた時から可愛がることはなく、一美が産まれてからは一沙にも必要最低限の世話はしてくれたが、愛情をかけてくれたことはない。父も同じ。
彼らにとって一美の言葉は例え嘘でも真実になるし一沙はその逆。一方の言い分のみを鵜呑みにし、もう一方を感情のままに罵倒する。子供を持つ親の所業ではない。薄々察し、それでも目を背けていたが両親はまともではなかった。寝取った妹を擁護し、被害者の姉を罵るのだから常識もないのだろう。あれで妹と同じく外面は良いのだから性質が悪い。
今度は父の留守電を聞こうとしたら神木が一沙の手からスマホを取ると、自分の耳に当てた。もう一沙に聞かせたくなかったのだろう。
父からの電話も母とほぼ同じ。妹の幸せを祝えないなんて冷たい姉だ、散々妹を虐めていたお前が誰かに好かれるわけがない。そんな奴とは家族の縁を切る、妹の結婚式には絶対に顔を出すな…。
「…こっちから縁切ってやる」
全部聞き終わったらしい神木の口から底冷えするような低い声が発せられた。すると神木は一沙を抱きしめ子供にするみたいに頭を撫で始めた。彼は何も言わなかったが、「今までよく頑張った」と言ってくれている気がした。一沙の涙腺はすっかり緩くなってしまったようで、子供みたいに泣き始め神木の服を濡らしてしまう。彼はずっと、両親にすら抱き締められ記憶が朧げだった一沙を抱きしめてくれていた。
一沙は僅かに残っていた両親への情を捨て去る決心をした。
「落ち着いたら甘いものでも食べに行こうか、お祝いに」
10分後、泣き腫らした顔をした一沙に神木はそんなことを言う。お祝いとは付き合った記念だろうか、と首を傾げると笑顔でこう言った。
「要らないモノを捨てた記念」
「…」
一沙は何とも言えない顔で苦笑した。両親からしたら自分達が捨てたと思っているが、逆だ。非常識で毒にしかならない親を一沙の方から捨てたのだ、奪うことしかせず見下してきた妹も。数人だが信頼出来る友人もいるし、自分を好きになってくれた人も居る。
あんな自分にとって害にしかならない人達は要らない。一沙は晴々とした気持ちだった。
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