不遇女子、お隣さんに求婚される。

水無月瑠璃

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13話

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朝食を食べた時間が遅かったので、昼食の代わりに何か甘いものを食べることに決まった。

「何処か行きたい店ある?」

神木はそう尋ねてきた。一沙のお祝いという名目なので、聞かれる前から行きたい店をいくつか候補として脳内に挙げていた。一番行きたい店があるのだが、最近テレビで紹介されたため連日混んでいるらしいとSNSで目にしたのだ。自分の希望で行って、行列が出来ていて数時間待ちです、と告げられたらと考えると口にするのは躊躇われる。が、言うだけタダだと店の名前を口にすると「ああ、あそこか。良いね行こう」と乗り気だ。

「でも、休日の昼過ぎなんて混んでますよ?」

「うーん、じゃあ席だけ予約出来るか聞いてみるよ」

そう言った神木はスマホを取り出し、手際よくその店に電話をかける。話すこと約1分足らず、礼を言って電話を切った。神木は機嫌が良さそうで微笑んでいる。

「予約出来たよ、14時からなら大丈夫だって」

「本当ですか?ありがとうございます!連日混んでるってSNSで見たので、予約も簡単に取れないと思ってたんですよ」

「そんなことないよ。すんなり予約取れたし…まあ少しだけお願いしたけれど」

「え?何か言いました?」

「何でもないよ、それよりも出かける準備始めようか」

そう言われた一沙は、泣いて酷いことになった顔を化粧で誤魔化し服もまた改めて他所行きの格好に着替える。一沙は秋物のワンピース、神木はシンプルなジャケットスタイル。彼の着ているものは恐らくかなり高価なものだろう、と何となく分かった。

そして何とまあ、似合うこと似合うこと。「雑誌のモデルしてます」と言われてもすんなり信じてしまいそうである。

(今更だけど、宗一郎さんもの凄い美形よね)

彼氏がいた一沙は当然他の男に目移りすることも、隣人がイケメンで挨拶を交わす程度の仲でも何とも思うことはなかった。しかし今はどうだ。昨夜声をかけられ、言葉を交わし好きだと言われ…色々経て前はどのような目で神木を見ていたか、思い出せないし戻れない。微笑むだけで彼の全身がキラキラと輝いて見える。一見冷たく見える怜悧な美形だが、一沙に対しては柔和な態度を崩さない。下はガッツリ彫り物しているしベッドの上では荒々しい。ギャップ萌えというやつ。一沙は感嘆の溜息を溢す。

家族と、元彼と縁を切ると決めたもののこのまま一沙を放っておいてくれるとも思えない。特に妹。想像しただけで気が滅入るが、神木がいてくれれば乗り越えられそうだと漠然と感じた。



準備が出来た神木に連れられマンションの駐車場に向かう。車に詳しくない一沙は手入れの行き届いたくろ塗りの車を見つめながら「絶対高級車…」と心の中で思う。神木が助手席のドアを開けてくれたので、やや緊張しながら乗り込む。運転席に神木が座り、車を発進させマンションを駐車場を出る。

一沙が行きたいと口にしたのは都内にある高級ホテルの一階に入っているカフェ。有名なパティシエが手懸ける季節のフルーツを使ったショートやタルト、見た目が鮮やかでSNS映えするスイーツが人気で特に若い女性に人気だ。そのホテルは車で20分ほどの距離にあり、道中神木と他愛もない話を交わしているとあっという間に着いた。

一泊1人最低5万はするというホテル。一般会社員の一沙には縁遠い場所だ。泊まらずともレストランやカフェに行くことは出来るが、何となく気後れしてしまい足を運ぶこともなかった。神木がいなければ行くことも無かっただろう。

エントランスから入ると休日ということもあり結構な人がロビーに居た。家族連れや友人と、恋人と。客層は幅広い。一沙達は宿泊ではないので受付には向かわず、ロビーを通り抜けて目当てのカフェに向かう。

「一沙はこのホテル泊まったことある?」

「無いです、値段がちょっと…一度くらい泊まってみたいんですけどね」

公式サイトで客室や予約すれば貸切で利用出来るプールの写真を見て「もし行けたら」と妄想をしたことがある。ちなみにその妄想の相手は元彼だった。今となっては黒歴史。更に一度誕生日に何が欲しいか聞かれた時に思い切ってここのホテルに泊まってみたい、と強請ってみたことがある。

だが元彼は「えー。高いだろ、そこ」とあからさまに嫌そうな顔をしたので冗談という体にして誤魔化した。別に一番安い部屋で、一沙が半分金を出しても良かったのだが譲歩する気すら彼の顔を見ると消え失せた。金額の問題というより、だだ面倒だったのだと思う。自分のやりたいことに関してのフットワークは驚くほど軽かったのに。そういったことがあったので、遠回しに神木に強請ってると受け取られないか内心不安だったのだが。

「今度まとまった休みが取れたら泊まりに来ようか?」

「え、良いんですか?」

「俺も一沙と来てみたい。ここ、貸切の露天風呂やプールあるから気にしないで楽しめそうだしね」

一沙は神木の背中にあるものを思い出した。背中一面に掘られた龍。綺麗だと思ったが、温泉やプールには行けない。彼が龍を彫った経緯やどう思っているかを一沙は知らない。制限されることが多かったことは分かる。ここに泊まれば彼は人目を気にすることなく普段出来ないことが出来る。一沙はプールは何年も行ってないが温泉は好きだ。写真でしか見たことないが、こじんまりとした露天風呂はゆっくりと疲れを癒すことが出来そうだった。具体的なプランは全く決まってないが、すでに楽しみになってきた。が…。

「露天風呂一緒に入ろうね。プールも他の男の目がないから、際どいデザインの水着着ても良いよというか着て欲しい」

キラキラとした笑顔で恐ろしい要求をしてくる、この男。一沙は首をブンブンと振った。

「む、無理です恥ずかしい!」

「じゃあ慣れるために一緒に風呂入る練習しようか。早速今日から」

内容が内容なので一沙にしか聞こえないように小声だが、一沙の真っ赤になった顔を見ればどんな話をしていたかバレてしまう。神木はやんわりと見せかけて、確実に自分の要求を押し通す。一沙は押しに弱い所があるので、恐らく神木の「お願い」を聞いてしまう予感がした。

そうこうしているうちに目当てのカフェに着いたので、一沙は火照った顔を覚ますのに必死で神木が口元を押さえ「可愛い」と呟いているのに気づかなかった。

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