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18話
しおりを挟む一沙は神木の言う通り、暫くは頻繁に会いその写真を妹に送り付けていた。週末は必ず会い、平日も予定が合えば一緒に食事を摂ることもある。一沙は神木の仕事内容について詳細に知ってるわけではないが、本業と副業の二足の草鞋を履いているのだ、忙しくないわけがないのに。彼は一沙と会う時間を作り、妹への細やかな復讐に協力してくれている。感謝しても仕切れない。二週間経つと、大したことは出来ないが何かして欲しいことはないか、と聞くと。
「一沙の手料理が良い」
「え、でも私そんなに凝ったもの作れませんしお口に合うか」
神木は一沙より料理が上手く、普段は仕事の関係で会食が多いと言っていた。本業、副業共に高級料理を食べる機会が多いことは想像に難くない。舌が肥えている人に自分の料理を出すのは気後れしてしまい、やんわり遠慮したいという空気を出したが。
「元彼は食べたんだよね」
「?はい、食べましたけど」
「…食べたい」
声に不機嫌さを滲ませた神木が子供みたいに強請ってくる。一沙はここでようやく理解した。元彼が食べたのに自分が食べられないのは我慢ならないのだ、と。彼の意図に気づいてしまうと断ることは出来なくなり、「期待はしないでくださいね」と予防線を張るもニコニコ上機嫌の神木の様子を見るに願いが叶わないことは分かっていた。
そうして一抹の不安を抱えながら一沙は普段良く作る豚肉の生姜焼きと中華風スープを神木の前に並べる。神木は仮に味が微妙だったとして、そういった素振りを出す人ではない。一沙としては誤魔化されるより正直に言ってもらった方が良かったが、そんな心配は杞憂だった。神木は美味しいと言いながらパクパク食べてくれる。気を遣ったわけではないと一沙には分かった。一沙は油っぽいのが苦手なので豚を茹でてから炒めているのだが、サッパリしていていくらでも食べられると好評だった。
「昔から得意じゃないんですよね、脂身の多い肉とか」
「俺も苦手なわけじゃないけど、赤身の方が好きかな。そうそう、良い店知ってるんだ」
高級な色んな部位を使ったステーキを提供する店。一沙も名前は知っていたので是非連れて行って欲しいとお願いした。また楽しみが増えた一沙だったが、神木と色んな店に行っているので太らないか心配だ。そんな心情を吐露すると。
「寧ろ細すぎるからもっと食べた方が良いよ」
「駄目です。私気を抜くとすぐ太っちゃうので」
「そんなに体重気にする?健康状態が心配になる程太るのは良くないけど、そうじゃないなら気にしなくても」
「…太ったら幻滅されます」
「え?ちょっと体形変わったくらいで嫌いになんかならないよ。もしかして元彼?」
「…ちょっとでも体重増えると痩せろって言ってくる人でした。体形管理が出来ないなんてだらしないって」
「…碌でもねぇな本当。結婚したら苦労するのが目に見える。良かったよ元彼が馬鹿で」
元彼の話題を出すと神木の口調が荒々しくなる。驚くが普段とのギャップにドキドキしてしまう。仕事の時は常時こんな感じなのか気になったが、何となく彼は「仕事」に関しては教えてくれなさそうだ。
神木は不安がる一沙を安心させるように穏やかな声で言う。
「昨日も言ったけど美味しそうに食べてる一沙を見るの好きなんだ。元彼に言われたことは綺麗さっぱり忘れてね?」
笑顔でね?と念押しするように圧をかけてくる神木に一沙はぎこちなく頷いた。彼の圧に怯んだわけではなく、一沙自身も元彼の言葉を忘れたいと思ったからだ。
(今にして思えば、彼って結構アレなところあったのね)
比べる真似は最低だと自覚しているが、神木と接する程に何故元彼のことを好きだったのか不思議に思えてくる。すると見えてくるのは元彼にそれほど大事にされていなかったのでは、という疑惑。
一沙は果たして元彼のことを好きだったのか。好きと言ってくれる人にしがみついていただけなのでは。それを感じ取っていたから一沙に対する態度も時折雑だったのではないか。あっさり心変わりしたのも…。
(いや、理由がどうであれ他の女孕ませるのは最低よ)
そこだけは絶対譲らない。もうとっくに愛想は尽きているし、元彼の言葉を思い出して一喜一憂することも嫌だった。神木の言う通り綺麗さっぱり忘れていきたい。
そして今日も日課で写真を撮って妹に送りつける。最初の1週間は反応があったものの、今は既読が付くだけでスルーされていた。突っかかることに飽きたのか、それとも一沙に構う暇もないのか。
(なんか、一美の鼻を明かしたいっていうより宗一郎さんと過ごすことの方が目的になってる気がする)
自分が幸せだと感じるから、一美のことがややどうでも良くなってきた。送りつけた写真に対して一美がどう感じているかも、数週間前より気にならなくなっている。自分が今、かつてないほど満たされていると感じているからだろう。このまま妹、両親、元彼とも距離を取ったまま過ごすことが出来たら幸せだと思う。現実はそう簡単にいかない、思うだけなら自由だ。
だが、予想に反し妹からも両親からも連絡が無い日々が続く。不審に思ったものの、こちらから連絡を取ることはしない。連絡する勇気がないからだ。向こうがこちらを放っておいてくれるのなら、と一沙も家族のことは放置し新しい日々を過ごしていた。
丁度一沙と神木が付き合い始めて一ヶ月経った頃、夢のような日々から突然現実に引き戻されることが起こった。
今まで仕事以外で関わることのなかった元彼から呼び出されたのだ。
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