不遇女子、お隣さんに求婚される。

水無月瑠璃

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17話

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週明け、一沙は重い足取りで出勤する。元彼は同じ部署の先輩なので嫌でも顔を合わせるからだ。出勤し自分のデスクに座ると既に席に着いていた元彼がこっちを見ていることに気づく。一沙がそちらに顔を向けるとあからさまに顔を背けられる。気まずさを隠し切れていない彼の態度に罪悪感を感じていることが分かる。

(これで開き直ってたら正真正銘のクズだけど)

一沙は冷ややかな目で彼を一瞥すると視線を外し、準備に取り掛かる。幸い、元彼と交際していたことは色々勘繰られるのが面倒で職場では隠していたので余所余所しい一沙達の間に流れる空気を不審に思い、訊ねてくる人は居ない。もし公表していたら元彼は最低男として針の筵だったし、一沙も同情され居た堪れない空気の中身を置くことになっていた。被害者である一沙も注目を浴びることは避けられない上に、人の不幸は蜜の味という言葉がある通り全く無関係の他人が一沙の不幸を面白おかしく囃し立て、娯楽の一つとして消化しようとしてただろう。

そんな連中の暇つぶしに使われるなんて真っ平ごめんだ。隠しておいて良かったと心底ホッとした。

(そのうち結婚報告するんでしょうけど、後輩の妹とデキ婚に至る理由を上手く作って欲しいものね。下手したらこっちに飛び火するんだから)

もし自分達にとって都合の良いストーリーを作り一沙を悪役に仕立てるという愚行を犯したら…その時は全部ぶちまけてやるつもりだ。ここまでで散々な目に遭ってるのに、これ以上要らぬ迷惑をかけるなら容赦はしない、と心の中で元彼に宣戦布告した。元彼が一沙の敵意に気づいたのか、ビクッと肩を震わせている。その様子を見て周囲に気づかれないように笑った。

元彼と仕事で関わる際平常心を保てるか些か不安だったが、思いの外冷静に接することが出来ていた。元彼の方も何か言いた気な視線を向けてくる以外、あの修羅場以前と変わりがない。だがやはり気まずい。これはもうしょうがない。社内恋愛の大きな欠点は別れた後も相手との接点が切れないこと。同じ部署の人間なら毎日顔を合わせるのだ。吹っ切ったつもりとはいえ、精神的に疲れる。

昼食をいつも一緒に摂っている同期の彩にも「なんか疲れてる?」と心配されてしまった。彼女は唯一元彼とのことを話している。当然向こうにも了承済み。つまり唯一愚痴を言うことの出来る相手だ。彼女は口が硬いので修羅場のことを話しても言いふらす心配はない、と判断し要点だけ話した。

すると「は???」と大層お怒りになった。元彼と家族全員に。

「あの人そんな最低クソ野郎だったの?もう今まで通りに話せないわ、どうやっても軽蔑しちゃう…でもさ、浮気する奴って1回したら2回目もするって言うじゃん?結婚する前に本性分かって良かったって。しかも妹に手出すとかどんな神経してるの?」

「私も分からない、まあ妹の方が魅力的だったんだろうね」

「姉の恋人寝取る妹のどこが魅力的よ。前々から思ってたけど一沙の家族って相当やばいよね。妹の肩持って一沙を責めるって頭おかしい、あ、ごめん言い過ぎた」

「良いよ、私もそう思ってるから」

「…良い機会、っていうのも良くないけど家族との付き合い方、考えた方が良いんじゃない?自分を裏切った妹、元彼と家族として付き合って行くとか地獄だよ?」

「それは私も考えてるし、彼氏もそうしろって言ってる」

「ん?彼氏?何どういうこと?」

一沙の彼氏発言に勢いよく食いついた同期に修羅場の後の出来事を神木の素性をぼかしつつ話した。振られた直後に、他の男の部屋にホイホイ付いていく警戒心の無さを咎められると思っていたら。

「イケメンで金持ち、しかも自分のこと好きだって言う隣人に告られた?何その急展開、そんな漫画みたいなことあるんだ」

とやや興奮気味である。今いるのは職場近くのイタリアンレストラン。同僚がいる可能性は高いので、聞かれてないか少し心配だが声のトーンは下げているのでその辺の配慮はしてくれていた。

「もうさ、裏切った2人に彼氏とのラブラブ写真送りつけて、あんたらのことなんて引きずってませんけど?って煽っちゃいなよ」

神木と同じことを提案してくる。考えることは皆同じらしい。自分の幸せな姿を見せつけることが、最大限の復讐なのだ。現在進行形で復讐は遂行中だと付け加えると、「妹がキーキー言ってきたら教えてね」と笑顔で頼まれた。

彼女の関心は妹と元彼の件から神木に早々に移ったらしく、ただの隣人だった頃からどう思っていたのか、告白された時はどう思ったのか根掘り葉掘り聞き出そうとする。一沙はヤクザ関係以外、妹達への復讐にも神木が乗り気だということも話すと彩はニヤつく。

「復讐の手伝いと言いながら一沙といちゃつきたいだけなんじゃないの?」

「そうかな、私以上に妹達に怒ってたから仕返ししてやりたいのかも」

「そうだとしたら、自分のことのように一沙への仕打ちを怒ってくれてるってことでしょ?愛されてるじゃん…顔赤くしないでよこっちが照れる」

愛されてる発言に顔を真っ赤にする一沙に彩は呆れた。指摘されると照れてしまうのだ、自分でもどうにもならない。

「復讐より、彼氏と楽しく過ごすことを優先しなよ。今まで散々苦労したんだから、幸せにならないと」

(幸せ…)

一沙にとっての幸せとは自分を愛してくれる人と共にいること。そして歪な自らの家族を反面教師に、普通の家族を作ること。

普通とは?幸せとは?自問自答してもやはり答えは出ない。多分答えは人それぞれで違う。神木もそう言っていた。深く考えなくても良いのだ、と。
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