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3話
厨房に行き、シェフに要望を伝えた後ルイスが呼びに来る。
「ライアン様、グレゴール医師到着しました」
ルイスの横に狼獣人の年配の医師グレゴールがいた。ライアンは彼らを引き連れ、名も知らぬ女のいる部屋へ向かう。
ドアをノックするとリエラの声が聞こえた。ライアンがドアを開けるとベッドの中で上半身を起こした彼女の姿が目に入る。この邸には若い女向けの服はないのでリエラのものを貸したらしい。シャツを身につけてはいるが、肩もシャツから覗く腕も華奢で細い。ふとした瞬間に折れてしまいそうだ。女は俯き、表情はよく見えないが自分の状況を不安に感じていることが伝わってくる。
ライアンは医師とルイスを外で待機させ、まずは自分だけがベッドに近寄った。誰かが近づいた気配に気づいた女は顔を上げる。明るい中で初めて女の顔をちゃんと見た。眠った顔しか見ていないリエラが「可愛いらしい」と称していたが、確かにとライアンは同意していた。白皙の肌、海を思わせる深い碧のパッチリとした瞳を縁取る睫毛は長く、目元に影を作っている。
が、本来なら輝かんばかりの透き通った白い肌は青白く不健康さを強調し、瞳は何処か遠くを見てるように虚ろで生気をあまり感じられない。が、ライアンの紅い瞳と視線が交わると彼女の瞳にほんの少し光が灯った、気がした。2度目だからか驚いた様子は見られず、怖がらせないよう優しく声をかける。
「…目が覚めたのか、良かった」
「この方はライアン・アストラム様。貴方を森で魔物から助けた方であり、エルガンド王国現国王陛下の弟君であらせられます」
ライアンに続いて余計なことを付け加えるリエラ。身分については隠し続けることは出来ないが、このタイミングで明かされたら確実に萎縮されてしまうではないか、と心の中で文句を言う。案の定彼女はハッとした後深々と頭を下げた。
「お、王弟殿下…!この度は多大なご迷惑をおかけして…いえ、助けていただきありがとうございました」
途中まで謝罪するかと思われたが、助けてもらったことに対して礼を言う方向に変えたようだ。こちらとしても王族の手を煩わせたと、必要以上に畏まられ謝罪を繰り返されても困ってしまうので良かった。
「いや、人として当然のことをしたまでだ…リエラ、彼女に怪我は?」
「はい、幸いにも大きな怪我はありませんでしたが、足にマメが出来てましたのでライアン様の軟膏を塗り包帯を巻いておきました」
(マメが出来るほど遠くから来たか、普段歩かないのに歩いたから出来たのか)
気になることはあったが、大きい怪我がなく安心した。後は医師に任せて大丈夫だろうがその前に。
「改めて俺はライアン・アストラム。一応王族だが継承権は放棄している名ばかりで、今は公爵位を賜っている。だから畏まる必要はない…君の名前は?」
「…リリ、と申します」
ピクリと眉が動き、視線が一瞬彷徨った。ああ、偽名かと直感するが追及はしない。嘘でもなんでも「彼女」の名前を知ることが出来たのだから、それで良い。
「リリ、というのか。早速だが君の身体に何もないか、医者を呼んだので診察を受けて欲しい」
「そ、そこまでしていただかなくても大丈夫です、元気ですので」
医者まで呼ばれたと知ったリリはギョッとし慌てて断ろうとする。そんな青白い顔をして元気等と見え透いた嘘を吐くとは、と思わず笑ってしまうが引き下がるわけにもいかない。
「君を保護した立場として、これくらい当然の義務だ。気にする必要はない」
言った後で、きつい言い方だったかと少し不安に駆られるもリリは「…分かりました、ありがとうございます」とぎこちなく笑いつつ承諾してくれた。
ライアンは外にいる2人に声をかけ、入って来るように告げる。ドアが開かれルイス、医師の順で部屋に入ってくる。
「紹介する。若い男が執事のルイスで豹の獣人、白衣の男がグレゴール医師で狼の獣人で…リリ?」
リリは縫い止められたように入って来た2人を見つめている。が、どうにも様子が変だ。目を何度も瞬いたかと思うと、ガタガタと身体が震え出し自らを守るかのように自分の腕を抱き締める。碧い瞳の焦点は合っておらず、2人を見てるようで別のものを見ているようだ。
「リリ様?どうかされましたか?」
同じく異変に気づいたリエラが声をかけるも、聞こえてないのか何も答えない。ルイスも医師も尋常ならざる様子にこちらに向かってこようとするが、ライアンは咄嗟にリリの視界を塞ぐように立ち塞がると、こう言い放った。
「2人とも今すぐ部屋から出ろ!」
命令を受けたルイスはすぐさま医師と共に部屋から飛び出していき、ドアの閉まる音が響く。ライアンがリリの方を向くと、彼女はハァハァと荒い呼吸を繰り返し苦しそうだ。すると彼女は何を考えたのか目の前のライアンに抱きついたのだ。丁度彼女の顔が鬣に埋まってしまうが、リリは気にする様子もなくスースーと呼吸を繰り返し落ち着こうとしている。流石のライアンも仰天し、リエラに至ってはあんぐりと口を開けている。
(こ、これは…どうすれば良いんだ)
ライアンは自分のことながら戸惑っていた。渋々参加した夜会で令嬢に抱きつかれた時はすぐさま引き剥がし、「俺に触れないでいただきたい、不愉快だ」と冷たく吐き捨てるのが常になっている。が、今回は状況が状況なので引き剥がす真似は出来ない。しかし、何故だが全く不快感がないのだ。
中途半端な位置で宙に留まっている両手をライアンは恐る恐る、リリの背中に回してみる。彼女からの拒否反応はない。出来心で撫ででても同様。お気に召したのかリリは鬣に埋めた顔をぐりぐりと擦り付けてくる。規則正しい呼吸音しか聞こえてない。落ち着きつつあることにホッとした。
(こうしてみると本当に小さいな、それに細い)
ライアンは190近くあるので大体の人間は小さく見えるが、彼女はそれが顕著だ。今にも消えてしまいそうな儚げで、脆い雰囲気をまとっているからだろうか。横でリエラが目をまんまるにして固まってるが、気にする余裕はない。
リリが正気に戻り、真っ赤な顔で「ももも、申し訳ありません!」と平謝りするまでライアンは彼女の背中を撫で続けていた。
ライアンは聞きづらいものの、避けるわけにもいかず単刀直入に尋ねた。
「君は、男が怖いのか」
「…怖いと言いますか、身体が勝手に震えて息が苦しくなるのです」
怖いだけではなく、心身に影響が出ているくらいだから決して軽くはないだろう。ライアンは専門家ではないので、尚更医師の診断を仰ぐ必要が出てきた。
「でもライアン様とは普通に話してますよね、こんなにデカくて愛想ないんですよ?あの2人より怖くないです?」
一々茶化すリエラに呆れつつも、ライアンはある一つの可能性を口にしてみる。
「人間の男が駄目なのかもしれん。俺はライオンの顔をしてるから平気なんじゃないか」
「あーあの2人耳と尻尾残して後はほぼ人間ですからね。なら2人にも獣化してもらったらどうです?」
「試してみるか、どっちにしろ医者には見せないと行けない。彼が難しいなら女医を手配しなければ」
リリはますますしゅんと肩を縮こませ、「迷惑ばかりかけて…」と今にも泣きそうな声で謝罪する。ライアンはしゃがんで出来るだけ視線を合わせてこう言った。
「迷惑ではない、さっきも言ったが俺の義務で俺が勝手にやっていることだ。だからあまり自分を責めるのは、良くない」
言葉を選ぶと彼女の罪悪感に満ちた表情がほんの少しだけ和らいだ、気がした。それだけだがライアンは嬉しく思った。
感想
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