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第1章

第3話

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◆◆◆

「ずいぶん出世したね」
 生徒会長だという克巳をは壁に押し付けた。いわゆる壁ドンだ。
「俺との約束覚えてる?」
「やっぱりのり? 何でさっき知らない振りしてた?」
 克巳の問いには答えずに言った。
「このダサい髪型やになるよな」
「本当に眼鏡で人格変わった?」
「厳密に言うと違うけど、まあ似たようなもんだよ」
 克巳は変な顔をした。
 説明するのも面倒だった。眼鏡はただのきっかけにすぎず、普段抑え込んで鬱屈してるものが表面化してくるだけ。
「まさかここに克巳がいるなんて。どこの中学行ったのかと思ったけど」
「のりから無理やり離れさせられたから」
 克巳はそんないいわけをする。俺たちがやらかしたから仕方ないにしても。
「克巳、会いたかったよ」
「俺も」
「ホントに?」
 顔を克巳の至近距離まで近づけた。キスされると思ったのか、克巳は目をつぶった。
 俺は克巳から顔を離してニヤリと笑った。
「でも、今はまだおあずけね」
 そして眼鏡をかけた。

◆◆◆

 今、僕何を……?
 会長さんの呆気に取られた顔を見て、やっちゃったと気付いた。まさか生徒会長がかっちゃんだったなんて。
 僕は脇目も振らず、走って自分の部屋に逃げ込んだ。
 息を何度も吸って吐く。
 まだ心臓がバクバクと鳴っている。
 僕はため息をついた。僕の馬鹿馬鹿馬鹿。また同じ事を繰り返す気か。
 僕はかっちゃんが僕から離れることになった事件を思い出していた。

 小学校の時、近所に遊んでくれるお兄さんがいた。名前は吉川克巳よしかわかつみ。僕は兄弟もいなくて、話し相手が欲しかったから、いつもかっちゃんかっちゃんって後をついていってた。かっちゃんは1つ上なだけなのに、すごく頼もしくて優しいお兄さんだった。

 ある時、僕が小学校高学年になった頃だったと思う。かっちゃんが同級生に絡まれてたのを見てしまった。
「お前んちの風呂めちゃ汚えんだよ」
「俺転んで怪我したから、賠償金払えよ」
 かっちゃんちは銭湯をやっていて、それでよくからかわれてるみたいだった。
 かっちゃんが何をしたわけでもないのに。ただの言いがかりだって見て取れた。
「うちいつもきれいにしてるし、たまたま転んだだけじゃ」
 かっちゃんは言い返したけど、そんな理屈は男2人には届かなかった。
「うるせえ。賠償しろって言ってんだよ」
「四の五の言ってんじゃねえ」
「僕そんなお金持ってないし」
 かっちゃんちは裕福ってわけではなくて、お小遣いも少ないみたいだった。
「ざけんな」
 かっちゃんが1人に蹴られて転んだ。それを見てもう1人が更に追い打ちをかけるように後ろから背中を蹴った。
 僕はどうしていいかわからなくて、影から様子を見てた。怖くて足がすくんでた。
 でも、かっちゃんが一方的に殴られたり蹴られたりしてるのに僕はついに我慢できなくなった。
「何やってんだよ!」
 勇気を振り絞って僕は進み出た。
「何だこのガキ」
「消えろ」
 かっちゃんは足蹴にされながらも
「のり、逃げろ」
 って僕を関わらせないように言うのだ。
「おこちゃまはあっち行ってろ」
「お前も同じ目に合いたいか?」
 1人がかっちゃんを踏んづけて、かっちゃんはうめき声をあげた。
 かっちゃんが動かなくなって僕は焦った。
「かっちゃん。かっちゃん」
 僕がかっちゃんに駆け寄ってしゃがみ込むと、容赦なく男たちは僕を蹴ってきた。
「うるせえ、どけ」
「のり、気にせず逃げろ」
 と小さい声で言ったかっちゃんの声は僕の耳に届かなかった。

「かっちゃんに何すんだ!」
 といきり立ったら、僕も2人に転がされて、倒れ込んだ。
 その時、目の前に鉄の棒が落ちてるのが見えた。
 僕はそいつらが僕らに興味をなくしたみたいに背を向けて去ろうとしているところに後ろから鉄の棒を振り下ろした。
 打ち所が悪かったのか、1人が頭を押さえてうずくまった。
 僕は間髪を入れずにもう一度頭をたたいた。
 もう1人が気付いて僕から棒を奪おうとしたけど、僕はめちゃくちゃに振り回した。
 それでもう1人がひるんだところに更に追い打ちをかけるように棒で叩きまくった。後先のことなんか考えてなかった。
 気付いたら2人とも倒れてた。でも僕は「かっちゃんにひどいことする奴は許さない」と言いながら何度も叩いた。
 僕はただ必死だっただけだけど、同時にそんな奴ら死んじまえと本気で思ってた。
 後から聞いた話、男たちは結構重症で、1人は手術が必要だったって話。
 もちろん正当防衛だから僕が咎められることはなかったけど、僕はキレると手が付けられなくなるって街中で評判になってしまった。
 その時以外にも、自分の大事なものを傷つけられたら度々豹変してたみたい。
 自分のことなのに、たまによくわからなくなるのだ。
 それで精神科に通っていた時期もあった。その先生が、眼鏡をかける暗示法を教えてくれたのだ。元々目が悪くて裸眼は0.1以下だったから、近眼用の眼鏡を作った。
 いつしか眼鏡をかけると落ち着くようになった。
 でも、地元は小さい社会だし、僕を見ると変な顔をする同級生もいっぱいいて、中学の間友達も1人もできなくて不登校ぎみだった。
 それを見かねておじいさんがこの学校を紹介してくれたってわけ。
 中学からかっちゃんも引っ越ししちゃったから、まさかこんな所にいるなんて思わなかった。
 眼鏡をして目立たないようにおとなしくしていれば高校3年間ぐらい乗り切れたはずなのに。
 かっちゃんに僕の正体がバレてしまった。どうしよう。さっき他に誰にも見られなかったよね?
 かっちゃんは優しいから黙ってくれると思うけど。でも、また僕が我を失ったら、下手したら退学になっておじいさんに迷惑をかけてしまう。
 かっちゃんには2度と眼鏡を外さないように言い聞かせておかないと。
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