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マリアベルの両親

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「最悪なお茶会だったわ」

 お茶を飲みながら夫に愚痴る妻。

「メアリーが怒るのも無理ない。よくあれくらいで我慢出来と思う。君はやっぱり優しいね」

 口調は優しい夫だがもちろん怒っていた。


「マリーが見ていたからよ。ピノ夫人は昔から何かと私に突っかかってきていたのは知っていたけれど、相手にしていなかったの。だってとっても面倒だもの。相手にすると同じ舞台に立つ事になるでしょう? そんなバカみたいなマネはしないわ」


 若い時からピノ夫人には気をつけるようにとジェーンに言われていたし、私は公爵家令嬢と言う身分で周りから持て囃され疲れていた。
 みんな私自身を見ているわけではなく私の後ろの公爵家の看板を見ている。


 そんな時に夫に出会った。夫は両親を亡くしたばかりで若くして侯爵家当主となり忙しく働いていて、素敵な顔立ちなのにどこか疲れている……そんな感じがしてそこに惹かれた。なんとなく私の事を理解してくれるような気がしたから。

 縁とは不思議なものだと思う。たった一度の出会いで人生が変わる。あの時時間がずれてすれ違っていたら私は別の誰かの所へ嫁いでいたのだろうか……そんなことを考えると虫唾が走る。

 愛する夫との間に息子と娘が出来て家族になった。なんとも言えない幸福感……この子達の成長を見守れるだけで私は幸せだった。


 それなのにある日、あの忌まわしい誘拐事件が起きてしまった。







 借金で首が回らなくなった庭師と邸で働くメイドの夫婦によって、私の愛する娘が誘拐されて行方不明になった。


『お金なんて……いくらでも出すから娘を返して……』

 誘拐犯のアジトへと踏み込んだ際に私も一緒にその場へと向かった。周りに止められたけれど、マリーが私を呼んで泣いているかもしれない! そう思うと胸が痛い。


 カバンにお金を入れれるだけ入れて、宝石も入れれるだけ入れて。
 マリーの命には変えられないから。お金なんて私にはなんの価値もない。紙屑。


 踏み込んだ先にマリーは居なくて誘拐犯の一人がマリーを連れて出て行ってしまったと言う。そこには憎き庭師とメイドが……


「お、奥さま……お許しください」

 ぶるぶると震え許しを乞うてくるメイド。こんなクズにかける言葉なんてないしクズの顔を見るのも嫌だ。


「だ、旦那さまっ、ご慈悲を……家族を守るために、」

 庭師の男が口にした。


「お前達が撒いた種だろう。家族を守るため? 聞いて呆れるような事を言うな。我が娘は私の大切な家族だ。その家族を守れなかった私を愚弄しているのだな」

 冷めた顔をして夫はクズを思いっきり蹴り飛ばした。

「ぐ、ぐぅ……」

 蹴られたお腹を抑えながら庭師はうずくまった。

「殺すだけでは物足りん……自ら殺して欲しいと願うような罪を与えねばならん。四股を引き裂き、獣の餌にでもするか、」


「旦那さま、奥さま! お嬢様はすぐに邸に返す予定でした。ほんの少し散歩のつもりで」

 夫はメイドの背中を思いっきり踏みつけた。

 グフっと濁った声がした。

「ほんの少しの散歩? それでは今すぐ娘を連れ戻せ」

 痛がるメイドの顔を見て夫は冷酷だった。

「ぐっ……痛いっ」

 これまで見たことのない夫の姿がそこにあった。でも怖さなんて全くない。娘を返して!


「生意気にこれくらいで痛がるとはおかしなものだな。まだ幼いマリアベルはどれほど恐怖を感じこの小屋へ連れてこられたのだろうか。考えるだけでお前達を今すぐに殺したくなる。お前達の仲間は既に捕らえられ、尋問を受けている頃だろう。おい、この二人を逃げられないように足を折っておけ」

 衛兵が返事をし慣れた手つきで骨を折る。


「「ぎゃぁぁぁぁ……」」


 痛さに耐えきれずもがく二人。その後二人はすぐに処置され歩けるようにはなったようだ。誘拐は大罪で仲間の家族一同全てが罪を償う事になった。

 まだ幼い子供は孤児院や教会に預けられる事になった。親と離れ離れになると言う事で罰を受けさせる事になる。

 大人達はムチ打ちにされ奴隷同然の強制労働施設へと入れられる事になるだろう。休みもなく働き、サボればムチ打ち。安い賃金を出される事により借金を返済する事になる。死ぬまで施設から出る事は叶わないだろう。




 マリーが見つからないまま邸に帰るとそこは無の世界だった。


 マリーの姿が見当たらない。

 マリーの笑い声が聞こえない。


 いつもマリーの面倒を見ていてくれたヴェルナーからも笑顔が消えた。

 ヴェルナーを抱きしめてもヴェルナーは心を閉ざしたようで抱き返してくれる事はなかった。

「ヴェルナー……お母様を恨んでいるのね。マリーを守れなくてごめんなさい」
 
 初めて息子の前で弱さを見せると弱々しく背中に手を回してくれた。

「僕が……マリーを守れるように強くなる」

 そう言って無表情のままヴェルナーは涙を流した。それからヴェルナーが剣術に力を入れるようになり毎日傷だらけで痛々しかったけれど夫は好きにさせなさい。と言った。


 夫は毎日マリーを探させているのに私は何も出来ないのに疲労で倒れてしまった。

 寝込むことも増え、食事も喉を通らない日々……ヴェルナーが頑張っているのにこんな姿を見せるわけには行かない。そう思いながら、私もマリーの情報を集める。


 似ている子がいると聞けば夫と共に現地へと向かった。

 でもマリーじゃない。

 何度か繰り返すとマリーじゃない子を見る度にストレスと心労でまた倒れてしまった。


 私は弱い……マリーがいないならもう死んだほうがマシだ。

 考えれば考えるほど食事も喉が通らなくなった。するとヴェルナーが見舞いに来て言った。


『マリーが見つかって邸に戻ってきてくれた時に母上が元気じゃなかったらきっと悲しみます。母上の分も僕が頑張るので母上も今は僕のためにも食事をしてください。僕の母上は母上しかいませんから』


 子供達の成長を見ていて幸せだと思っていたけれど、私はこの子に親として成長させられていると思った。弱いところを見せたくないのに……

『ヴェルナー……ありがとう。そうねマリーが戻ってきた時に私が元気じゃないといけないわね』

 強くいなきゃ……

『母上には父上も僕も付いています。マリーは必ず帰ってきます。僕はそう信じています』


 ヴェルナーが私の手を握ってきた。手は震えていた。ヴェルナーも怖いのだ。この子を安心させるために私は笑顔を見せた。


『お父様が帰ってきたらみんなで食事をしましょう』


 ヴェルナーは少しだけ嬉しそうな顔をした。



 私が死んでしまったらこの子が悲しむ。

 私が死んでしまったらこの子の心が壊れる。

 親として失格だ……希望は捨ててはいけない。






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