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第二章 王子王女 襲来
15、交流会を開く羽目になりました
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歓迎会から五日後、午後の軽食の時間に、宰相サマがなんの脈絡もなくこう言った。
「交流会を開け」
は? 交流会?
あたしは目をしばたたかせた。
「何を藪から棒に」
「藪から棒とはなんのことだ?」
ただでさえ渋面だった宰相サマの顔が、さらに渋面になる。
ここにはそういう慣用句はないのか。
「藪から突然棒が突き出してきたように、いきなりすぎてびっくりするという意味です。──で、交流会の準備をすればいいんですか? 裏方仕事慣れてるんでかまわないですけど」
「ウラカタ? おまえは頻繁に奇妙な言葉遣いをするな。──仕事をしろと言っているわけではない。交流会の主催者となり、各国の王子王女や我が国の王族を招いてもてなせと言っているんだ」
「だから、なんであたしがやんごとない人々をもてなさなきゃならないんですか?」
「歓迎会のときに遅れて出席したかと思うと、一悶着起こしてすぐ退席してしまうからいけないのだ。あの奇抜な衣装に度肝を抜かれたこともあって、みな、おまえへの好奇心が膨らむ一方らしい。属国の王子王女たちだけでなく、我が国の貴族たちも、おまえを自分たちの集まりに招待したいと言ってきているのだ。おまえは、そういう集まりに出るのは嫌なのだろう?」
「うん」
あたしは即答する。
苦虫を噛み潰す宰相サマとは対照的に、フラックスさんが笑い出した。
「迷いがないね、舞花」
「だって、その人たちが会いたいのは『ソルバイト陛下の婚約者』でしょ? 便宜上陛下の婚約者を演じたけど、本当の婚約者になったつもりないですもん」
焼き菓子を取ろうと伸ばしたあたしの手が、横からかっさらわれる。見れば、陛下が唇を寄せようとしていたので、あたしは慌てて自分の手を奪い返した。
「何しようとしてたのよ? まったく、油断も隙もない」
陛下は悪びれた様子なく答えた。
「余の努力が足りないから、そういうことを言うのではないかと気付いてな」
言うがはやいか、あたしの肩を抱き寄せ、色っぽい笑みを浮かべた顔を近づけてくる。
あたしは色気も何もなく叫んだ。
「ぎゃー! 人前で何すんのよ!」
「人前でなければよいのか?」
「それもダメー!」
顔を近づけてくる陛下と、その顎に手をかけて押しやろうとするあたしとの攻防が繰り広げられる。
それに終止符を打ったのは、宰相サマだった。
「陛下、娘の教育によろしくないので、やめていただきたい」
「それはすまなかった」
陛下が離れていったので、あたしはぐったり脱力する。力の差もあるけど、他のみなさんのなま暖かい微笑みも精神的にクルわ。
他のみなさんというのは、フラックスさんとテルミットさん、それとロットさんね。
フォージは顔を真っ赤にしてうつむいている。ごめんね、フォージ。
この部屋には、あと一人いる。角の書き物机で、猛烈な勢いでペンを走らせている女の子だ。
彼女は絵の上手いお針子さんで、歓迎会の衣装の相談をしたその日から、毎日フォージのところに通い詰めている。あたしの記憶を全部書き出したいのだそうだ。
花魁衣装を再現するには、花魁道中の記憶だけでは無理だった。そりゃそうよね。打ち掛けや掛け下、帯といった一つ一つは単純構造だけど、着付けが複雑。完成品(?)を見ただけじゃ、あたしでもちんぷんかんぷんだもん。
そこで役に立ったのが、テーマパークで売られていた花魁のパンフレットだ。
花魁道中にすっかり魅了されたあたしは、お小遣いをはたいて分厚いパンフレットを買った。当時、何度も隅々まで読んだな。……今は実家の押入に眠ってると思うけど。
そこにはフォージには教えたくない色街事情なんかも書いてあったけど、花魁衣装の各パーツの写真や着付けの仕方も載っていた。
あたしはおぼろげにしか思い出せないその記憶を、フォージが鮮明に投影してくれて、それで花魁衣装の再現が実現したの。
あたしのその記憶は、今はフォージの中に鮮明に残っている。それをいつでも誰でも見られるようにしたいという話になって、絵の上手い彼女が紙に描き出す担当になったというわけだ。
そのお針子さん──フォノンというのだけど──ずっとこちらの話に反応しなかったんだけど、不意にこちらを見て言った。
「お衣装のことなら心配なさらなくて大丈夫ですよ。メーザーさん(デザイナーさんの名前)が、新しいお衣装はもうすぐできると言ってました。まいこというお衣装ですし、おいらんのときほど重いお衣装にはならないそうです。染め物が出来上がってきたので、さっそくその生地を使っているんです」
そう言ってにっこり笑うと、すぐまた作業に戻る。
最初、陛下がこの部屋に来たときは、恐縮して出て行こうとしたのに(それを陛下が「舞花のためのものであろう? 続けるがよい」って言って止めたの)、作業に没頭しすぎてそのことをすっかり忘れたようだ。その集中力、プロだなぁ。
感心するあたしに、テルミットさんも言った。
「かんざしなどの小物類も、もうすぐ出来上がります。ですので、お衣装のことは心配ございませんわ」
あたしはふと気付く。
歓迎会が三日前で、次の衣装がもうすぐ出来上がるということは……。
「もしかして、歓迎会のあともずっと頑張ってくれていたの?」
「「はい」」
テルミットさんとフォノンさんの声が重なる。
「花魁のときだって不眠不休で作ってくれたのに、みなさん大丈夫なの!?」
驚いて声を上げると、テルミットさんとフォノンさんはころころ笑いながら答えた。
「職人たちはみな、今まで作ったことのない小物を作れることが嬉しくて、張り切っているそうですわ」
「メーザーさんも、お針子仲間たちもそうです。舞花様に『休んで』なんて言われたら泣いてしまいますわ。舞花様の故郷のお衣装を作ることに、みんな夢中なんです」
そこまで言われてしまうと、あたしに言えることなんて一つしかないわ。
「あ、ありがとうございます……」
あたしは深々と頭を下げてお礼を言う。
話が途切れたところで、宰相サマがおもむろに言った。
「衣装の話がまとまったことであるし、交流会を開くことに異存はないな? 属国の王子王女たちも我が国の貴族たちも、執務室にまで押し掛けてきておまえに会わせろというから、政務に支障をきたしているのだ。交流会という形で全員とまとめて会えば、一人につき一言二言で話は済むだろう」
政務に支障って、みなさんどんだけ食い下がってるんだか。
なんでみなさんが『ソルバイト陛下の婚約者』に会いたいのか、理由がだいたいわかるから気が進まない。
みんな、あたしを介して陛下の気を引くつもりなんだろう。陛下の覚えめでたくなれば、宗主国との繋がりが強くなると考えてるのかもしれない。王女様だと『陛下の婚約者』のお友達になれれば、陛下と会う機会も増えて……という打算があるのかもしれない。「陛下の婚約者に会いたい」と押し掛けること自体も、陛下へのアピールになるしね。
あたしを利用しないで陛下に直接アタックしてよ──と投げ出してしまいたいところだけど、そういうわけにはいかないんだろうな。
この国にお世話になってるあたしとしては、政務に支障をきたしているのはおまえのせいだと言われてしまっては、その状況を改善しないわけにはいかない。他に妙案がないから、不本意だけど宰相サマの言うとおりにするしかないな。
でも、何人くらいになるんだろう。
あたしは恐る恐る訊ねた。
「……みんなってどのくらい?」
「先日の歓迎会の出席者くらいの人数だ」
すかさず返された言葉に、あたしはのけぞった。
「あんな大人数と一度に話すなんて無理!」
「では、数人ずつ招いて話をするか? 午前と午後の両方を使っても、十日はゆうにかかるであろうな」
宰相サマは小バカにしたような笑みを浮かべて、あたしを見下ろしてくる。
あたしは頭の中で計算した。
少人数で話すとなると、一人につき一言二言ではすまなくなるだろう。それを一日二回、十日以上繰り返すなんて、考えただけでもげんなりする。それに衣装の問題もある。同じ人を招くわけではないから、舞妓の衣装一つあればいいけど、大変な着付けを毎日してもらうのも申し訳ないし、髪形を作るのもすごく苦労かけるのよね(舞妓さんも毎日は結い直さず、髪型が崩れないように箱枕っていうやたらと高さのある枕を使って寝返りを打たないように訓練? するって聞いたことあるけど、あたしには無理!)。
だから一日で済ますほうがみんなへの負担を減らすことができるけど、広い会場に結構な人が集まってたような気が……二、三百人か、それ以上。
「丸一日かけても全員と話せるか、自信ないです……」
膝の上で両手を握り合わせて正直に言うと、陛下が性懲りもなくその上に手を重ねてきた。
誘惑するのはやめてと怒ろうとしたけど、陛下の顔を見てあたしは不本意ながらどきっとする。
「そのことなら余に任せておけ。最小限の時間で全員と話せるよう、段取りを組むことはわけないことだ」
下心のない力強い笑顔が妙にまぶしくて、あたしは軽食の時間が終わって陛下が執務に戻るまで、どきどきしっぱなしだった。
「交流会を開け」
は? 交流会?
あたしは目をしばたたかせた。
「何を藪から棒に」
「藪から棒とはなんのことだ?」
ただでさえ渋面だった宰相サマの顔が、さらに渋面になる。
ここにはそういう慣用句はないのか。
「藪から突然棒が突き出してきたように、いきなりすぎてびっくりするという意味です。──で、交流会の準備をすればいいんですか? 裏方仕事慣れてるんでかまわないですけど」
「ウラカタ? おまえは頻繁に奇妙な言葉遣いをするな。──仕事をしろと言っているわけではない。交流会の主催者となり、各国の王子王女や我が国の王族を招いてもてなせと言っているんだ」
「だから、なんであたしがやんごとない人々をもてなさなきゃならないんですか?」
「歓迎会のときに遅れて出席したかと思うと、一悶着起こしてすぐ退席してしまうからいけないのだ。あの奇抜な衣装に度肝を抜かれたこともあって、みな、おまえへの好奇心が膨らむ一方らしい。属国の王子王女たちだけでなく、我が国の貴族たちも、おまえを自分たちの集まりに招待したいと言ってきているのだ。おまえは、そういう集まりに出るのは嫌なのだろう?」
「うん」
あたしは即答する。
苦虫を噛み潰す宰相サマとは対照的に、フラックスさんが笑い出した。
「迷いがないね、舞花」
「だって、その人たちが会いたいのは『ソルバイト陛下の婚約者』でしょ? 便宜上陛下の婚約者を演じたけど、本当の婚約者になったつもりないですもん」
焼き菓子を取ろうと伸ばしたあたしの手が、横からかっさらわれる。見れば、陛下が唇を寄せようとしていたので、あたしは慌てて自分の手を奪い返した。
「何しようとしてたのよ? まったく、油断も隙もない」
陛下は悪びれた様子なく答えた。
「余の努力が足りないから、そういうことを言うのではないかと気付いてな」
言うがはやいか、あたしの肩を抱き寄せ、色っぽい笑みを浮かべた顔を近づけてくる。
あたしは色気も何もなく叫んだ。
「ぎゃー! 人前で何すんのよ!」
「人前でなければよいのか?」
「それもダメー!」
顔を近づけてくる陛下と、その顎に手をかけて押しやろうとするあたしとの攻防が繰り広げられる。
それに終止符を打ったのは、宰相サマだった。
「陛下、娘の教育によろしくないので、やめていただきたい」
「それはすまなかった」
陛下が離れていったので、あたしはぐったり脱力する。力の差もあるけど、他のみなさんのなま暖かい微笑みも精神的にクルわ。
他のみなさんというのは、フラックスさんとテルミットさん、それとロットさんね。
フォージは顔を真っ赤にしてうつむいている。ごめんね、フォージ。
この部屋には、あと一人いる。角の書き物机で、猛烈な勢いでペンを走らせている女の子だ。
彼女は絵の上手いお針子さんで、歓迎会の衣装の相談をしたその日から、毎日フォージのところに通い詰めている。あたしの記憶を全部書き出したいのだそうだ。
花魁衣装を再現するには、花魁道中の記憶だけでは無理だった。そりゃそうよね。打ち掛けや掛け下、帯といった一つ一つは単純構造だけど、着付けが複雑。完成品(?)を見ただけじゃ、あたしでもちんぷんかんぷんだもん。
そこで役に立ったのが、テーマパークで売られていた花魁のパンフレットだ。
花魁道中にすっかり魅了されたあたしは、お小遣いをはたいて分厚いパンフレットを買った。当時、何度も隅々まで読んだな。……今は実家の押入に眠ってると思うけど。
そこにはフォージには教えたくない色街事情なんかも書いてあったけど、花魁衣装の各パーツの写真や着付けの仕方も載っていた。
あたしはおぼろげにしか思い出せないその記憶を、フォージが鮮明に投影してくれて、それで花魁衣装の再現が実現したの。
あたしのその記憶は、今はフォージの中に鮮明に残っている。それをいつでも誰でも見られるようにしたいという話になって、絵の上手い彼女が紙に描き出す担当になったというわけだ。
そのお針子さん──フォノンというのだけど──ずっとこちらの話に反応しなかったんだけど、不意にこちらを見て言った。
「お衣装のことなら心配なさらなくて大丈夫ですよ。メーザーさん(デザイナーさんの名前)が、新しいお衣装はもうすぐできると言ってました。まいこというお衣装ですし、おいらんのときほど重いお衣装にはならないそうです。染め物が出来上がってきたので、さっそくその生地を使っているんです」
そう言ってにっこり笑うと、すぐまた作業に戻る。
最初、陛下がこの部屋に来たときは、恐縮して出て行こうとしたのに(それを陛下が「舞花のためのものであろう? 続けるがよい」って言って止めたの)、作業に没頭しすぎてそのことをすっかり忘れたようだ。その集中力、プロだなぁ。
感心するあたしに、テルミットさんも言った。
「かんざしなどの小物類も、もうすぐ出来上がります。ですので、お衣装のことは心配ございませんわ」
あたしはふと気付く。
歓迎会が三日前で、次の衣装がもうすぐ出来上がるということは……。
「もしかして、歓迎会のあともずっと頑張ってくれていたの?」
「「はい」」
テルミットさんとフォノンさんの声が重なる。
「花魁のときだって不眠不休で作ってくれたのに、みなさん大丈夫なの!?」
驚いて声を上げると、テルミットさんとフォノンさんはころころ笑いながら答えた。
「職人たちはみな、今まで作ったことのない小物を作れることが嬉しくて、張り切っているそうですわ」
「メーザーさんも、お針子仲間たちもそうです。舞花様に『休んで』なんて言われたら泣いてしまいますわ。舞花様の故郷のお衣装を作ることに、みんな夢中なんです」
そこまで言われてしまうと、あたしに言えることなんて一つしかないわ。
「あ、ありがとうございます……」
あたしは深々と頭を下げてお礼を言う。
話が途切れたところで、宰相サマがおもむろに言った。
「衣装の話がまとまったことであるし、交流会を開くことに異存はないな? 属国の王子王女たちも我が国の貴族たちも、執務室にまで押し掛けてきておまえに会わせろというから、政務に支障をきたしているのだ。交流会という形で全員とまとめて会えば、一人につき一言二言で話は済むだろう」
政務に支障って、みなさんどんだけ食い下がってるんだか。
なんでみなさんが『ソルバイト陛下の婚約者』に会いたいのか、理由がだいたいわかるから気が進まない。
みんな、あたしを介して陛下の気を引くつもりなんだろう。陛下の覚えめでたくなれば、宗主国との繋がりが強くなると考えてるのかもしれない。王女様だと『陛下の婚約者』のお友達になれれば、陛下と会う機会も増えて……という打算があるのかもしれない。「陛下の婚約者に会いたい」と押し掛けること自体も、陛下へのアピールになるしね。
あたしを利用しないで陛下に直接アタックしてよ──と投げ出してしまいたいところだけど、そういうわけにはいかないんだろうな。
この国にお世話になってるあたしとしては、政務に支障をきたしているのはおまえのせいだと言われてしまっては、その状況を改善しないわけにはいかない。他に妙案がないから、不本意だけど宰相サマの言うとおりにするしかないな。
でも、何人くらいになるんだろう。
あたしは恐る恐る訊ねた。
「……みんなってどのくらい?」
「先日の歓迎会の出席者くらいの人数だ」
すかさず返された言葉に、あたしはのけぞった。
「あんな大人数と一度に話すなんて無理!」
「では、数人ずつ招いて話をするか? 午前と午後の両方を使っても、十日はゆうにかかるであろうな」
宰相サマは小バカにしたような笑みを浮かべて、あたしを見下ろしてくる。
あたしは頭の中で計算した。
少人数で話すとなると、一人につき一言二言ではすまなくなるだろう。それを一日二回、十日以上繰り返すなんて、考えただけでもげんなりする。それに衣装の問題もある。同じ人を招くわけではないから、舞妓の衣装一つあればいいけど、大変な着付けを毎日してもらうのも申し訳ないし、髪形を作るのもすごく苦労かけるのよね(舞妓さんも毎日は結い直さず、髪型が崩れないように箱枕っていうやたらと高さのある枕を使って寝返りを打たないように訓練? するって聞いたことあるけど、あたしには無理!)。
だから一日で済ますほうがみんなへの負担を減らすことができるけど、広い会場に結構な人が集まってたような気が……二、三百人か、それ以上。
「丸一日かけても全員と話せるか、自信ないです……」
膝の上で両手を握り合わせて正直に言うと、陛下が性懲りもなくその上に手を重ねてきた。
誘惑するのはやめてと怒ろうとしたけど、陛下の顔を見てあたしは不本意ながらどきっとする。
「そのことなら余に任せておけ。最小限の時間で全員と話せるよう、段取りを組むことはわけないことだ」
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