国王陛下の大迷惑な求婚

市尾彩佳

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第三章 ディオファーン王侯貴族の複雑な事情

22、フォージの思い、フラックスさんの思い

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 あたしが絶句したところで、話はすんだとばかりに、モリブデンサマはあたしを執務室から追い出した。
 追い出されてほっとしていた。だって、あれ以上話を続けてられなかったから。

 モリブデンサマに言われた通り、言い争いをしてしまった。
 フォージがお城に滞在することになったいきさつがあるから、モリブデンサマには予想できちゃったんだろうな。あたしが黙っていられなくて、何か余計なことをしでかすだろうって。釘を刺されていなかったら、義憤にかられて陛下に実の弟がいることを公言しちゃってたかも。その結果何が起きるか考えもせず。
 そもそも、あたしはモリブデンサマに食ってかかるべきじゃなかった。部外者でこの国に関わるつもりのないあたしには、口出しする権利なんてあるわけないから。



 部屋に戻ると、フォージはソファから立ち上がって駆け寄ってきた。
 見上げてくる顔に不安を見て取って、あたしはしゃがんで目線の高さを近付けた。

「ただいま。お話終わってきたよ。ちょっと言い争っちゃったけど大丈夫。フォージのお父さんが言ってること、理解できたから」

 理解はできたけど納得はいってない。矛盾してる感じはするけど、そういうときもあるよね?
 こんな説明じゃ安心できないかなと思っていたら、フォージは不安そうに目をそらす。
 ん? モリブデンサマとあたしだけで話をしたのが心配だったというのではなさそう。何だか後ろめたそうにしているような……。

 そのとき、ふと気が付いた。

「そういえば、フォージはラジアル君のことを前から知ってた?」

 びくっと身体を震わす。原因はそれか。
 あのときフォージがラジアル君の名前を呼んだから、そうなんじゃないかなって今気付いた。でもこの様子だと、知ってるだけではないっぽい。フォージの能力があれば、二人が出会うことも可能だもんね。

 勝手に会っていたことを叱られると思ってるのかな? だとしたら、叱らないってちゃんと伝えてあげないと。少なくとも、あたしはフォージがラジアル君に会いにいくことをダメとは思ってない。要はラジアル君の存在が公にならなければいいんでしょ?

 あたしはできるだけ優しく言った。

「フォージが何を心配してるのか、それがわからなくて心配なの。怒るつもりはないし、内緒にしておいてほしかったら誰にも言わない。だから、教えてもらってもいい?」

 フォージはたどたどしく話し始めた。何故か泣きそうになりながら。
 話があちこち飛んでしまったので要約すると、フォージは自分の意識を遠くに飛ばせるようになってすぐ、ラジアル君の存在に気付いた。寂しそうな彼が気になって、何度も様子を見に行っていたのだという。そのうち見ているだけではいられなくなって、会って話をするようになった。その話の中で、ラジアル君が言ったのだそうだ。「兄上の婚約者に会ってみたい」と。熱心に頼んでくるラジアル君に、フォージは根負けして承諾した。決して姿を見せないことを条件に。

「だから、舞花が危ない目にあったのはわたしのせいなの。ごめんなさい……」

 それで罪の意識にさいなまれて、後ろめたそうにしてたのか。それは申し訳ないことをしたわ。

「フォージは悪くないわ。悪いのはあたし。ラジアル君の大好きな兄上のことをバカにしちゃったんだもん。ラジアル君が聞いてるとは思ってもみなかったっていっても言い訳にはならないわ。フォージのお手本としてもよくなかったわね。ごめんなさい」

 フォージはふるふると首を振る。あたしのことも悪くないと言いたげに。フォージ自身のためにも口に出して言ってもらいたかったけど、今日はよくしゃべってくれたほうだからまあいいか。
 あたしはフォージの頭をなでながら微笑んだ。

「ありがとう。でも、これからはひとの悪口を言わないように気を付けるね」

「舞花は偉いな」

 ここにいないはずの人の声が聞こえてきたので、あたしはとっさに周囲を見回す。すると窓の外にフラックスさんが浮いているのが見えて、驚いてのけぞった。

「うおっ!」

 だからここ三階なんだってば! 人間がふよふよ浮いてる姿は見慣れないから、心臓に悪い。

「開けて~」

 あたしは駆け寄って窓を開ける。フラックスさんは宙を飛んで入ってきて、床にすとんと下りた。

「びっくりするから、窓の外から来るのやめてください」

「うーん。手軽だし、廊下から訪問するより人目につかなくて都合がいいんだよね」

「フラックスさんが飛んでるのはいつものことだから、誰も気に留めないってことですか?」

「いや、僕って白っぽいから、お城の壁伝いに飛べば目立たないんだよ」

「なるほど」

 アホな会話をしながらフォージのいるところへ戻る。
 フラックスさんは、動揺してるフォージの前でしゃがんだ。

「君の秘密は誰にも話さないから安心して」

 あたしはすかさず訊いた。

「フラックスさん、いつから盗み聞きしてたんですか?」

「人聞きが悪いなぁ。立ち聞き、いや、浮かび聞きって言ってよ」

「その辺は重要じゃないんで。で?」

「舞花がフォージから話を訊き出そうとしてる辺りからな」

「そんなに前からですか」

 フォージが気付かなかったなんてびっくり。窓に目を向けてなかったというのもあるけど、話をするのによほど集中していたに違いない。
 あたしもしゃがんで、安心させるようにフォージの頭をなでた。

「それで、フラックスさんは何のご用で?」

「舞花のことだから納得できてないんじゃないかなと思って、補足説明にね。その前に、ソファに座り直さない?」

 しゃがんでるよりそのほうが居心地いい。あたしはすぐさま同意して、フォージと一緒にソファへ移動した。
 移動の最中、あたしは訊ねてみる。

「フラックスさんはさっきの男の子のこと、どのくらい知ってるんですか?」

「だいたいのことは。彼、割と派手にやらかしてるから存在を隠し切れなくてね。顔も陛下にそっくりだから、前王の王子夫妻は本当に亡くなったのかって噂がささやかれてるよ。陛下やモリブデン様が否定してるから公にはならないけど。いわゆる公然の秘密ってやつだね」

 つまり、陛下とモリブデンサマが否定することでかろうじて秘密を守れてるって状況なわけだ。日本の政治家がそれをやったらやり玉に挙げられるところだけど、ここディオファーンは専制君主の国、国王と宰相が口を揃えれば、それを糾弾する人はいないってわけだ。

 それにしても。ラジアル君、陛下と顔がそっくりなんだ。いろいろびっくりでそこまで認識できてなかった。
 ソファに座ると、フラックスさんはさっそく話を切り出した。

「舞花は〝変わり者〟という言葉がどういう意味かわかってないよね?」

 さっきのお茶会で、フラックスさんがちょっと含みのある言い方をしてたのを思い出す。

「普通の意味の他に、何か特別な意味があるんですか?」

「うん。【救世の力】には一般的な能力と呼ばれるものが数種類あって、それ以外の特殊な能力を持つ血族のことを〝変わり者〟というんだ。僕の飛行能力も、〝変わり者〟の一種さ」

 フラックスさんは口にしなかったけれど、フォージの心を読む能力も〝変わり者〟なんだろう。フォージが敬遠されてきたのには、〝変わり者〟というレッテルも関係してそうだ。
 そんなことをつらつら考えていたら、フラックスさんは思ってもみなかったことを口にした。

「〝変わり者〟のことを、たいていの血族は忌み嫌う。〝変わり者〟の能力が自分たちの血統に発現すれば恥じたり隠そうとしたりするし、自分たちの血統に〝変わり者〟の血を加えたくないから、結婚相手にはまず選ばない。選んだとしても、家族や近親者から大反対されるんだ」

 だからフラックスさんは結婚相手を探す人たちに囲まれないのか。

「でも、どうして〝変わり者〟と言われる人たちが忌み嫌われるんです? 【救世の力】で国を守ってるんだから、どんな能力であっても強ければ強いほど国のためになりそうなものなのに」

 フラックスさんは首をすくめて投げやりな感じに言った。

「〝変わり者〟の能力は忌むべきもので、その能力を後世に引き継いではならない。──そういう価値観の中で生まれ育ったから、そういう価値観しか持てないってところだね。──大人になってようやく開き直ることができるようになったけど、子どものころはずっと納得できずにいたよ。どうして僕は家族からも嫌われるのか。飛ぶ能力のせいで嫌われるのだから、何故僕がその能力を持って生まれてきたのか知りたかった。かなり小さい頃から、僕は【救世の力】についていろいろ調べて回っていたよ。今から思えばバカな話だけれど、飛ぶ能力なくすためにはどうしたらいいか調べていた時期もあった。一度〝変わり者〟のレッテルを貼られてしまったからには能力が消えたところで意味がないって気付いてからは、ムダな努力はやめて能力を有効活用してるけどね」

 陛下に三階から突き落とされても死なないし、三階にあるひとの部屋に窓から簡単に訪問できるしね。
 あっけらかんとして言うフラックスさんに、心の中で突っ込みを入れる。

「でも、陛下が新しく獲得した能力って〝一般的な能力〟じゃないのもありませんか? フラックスさんが『珍しい』って騒いでた能力もありましたよね? そういう価値観がはびこってるのに国王陛下が〝変わり者〟の能力を発現させたりしたらマズいんじゃありません?」

「うん。でも陛下が仲間になってくれたら、〝変わり者〟の僕としては心強いなぁって思って。特にソルバイト陛下は歴代の中でもかなり強い【救世の力】を持ってるから、血族の価値観がひっくり返らないかなって期待もしたんだよね。──けど、価値観がひっくり返らなかったどころか、陛下によくない噂が流れてる」

「それはつまり……」

「〝変わり者〟の陛下は国王にふさわしくないんじゃないかってね。そんな状況の中でさっきの少年が公になったら、陛下の立場が非常にマズいことになるんだ。僕の見立てでは陛下の【救世の力】のほうが上だけれど、雷の能力は派手な分強力に見えるからね。専門家である僕が何を言っても、少年のほうが【救世の力】は上だって信じ込もうとする血族は少なくないと思う。本音を言えばこの国の行く末なんてどうでもいいけど、〝変わり者〟を寛容に受け入れてくれるソルバイト陛下には恩義を感じてる。新しい能力発現のための実験にも付き合ってくれて、そのせいで陛下が窮地に追い込まれるかもしれないと知ったからには、どんなことをしてでもそれを阻止したいって思う僕の気持ち、わかってくれるよね?」

 わーにこにこしながら脅しかけてきてるよ、フラックスさん。
 あたしは内心冷や汗かきながら、こくこくとうなずいた。
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