国王陛下の大迷惑な求婚

市尾彩佳

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第三章 ディオファーン王侯貴族の複雑な事情

23、まずは雷小僧を懐柔しようと思います

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※冒頭部分はいただいた感想をもとに書きました。感想をくださった方、ありがとうございます。※

 フラックスさんの脅しに内心冷や汗をかきながらも、あたしは数ヶ月前のことを思い出していた。
 フラックスさんやテルミットさんたちに謀られて死ぬかと思うような目に遭った日の翌日、陛下は「二度目はない」と言っただけでみんなを罰したりしなかった。
 考えてみればおかしな話だ。あたしに対してはともかく、一国の王にクスリを盛ったら普通何らかの処罰があるんじゃない? いくらこの国の実権を握ってると言って過言じゃないモリブデンサマが加担してたってさ。
 でも、陛下は寛大に許した。それは何故なのか。多分だけど、陛下はみんなが裏切らないって信じてるんじゃないかな。短い付き合いでしかないあたしでも、みんなの間にある信頼関係を感じ取れている。
 フラックスさんの話を聞いて、その信頼関係の根底にあるものが垣間見えたって感じ。それを思うと、何故だか笑いが込み上げてくる。

 フラックスさんが不思議そうに訊ねてきた。

「どうしたの? 舞花」

「フラックスさんって、陛下のことがすごく好きなんだなぁって思って」

「大好きだよ。だから陛下の恋が成就するよう協力したんじゃないか」

「へ? 賭けって言ってませんでした?」

「そういうことにはしておいたけど。一番の目的は、モリブデン様とヘマータに踏ん切りをつけてもらうことだったからね。二人とも、陛下が絶対に舞花をあきらめないってわかってて、それでも国のことを考えたら認めるわけにはいかないって思って板挟みになってたんだ。舞花が大好きでしかたない陛下が媚薬ごときに屈するわけがないとは思ってたけど、舞花を助けるために瞬間移動の力にも目覚めたのは嬉しい誤算だったよ。……まあ、そのせいでうるさ型の血族たちが国王にふさわしくないって言い始めたんだけど」

「フラックスさん。陛下のことが大好きなら、陛下が困るようなことしないでくださいよ」

「陛下が次々新しい能力に目覚めるから、つい調子に乗っちゃってね。あはは。でももうしないよ。──さて、と。陛下にやきもち焼かれないうちに退散するよ」

 ソファから立ったフラックスさんは、すたすたと窓に近付く。

「フラックスさん! 窓からの出入りは」

 あたしが言い終わらないうちに、フラックスさんは「じゃあね」と言って窓から飛び下りる。

「……フォージの教育上よくないからやめてって言いたかったのに。フォージ、空を飛べるようになってもフラックスさんみたいに窓から出入りしないでね」

 フラックスさんの行状を嘆きながら頼むと、フォージは慰めてくれるかのようにこくこくとうなずいた。



 フラックスさんが帰ったあと、あたしはフォージに頼んでラジアル君のところへ瞬間移動してもらった。ラジアル君が一人になったところを見計らってもらってね。
 座り込んで芝生をブチブチちぎっていたラジアル君は、瞬間移動の風に気付いてためらいがちに振り返った。

「あ、あのさ、フォージ──うお!」

 フォージの隣にあたしがいるのに気付いて、大げさに驚いてくれる。
 あたしはにっこり笑って挨拶した。

「改めましてこんにちは。あたしは成宮舞花。さっきは残念な出会いになっちゃったけど、気を取り直してよろしくね」

 精一杯友好的な態度を取ったつもりだったけど、ラジアル君はあたしを指差してフォージに言った。

「何でこのばばあを連れてきたんだよ!?」

「誰がばばあだって!?」

 これが、あたしとラジアル君の関係を決定付けた瞬間だった。



 それからというもの、あたしはフォージと一緒に連日ラジアル君を訪ねた。
 陛下の悪口を言ったことを謝りたいんだけど、なかなか謝れずにいるの。ラジアル君、喧嘩腰であたしに食ってかかってくるんだもん。なので、現在懐柔策を練ってるところ。

「雷小僧出ておいで~」

「小僧じゃねえ!」

 高い木の繁った葉の合間から、ラジアル君が飛び降りる。

「あ、いたいた。こんにちは! 今日はクッキー持ってきたよ」

 あたしは手にしてるバスケットをかかげてみせる。でもラジアル君は嫌そうに顔をしかめた。

「誰がおまえの持ってきた食べ物なんか!」

「あら残念。フォージが初めて作ったクッキーなのに」

 ラジアル君はぎょっとしてフォージを見る。
 あたしはそしらぬフリしてフォージに話しかけた。

「せっかくラジアル君のために作ったのに、がっかりだよね?」

 ちらっと見れば、ラジアル君は悔しそうにしてる。さっきの暴言を吐いたあとでは、食べたいと言い出しにくいんだろう。
 あたしはほくそ笑みながら、戸惑ってるフォージに目配せする。フォージは、あたしが事前に教えた通りラジアル君に言った。

「ラジアル様に食べていただけたら、とてもうれしいです……」

 ラジアル君は落ちつかなげに視線をさまよわせながら答えた。

「フォ、フォージがそう言うなら食べないことないけどさ」

 予想通りの反応に、あたしはぷっと噴き出してしまう。慌てて口を押さえたあたしを、ラジアル君はぎろりとにらみつけてきた。

「何だよ!?」

 あたしは笑いを飲み込み、ラジアル君の頬が赤いのを見なかったフリして答えた。

「じゃあ軽食を広げましょうか? これ持って」

「何でオレが!?」

「雷小僧が持ってくれないとフォージに持たせることになるんだけど、あんた、か弱い女の子に荷物持たせたいの?」

「だからオレは小僧じゃねえ!」

 そう怒鳴りながらも、ラジアル君はあたしからバスケットを受け取る。あたしは持ってきた袋の中から厚手の布を出して広げた。ピクニックシートはこの世界にないから、その代用品としてね。

「あたしだってばばあじゃないわよ。まだ二十四歳なんだから」

「十分ばばあじゃねえか!」

「雷小僧、バスケットここに置いて」

「だから小僧じゃねえって言ってんだろ!」

 怒鳴りながら、ラジアル君はバスケットを布の上にどすんと下ろす。

 箱入り王子様ではありえないほどの口汚さ。上品な人たちしかいないであろう限られた場所で身に付くものじゃない。これはお城の外にまで足を運んでるな。しかも頻繁に。とはいえ、ラジアル君のことについてあたしは口出しできる立場にないけど。こうして会いに来てることだって内緒にしてるしね。要は彼の存在が公になるきっかけを作らなければいいのよね? だからこっそり会いに来るだけなら大丈夫じゃないかな、と。

「フォージもラジアル君も、靴を脱いで上がって」

 布の上に座ったあたしは、クッキーをお皿に並べてみんなの前に置く。それから瓶に入れてきた果実水をコップに注いでフォージに渡した。

「ラジアル君に回してね」

 あたしからは受け取らなくても、フォージからなら受け取るだろう。隣に座ったフォージは、果実水の入ったコップをラジアル君に差し出した。
 が、あたしたちの対面にあぐらをかいたラジアル君は差し出されたコップに気付かず、奇妙な顔をしてクッキーを見下ろしていた。
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