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第10章 英雄王の末裔達

第63話

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「分かりました。条件付きで構わなければお相手致しましょう 」

 背後に控えていたレイナルドが、王子達二人に条件付きで、と注釈を付けた上で勝負の了解を告げる。

 いやいや、なぜにレイナルドがOK出すのよ?慌てて振り返ると、案の定微笑んでいる。…いや、いつもより僅かだが口角が上がっているし、ほんの僅かだが魔力波動が乱れている所を見ると、怒っているのか?

「いや、レイの叔父貴よ、”条件付きで”っつってもよお、ヒロト相手だとコイツ等じゃあ、例え二人掛かりでも無理だろう?」
「はい、魔法、剣技共に先ず以って相手にもならないでしょう。ですが、この先の事を考えて、”見た目に惑わされて、初見で力量を計れない”のは致命的です。ここいらでのも必要かと 」
「ああ、なるほど、そうですわね?親としては情け無い限りですが、侮っている相手に叩きのめされた方が、この子等も世の中の広さを感じる事が出来るでしょう 」

 国王の疑問に答えたレイナルドの言葉に、納得し賛同の意を示すレイラ王妃。確かに一定以上の使い手同士の戦いになってくれば、相対した相手の実力を計れないというのは致命的だろう。

「何だよ、皆んなしてよォ!俺等が負ける話ばっかりじゃねーか!見てろ!直ぐにこいつの化けの皮を剥がしてギタギタにしてやンぜ!! 」

 レイナルドと国王夫妻の話を聞いて、一層息を巻く金髪の王子。そんな王子の様子をまるで”物分かりの悪い生徒”を見るような困った目で見て、溜め息混じりにレイナルドが口を開く。

「やれやれ、此の期に及んでまだ分かりませんか…。仕方ありませんね、ソニア、ゴウナム!あなた方がこの未熟者達の相手をなさい 」

「……はぁっ!? アタイ、いや私達がですか!?」
「俺等が王子様の相手!? んなバカな!? 」

 急に話を振られ、素っ頓狂な声を上げるソニアとゴウナム。いや、てっきり自分が相手をしなきゃならないと思ってたから俺も少しだけ驚いたが、まあ、今のソニア達の実力なら順当だろう。格下だと舐めている相手に敗北する事を学ばせるならば、意外といい考えかもしれない。
 
 しかし、納得がいかないのは王子達の方だった。

「ちょっと待てよ、レイ叔父さん!何でそいつ等と戦わなきゃならねぇんだ!? だいたいそいつ等は何なんだよ!? 」
「彼女達はヒロト様がリーダーを務める〈ランクB〉パーティ【蒼い疾風ブルーソニック】です。彼女達自体は先日〈ランクE〉から飛び級で〈ランクC〉に昇格したばかりですが、なに、の相手は彼女達で充分でしょう。彼女達に勝つ事が出来るなら、その時はヒロト様に挑戦させてあげましょう。これが”条件”です。如何なさいますか?」

 うわぁ……、一見、丁寧に話している様にみえて、その実煽りまくっている内容に、先程の羞恥とは違う怒りの為に王子達二人の表情が真っ赤になって行く。

「上等だよ!そいつらに先に相手をさせて、俺達を疲れさせようって魂胆だろうが、そうはいかねぇ!! 昨日今日〈ランクC〉に昇格した奴等なんか相手にもならねぇってところを見せてやる!」
「なるほど……、相手として物足りないと?では、こうしましょう。彼女達四人と、あなた方二人の変則マッチでは如何ですか?」
「はン!いいぜ、丁度いい具合のハンデだろう。ザイン兄貴もそれでいいか?」
「ああ、構わねえよ。悪いがレイ叔父さん、あんまり俺達を舐めてもらっちゃ困るぜ?」
「さて……、のはどちらでしょうね?」

 レイナルドの挑発に、あっさりと引っかかる王子達。今やソニア達四人は連携による攻撃というものを完全に理解し、〈ランクB〉程度の魔獣なら余裕で狩れる。それなのに二対四で勝負とか、自分達が更にハードルを上げてしまった事にまったく気付いていない。

「まったくバカ息子共が、あっさり乗せられやがって…… 」
「仕方ありません、一度こっ酷く痛い思いをすれば自ずと分かるでしょう 」

 そうしてトントン拍子に王子達二人とソニア達【蒼い疾風】の対戦カードが決定するが、そう簡単にいかないのは【蒼い疾風】の面々も同じだった。

「ちょ…っ!? 待って下さい、レイナルド様!」
「ボク達に王子様達の相手なんて無理です! 無理無理無理無理っ!? 」
「心配しなくて大丈夫です。ヒロト様の訓練を信じなさい。それに、これはもう決定です。全力を尽くしなさい 」

 ソニアとゴウナムだけでなく、いつの間にやら自分達まで戦う事になってしまったアーニャとマーニャが慌ててレイナルドに懇願するが、それをニッコリと笑ってサクッと却下するレイナルド。

「さて、それでは陛下、そろそろ”宮殿近衛騎士団テンプルナイツ”の修練場の方に参りましょう。あそこでならばフィールドに掛けてある防護魔術で、直接的な命の危険はまず無いでしょうから 」
「そうだな、修練場ならば肉体が受けたダメージを、体力や魔力の消費へと変換する魔術式が掛けてあるからな。一瞬でそれらを上回る程の攻撃でなければ、死ぬことはねぇだろ 」

 こうして俺達は、急遽決定してしまった王子様達のの為に、城内にあるという近衛騎士団の訓練場へと向かったのだった…。




「バカな……っ!? こんな事が……っ!? 」
「ウソだろ………… 」

 修練場の中央付近の地面の上で、ずぶ濡れの状態のまま項垂れ、立ち上がる事も出来ずに呆然としている二人の王子達。

 周りを取り囲み観戦していた近衛騎士団の騎士達も、ざわざわと騒めき動揺を隠せない様子だ。

 王子達からの要求に条件付きで応え、対戦の為にやって来た修練場は、陸上競技場のように広く、なんと言うかここもコロシアムのような造りになっていた。
 既に近衛騎士団が訓練を開始していたのだが、国王夫妻の姿を見つけた騎士団長がすぐさま飛んで来て、ジオン国王自らが事情を説明、連携の勉強になるからとのレイナルドの言葉により、急遽騎士団も観戦の下での対戦となった。

 息を巻いている王子達に対して、騎士団までがギャラリーに加わった事で、ただでさえが半端ではなかったソニア達四人は余計に緊張が増してガチガチになってしまっていたのだが、そんな四人対してレイナルドはニッコリと微笑み更に過酷な課題を突き付けた。

「四対二の対戦なのです。あなた方に有利なのですから、ケリを付けなさい 」

 この無茶振りに悲鳴を上げるソニア達を視線だけで黙らせると、王子達やソニア達を修練場中央へと連れて行き、レイナルド自らが立会いとなって勝負が開始されたのだが……、結果から言えば三十秒ものである。

 だけじゃ分からない? じゃあ、メモリーから再生しようか、アイ、頼むな。

『イエス、マイマスター、それでは録画を再生します 』

***************

「…どうする姉貴、三十秒ってかなり厳しいぞ!? 」
「仕方ないだろ?じゃあゴウナム、お前がレイナルド様にそう言うかい? 」
「…………無理だな… 」

 レイナルドから出された”三十秒でケリを付ける”という課題。元々の身体能力の高さに加え、ここ数週間ヒロトにシゴかれまくった甲斐もあり、今なら〈ランクA〉下位の魔獣ならば狩れる実力にまで到達しているソニア達【蒼い疾風】。
 王子達の実力は”何となく”だが感じ取る事が出来るし、自分達でもある程度連携の力量が上がっている実感もある為、と思っている。だが、三十秒となると確実とは言えない為にどうにも不安でしょうがないのだ。

「でも、本当にどうするの、ソニア姉?」
「そうなんだよねぇ…… 」
「ソニア姉さん、私に考えがあるの。皆んな私の指示に従ってくれる?」

 考え込む一同に、自分の立てた作戦を提案しるアーニャ。ここ暫くはヒロトの指示もあり、後衛で援護と補助を行う彼女が唯一戦場を見渡せることもあり、司令塔の役割を果たしている為、異論無く全員が頷いてみせる。

「ありがとう、じゃあまずは…… 」

 短時間で作戦とフォーメーションを組み立て、確認をしているところで、レイナルドから声がかかる。

「お互いに準備は整いましたか?それでは、「ザイン、ゼルド両王子」対「【蒼い疾風】」の模擬戦を開始します。双方、持てる力を出し切って全力で戦うこと。では……始めっ!! 」

「おらあぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!! 」

 レイナルドの開始の合図と共に、弾かれた矢の如く猛然と飛び出したゼルド。逆に数歩下がり呪文の詠唱へと入るザイン。
 ゼルドが突撃し、ソニア達を撹乱したところに一気に大火力の魔法を撃ち込む作戦を取る王子チーム。

 セオリーに則った作戦だったが、残念ながら相手はセオリー通りには動いてくれなかった。

 ーーキュォン!キュォン!ーー

 突撃をかけたゼルド、詠唱へと入ったザインの目の前へと、突如凄まじい勢いで矢が飛んで来たのだ。

「しゃらくせえぇぇっ!」
「甘いっ! 」

 だが、そんな事はお見通し、とばかりに余裕を持って回避するザインに、手にした斬馬刀の如き大太刀で矢を払い落とすゼルド。だが……!?

ーー パシャァァァァァンッ!ーー

 ゼルドの大太刀が矢に触れた途端、矢の周りに張ってあった氷が粉々に砕け、白い破片を撒き散らす。当然、氷の破片はゼルドの顔面を襲い、細かな破片が目に飛び込み視界を奪う。

 目を襲った刺すような痛みに、僅かに怯んだ刹那、裂帛の気合いと共にソニアが飛び込んで来る。

「ィィィやあああああぁぁぁっ!! 」

 拳に全体重と速度を乗せた全力の一撃を、何とか大太刀の腹で受け辛うじて防御に成功するゼルドだったが、大きく体勢を崩してしまう。

「…ンの野郎っ!! 」

 何とか踏み止まり体勢を立て直すと、反撃に出ようとするゼルド。しかしその死角から、今度はマーニャの短剣が襲い掛かる。
 
「ぐが…っ!? 」

 刀を握る右手の反対側、左後方からゼルドの脇腹へと突き立てられるマーニャの短剣。いくら修練場にかけられた防護魔法によって、体力や魔力の消耗へとダメージが変換されて実際の怪我を負う事はない、といっても、受けたは本物だ。
 
 この痛みまでを無くしてしまっては逆に真剣味が薄れて訓練にならない為、ダメージは変換しても受けた攻撃の痛みだけは敢えて残してあるのだ。

 意識外の方向からのマーニャの攻撃に、全く予想出来ていなかったゼルドは本来であれば致命傷になるであろう一撃を喰らってしまう。その焼けるような痛みに意識を持っていかれ、一瞬ではあるが、目前のソニアから完全に意識を外してしまう。
 
 たった一瞬。だが、戦闘に於いては生と死を分ける刹那の間。

「ィィィィィ破あぁっ!! 」

 観戦している騎士団からどよめきの声が上がる。ソニア渾身の右ストレートがゼルドの左顔面を打ち抜き、この時点で脳を揺らされたゼルドの意識を刈り取る。しかし、ソニアの攻撃はそこで終わらない。振り抜いた勢いのまま体を反転させ、回し蹴りの要領で蹴り出された左脚が、巨大なバリスタの矢の如くゼルドの胸を直撃する。

ーーメキメキメキ!ミシッ!!ーー

 肋骨が軋みを上げ、ダンプカーに撥ねられたかのように吹っ飛んでいくゼルド。
 まるで投げ出された人形のように出鱈目な方向に手足を振り乱しながら、何度も地面にバウンドして、二十メートルほど離れた位置でやっと停止したのだが、その場に倒れ伏したままピクリとも動かないゼルド。
 油断なく残心の構えを取るソニアだったが、彼が再び起き上がってくる事は一切無かった……。

 一方、飛来した矢を迎撃ではなく、回避を選んだザインだったが、余裕ぶって紙一重で矢を避けた事が却って仇となった。

 ーーパアァァァァァン!!ーー

 避けた、と思った瞬間に、先程と同じ様にアーニャが仕掛けた”作略”によって、顔の直ぐ真横で矢が爆ぜ破れ、ゼルドより更に至近距離で氷の破片を喰らってしまう。

「ぐ、お……っ!? 」

 その為、ゼルドに先行させて紡いだ呪文の詠唱も、集中が乱れて中断させられてしまった。しかも……!?

「ぉ、お、おおオォォォォォォっ!! 」

 呪文を中断させられ、更には体勢までも崩されてしまったところに、大剣を振りかざしたゴウナムが雄叫びと共に迫り来る。

 ーーガギャァンッ!ーー

 咄嗟に腰に履いた刀を抜き放ち、危ういところで受け、勢いを逸らすザイン。大剣を受け流され、体側を晒したゴウナムに返す刀で反撃を試みるが、背中に衝撃を受け体が流れてしまう。
 受けた衝撃はアーニャの放った矢による物、先程と同じ様に貫く事よりも、弾けて衝撃を与える事に主眼を置いた魔法を付与した矢だ。

 反撃のチャンスを潰され、舌打ちと共に一瞬だけ忌々しげに矢の飛んで来た方向に視線を向けるが、そこにはもうアーニャの姿は無い。

「ぅおりゃあぁぁぁぁっ!! 」

「ナメるなっ!」

 ザインの意識が一瞬自分より外れたのを見てか、今度は横薙ぎに大剣を振るわんとするゴウナムだったが、これにはザインも気付いていた。さっきの焼き直しとばかりに一度受け流し、返す刀でトドメを刺さんと刀を合わせようとした瞬間、倒れるように身を低くしたゴウナムの背後からまたもや飛来する矢の一撃。

「……くぉっ!? 」

 しかし、ザインもさすがは「英雄王の末」として幼少よりキサラギ一刀流を学び、鍛え続けて来ただけはあった。不意は突かれたものの、間一髪、身を捻って矢を躱すと、ゴウナムを弾き飛ばしてアーニャ目掛けて突進する。
 これまで、ザイン達の行動は、全てアーニャによって潰されている。ならば、最も危険なのは、先に仕留めなければならないのはこの少女の方だ、と遅れ馳せながら気付いたのだ。

 ゴウナムを置き去りにして、自身目掛けて突進してくるザインに対して、アーニャはあっさりと弓を捨て、胸の前で”見えないボール”を持っているかのような構えを取る。すると、その手の中に魔力が集まり渦を巻き始める。

「魔法か!? さっきのお返しだ!させんぞっ!! きぃえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」

 アーニャが魔法を発動させる前に決着を付けんと、高速で肉薄するザイン。”薩摩示現流”の如く、一撃に必殺の威力を込め、気合いと共にアーニャの脳天を目掛けて大上段から渾身の一刀を振り下ろす!
 
 ーーズッダアァァァァァンッ!!ーー

「……がはっ!? 」

 だが、仕留めた!と思った次の瞬間、激しい衝撃がザインの身を襲い、息が詰まり呼吸すら出来ない。いったい何が起こったのか?自分の身に何があったのか?ザインには全く理解出来なかった。

 混乱した思考の中で、ただ、刀を振り下ろした刹那の瞬間、のを見たような気がする。

 ザインには分からなかった。それはだったからだ。”合気術による投げ技” 渾身の一撃を振り下ろした瞬間、その手を取られてアーニャにのだという事に。自身の勢いと力をそっくりそのまま利用されて地面に叩きつけられたのだという事に。

「ぉおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!! 」
ーードッゴオォォォォォォォォォォォォンッ!!!!ーー

 雄叫びと共に、倒されたザインの上にゴウナムがトドメの一撃を打ち下ろす。巨大な鉄塊が自分目掛けて振り下ろされる。それがザインの見た最後の光景だった……。

 
 
「それまで! 勝者、【蒼い疾風ブルーソニック】!! 」


 ゴウナムのトドメの一撃のダメージが限界を超え、そのまま意識を失ったザイン。そして今だピクリとも動かないゼルドの姿。あまりにも早い決着、そして予想外の結末に、観戦していた騎士団の誰も声を出すことが出来ない。静まりかえった闘技場に、決着を告げるレイナルドの声だけが響いた…。




***************

『マスター、録画の再生を終了します………… 』










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