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22 呼び出し
しおりを挟むネロが厨房に姿を現したのは、その日の夕食後のこと。
皿洗いを終えてシンクを拭き上げていたところ、同期の男の子がパタパタとオリヴィアのことを呼びに来た。見ると厨房の入り口には仁王立ちの我が君主が立っている。
心配そうなジャスミンや申し訳なさそうなスザンナのわきを抜けてネロの元へと歩く。責任者であるデニスが、何やら険しい顔のままで私を振り返った。
「オリヴィア、皇帝陛下が話があると」
「………はい」
オリヴィアは小さく頷く。
何も言わずに歩き出すネロの後を追った。
彼はいったいどんな顔をしているのだろう。
オリヴィアからはその表情までは見えないものの、ギョッとした顔ですれ違う使用人たとの様子からして、おそらく大層恐ろしい顔をしているに違いない。
そりゃあそうだ。自分の大切な婚約者の食事に異物が混ざっていたなんて、ましてやその混入物は彼女の命を奪う可能性すらあるものだったから。
スタスタと先を歩くネロが部屋の扉を乱暴に開けて、オリヴィアはその扉が閉まる前になんとか身体を滑り込ませた。例の如く部屋の周辺には人影がない。
「お前、どうして嘘を吐いた?」
開口一番にネロが言った言葉にオリヴィアは息を呑んだ。
「嘘……ですか……?」
「惚けるな。お前があんな凡ミスをしでかすわけがない。この一年、陰ながら働く姿を見守ってきた。オレが知っているオリヴィア・バレットはしょうもないミスをする料理人じゃない」
「………陛下は私を買い被りすぎです」
「誰を庇っている?お前の友人か?」
「いいえ。誰も庇ってなんか居ません。私自身の過ちであって、反省するのも自分がすべきことです。きっと……気が緩んでいたんだと思います」
ネロは疑わしげに目を細める。
青い瞳を真っ直ぐに見返すことは出来なかった。
「言ったはずだ。俺は嘘は嫌いだと」
「本当のことです。皇太后が仰ったように罰が与えられるなら、私はそれを受け入れますから」
一歩も引かないオリヴィアの姿勢に諦めることを決めたのか、ネロはもう追求してこなかった。
気不味い沈黙が五分ほど続いて、その間にオリヴィアは皇帝の私室に無造作に置かれた様々なものを見ていた。机の上には彼が読み掛けの本が数冊開いたまま重ねられており、少し離れた場所にある棚の中にはコレクションなのか小さな酒瓶が飾られている。
「オリヴィア、この話が本当であるならば、俺はお前に罰を与える必要があるわけだが……」
「はい。そのつもりで参りました」
「とりあえずその前に着替えてもらえるか?」
「………はい?」
目をパチパチと瞬かせて返事を返すオリヴィアの前で、ネロは何やらガサゴソと茶色い紙袋を漁る。
嫌な予感がした。そして、大抵の場合、こういう予感は当たるもので。驚くオリヴィアの目前に、ずいっと突き出されたのは上下揃いの白い制服。
「ナース……?」
「帝都病院で実際に過去に使われていたものだそうだ。特殊なルートで手に入れることが出来たが、かなりレアなものだから使うのを躊躇っていた」
「そんな宝物、どうして私に見せるんですか?」
「お前が今から着るんだ」
「え?」
「言っただろう。罰を与えると」
有無を言わさぬ強い口調でそう言うと、ネロはグイグイとオリヴィアの背中を押して行く。いつもの洗面所に押し込まれて、暫しの間は呆然と閉まった扉を見つめた。
婚約者に無礼を働いた罪滅ぼしがこれ?
安いポルノ作品でももう少しマシな展開が用意されているんじゃないかと推測する。仮にもソフィア王女はネロの婚約者で、オリヴィアはそんな王女を危険に晒した本人なのだ。
(彼の頭が心配過ぎるわ……)
もはや、我が皇帝にとっては王女の体調なんてどうでも良いのではないかとすら思える。したり顔で「自分が罰するのでお任せを」と言っていたのに、結局のところ彼がオリヴィアに求めるのは娼婦もどきの対応なのだ。
呆れつつ着替えを済ませて部屋へと戻る。
すでにベッドに腰掛けてくつろいでいたネロが、嬉しそうに笑顔を浮かべてこちらを見た。
「オレの見立て通りだな。完璧だ」
「陛下ほどの物好きも珍しいですね」
「それは褒め言葉か?」
小さく笑ったのを最後に、皇帝はオリヴィアを抱き上げた。
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