契約違反です、閻魔様!

おのまとぺ

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第二章 傾城傾国

第四十話 果実酒です

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 巨大な面積を誇る三叉の酒蔵でも、実際に現場を見て指示を飛ばすのは彼と数人の弟子ぐらいで、あとはほとんどが手伝いとして働くおぼろのようだった。

 冥界における朧がどういう立ち位置なのか未だに不明だけれど、冥殿においてもこの場所においても労働力として大きく貢献していることは間違いない。閻魔曰く、自我がなく、記憶すら失くしたその存在が半面の下ではたして本当に何も考えていないのか気になった。彼らも昔は、私のように動いて思考していたのだろうか。


「んはぁ……これこれ、この香りじゃ!やっぱり三叉の作る酒じゃないとしまらんな」
「黒両はあんまり飲み過ぎちゃダメでしょうよ。ただでさえ引きこもりがちでレアキャラになりつつあるんだから」

 これで酒癖が悪いとなると閻魔に怒られるよ、と釘を刺す三叉に黒両は詫びる様子もなく「へいへい」と返す。良い香りがするその瓶口に吸い寄せられるように身を寄せると、それに気付いた三叉に飲んで行くかと聞かれた。

「良いんですか?」
「良いよー鬼たちや君の怖い上司には内緒ね」
「わぁ!嬉しいです、ありがとうございます!」

 黒両と顔を見合わせて、上機嫌になった私は小さなグラスを二つ受け取る。

 ふんわりと香る白桃の香りは鼻腔を満たしてなんとも幸せな気持ちにする。クイッと飲んでみると、よく熟れた白桃の果肉の甘味を感じた。正直言って何倍でもいけそうだ。

(眠る前にこういうので晩酌したいな……)

 クリームチーズとクラッカーとかを合わせてチビチビと飲みたい。意外と八角が以前出してくれたおしんこなんかとも合うかもしれない。うーん、もしも冥界での私の仕事が給料制となっているならば是非とも購入したいところ。


「あれ?そういえば……」
「どうしたの?」
「この世界の食べ物ってどうなってるんですか?」

 冥界の食べ物どうなってるの問題。
 とうとう私はこの疑問に斬り込んでみることにした。

 密かに気になっていたことだが、八角はそれはそれは見慣れた食材を使って料理をしている。食べたことのない肉なんて登場しなくて、豚や鳥、牛なんかの肉に加えて魚もいたって普通のものが食卓に並ぶ。

 身を乗り出して息を呑む私を前に、三叉は口を開いた。

「あぁ、それね!みんな結構気になるみたいだよねぇ。閻魔の愛人にも聞かれたことあるなー。食べ物がなる木があるって言ったら驚いていたけど」
「え!食べ物の木ですか?」
「そうそう。味噌とか豆腐がなる木があるの」
「本当ですか…!?すごい!」
「嘘なんだけどね」
「はい?」

 ズッコケそうになる私の隣で黒両がケラケラと笑う。
 どうやら化け猫に揶揄われたらしい。

 にわかに怒りの滲んだ私の顔を見て平謝りしながら、三叉は二杯目の酒を注いでくれた。これ以上飲むと午後からの仕事に差し障るのではないかと一瞬気が引けたけれど、出してもらったものを断るのも悪い気がする。

「実際はね、普通に人間の世界と同じように作ってるんだよ。極楽と地獄で気候や土の質感も違うから、適材適所で育てて無いものはお互い輸入し合ったりしてるけどね」
「輸入……!」

 三叉によると、極楽は比較的家畜の放牧に向いているため肉や乳製品の生産に向いており、三途の川を持つ地獄はその水の冷たさ故か質の良い魚が獲れるようだ。なんとも信じ難い話だけど、毎食いただく食材は幻術ではなく物理的に存在しているので、きっと真実なのだろう。

「小春ちゃん、良かったらこれ一本あげるから、夜にでも閻魔と一緒に飲みなよ」
「良いんですか?」

 差し出された桃の酒を受け取りながら礼を述べる。

「新婚さんだっていうのに、放ったらかしなんでしょう?何か良いきっかけになればと思ってね」
「べ、べつに三叉さんが思うようなことは…!」
「ん?僕は何も言ってないけど」

 赤面する私をニマニマと見つめる化け猫に向かって、黒両は「ずるいずるい」と物申している。私は腕の中に抱えた琥珀色の液体を眺めながら、はてどのように冥王にお誘いの言葉を掛けようかと頭を悩ませた。

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