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第二章 傾城傾国
第四十四話 井戸を見つけます
しおりを挟む「………とは、言ったものの」
私は一人、薄暗い路地裏で溜め息を吐く。
極楽へ続く井戸の場所なんて誰に聞けば良いのだろう。黄鬼にまたそれとなく話を振ってみようかと思ったけど、今日に限って彼は捕まらない。
黒両にああ言った手前、なんとかして見つけたい。
聞いた話では井戸の形をしているというそれに心当たりなどまったくなく、私は途方に暮れていた。とぼとぼと歩いていたら時間だけが過ぎて行く。
鈴白や八角といった冥殿で働く人たちに聞くのもどうかと思う。彼らが知っているのかそもそも疑問だし、冥殿の中はどこに閻魔の目があるのか分からないので危険だ。
しかし、黄鬼以外の鬼たち、つまり赤鬼と青鬼は黄鬼ほど鈍くないので、私が井戸の場所を尋ねたら何故知りたがるのか不審に思うだろう。そこで閻魔に告げ口が入ったらアウト。
(うーん……誰に聞くべきか……)
はじめこそ歩いて見つけようと意気込んだけど、どれだけ探し回ってもそれらしきものは見つからない。というか、ほとんどの井戸はどれも同じに見える。いくつかの井戸の中を覗き込んでみたけれど、ただ仄暗い水が満ちているだけで、吸い込まれそうな様子に気味の悪さを感じた。
「お、小春ちゃん!」
「三叉さん!」
いつのまにか三叉の酒造の近くに来ていたようで、目線の先には、ほがらかな顔で片手を上げる金髪の男が居た。
このふらりふらりと歩き回る化け猫様なら井戸の場所を知っているのでは、と胸の内に期待が膨れ上がる。閻魔と近しい関係にある彼だけど、頼めば秘密にしてくれそうだ。いや、かなり願望に近いけれど。
「どうしたの、一人?」
「はい。実は…井戸を探していまして」
「井戸?」
不思議そうな顔で三叉は首を傾げる。
「極楽に続く井戸があると聞いたので、どんなものなのかなーと気になっちゃって」
あははっと笑って反応を見る。
幸いなことに三叉は訝しむ様子もなく「なるほど!」と理解したように手を叩いた。よかった、とりあえず違和感はなく質問は出来たようで。
「よかったら一緒に見てみる?ここから近いよ」
「え!良いんですか?」
地獄に仏ならぬ、地獄に化け猫だ。
やっぱり困ったときの三叉頼み。他の者には聞きづらいことも彼相手ならすんなりと尋ねることが出来る。ふわりとそよぐ風のような三叉に、私は安心感を抱いた。
カランコロンと下駄の音を響かせながら一緒に歩くと、薄暗い通りも怖くは感じなかった。
「あのー……閻魔様には内密に…」
「ははっ!きっと知ったら怒るだろうねぇ」
「ですよね。私の知的好奇心のためなので、出来れば…」
「うん、大丈夫。言わないよ」
「感謝……!」
両手を擦り合わせて頭を下げていると、隣を歩く三叉が立ち止まった。「着いたよ」という声に顔を上げると、たしかに古びた井戸が目前にある。隣に建つ建物は廃屋なのか、ところどころの木が朽ちて、中には人が住んでいる気配もない。
「昔はいくつか極楽につながる井戸があったんだけどね。今じゃ封鎖されたりして、使われてるのはここだけ」
「へぇ、そうなのですね」
「それじゃあ…道案内はおしまいかな?」
「はい。ありがとうございました!」
「じきに夜になるから、遅くなる前に帰りなね」
手を振って去って行く三叉を見送って井戸に向き直る。
独特の雰囲気を放つその井戸の淵に手を掛けて、恐る恐る中を覗き込んだ。暗くて底がよく見えない。目を凝らして見ると、なにか白いものが浮かんでいるような気がした。それは徐々に水面から上がって私の方へ伸びる。
人の手だ。
そう理解したときにはもう時は遅く、私の身体はすごい力で井戸の中に引き摺り込まれていた。ブクブクと水の中で沈みながら聞こえたのは、今は亡き祖母の声。
《──小春ちゃん、もういなないかんよ》
その言葉を最後に記憶は途切れた。
◆いぬ……四国の方言で「帰る」
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