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第二章 傾城傾国
第四十五話 極楽です
しおりを挟む芳しい桃の香りで目が覚めた。
全体的に視界が白んでいる。薄ぼんやりと暗い地獄とは大違いで、鶯のような色合いの鳥が囀り、燦々と陽の光が差し込む景色を見て、極楽へ来たのだとすぐに理解した。
暗い井戸の底から手が伸びて来て、引き摺り込まれたことは記憶している。疑っていたわけではないけれど、三叉が教えてくれた井戸は本当に極楽へと繋がっていたのだ。
(………良作さんを探さないと!)
いつまでも苔の上で伸びているわけにもいかない。
誰かに見つかって送り返されてもいけないし、早いところ黒両の想い人を見つけ出して、事情を説明したい。彼女が地獄に居ること、どれだけその再会を待ち侘びていたか。
黒両の話では男は温泉で働いているらしいけれど、そもそも温泉が何処にあるのか分からない。看板でも出ていないかしら、と歩き回ってみたが、それらしきものもない。
閻魔のことを思うと、あまり長居は出来ないから焦る。
今日は冥殿で粛々と座布団を縫うという至って地味な作業だったから良かったものの、いつ我が上司が舞い戻って来て私の不在に気付くか分からないのだ。
キリキリと痛む胃を押さえて、どうしたものかと周囲の様子を伺った。地獄にも一応生き物や植物は存在しているけれど、極楽に比べたらその種類は少ない。極楽に自生する花々は、大輪を広げて、惜しみなくその美しさを見る者に伝えているようだった。
「はりゃ?人間じゃん!」
突然上から聞こえた声に驚いて固まった。
恐る恐る見上げた先には、岩の上に座る女の姿。
健康そうな小麦色の肌に大きな垂れ目、そして何より着物の隙間から覗くとんでもない巨乳。誰なのか分からないけれど同性の私でさえ目のやり場に困った。
女はオロオロする私の前にひょいと降り立つ。
口に含んだ棒付き飴をぺろりと舐めて口を開いた。
「アンタ、もしかして最近噂の五代の嫁か?」
「ごだい…?あ、閻魔様……?」
「そうそう。いやぁ、こんな早くに実物に会えるなんて驚きだな~今日は使いっ走りか何かか?」
「いえ……えっと……」
首を傾げる女に向かって私は自分が閻魔の指示ではなく、自分の意思でここまで来たことを伝えるべきか迷った。
そもそも、彼女が閻魔とどういう関係なのか分からない。以前遭遇した酔妃と呼ばれる美女や極楽を統治する御影の一派である可能性もある。私は御影という人物に会ったことはないけれど、閻魔がその人に対してあまり良い印象を持っていないことは知っていた。
「あの、貴女は誰ですか?」
「お?」
「先に貴女のことを教えてください」
そう言ってペコリと頭を下げて見れば、女は大きな乳を揺らして豪快に笑った。
「っはっは!肝が据わってんねぇ。私は屋島、狸のあやかしだよ。あやかしが何かは知ってるだろう?」
「あ、はい!」
「名乗ったからアンタのことも教えてよ。あの遊び人の冥王が愛人そっちのけで構うくらいだ、興味はある」
「小春です。どうぞよろしくお願いします…!」
閻魔が彼の大奥的なハーレムを解散したのは私のせいではないと思うけれど、色々と訂正していくと話が進まなくなるのでとりあえず黙っておくことにした。
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