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本編
45.父親◆レナード視点
しおりを挟むイメルダは、ただ静かにベッドの上に横たわっていた。
その傍には青い顔をしたデリックが突っ立っている。ベッドから飛び出したイメルダの左手は、不自然なほどにだらりと脱力していた。
デリックの青い瞳が恐ろしいものを見たように開かれた。
何かを伝えようと口を開きかけて止まる。
「何をした?」
「な…なにも!何もしていないんだ…!」
「この状況でよく言えるな」
廊下に控えるメイドに急いで医者を呼ぶように伝える。
手首に触れたところ、心臓は動いているようだった。
だけど、まだ油断は出来ない。いったい何を、どうして、いつから。そんな疑問が次々に湧いてきてまとまりなく散って行く。目に手を当てて一言も言葉を発さないデリックから真実を引き出すことは可能なのか、考えた。
「信じてくれ…本当に、何も…僕は……」
熱に浮かされたように己の無実を主張し続けるデリックを見て、我慢出来ずに壁へ押し付けた。ウグッと苦しそうな声が聞こえても力を緩めることが出来ない。
「レナード!お前が…お前が悪いんだよ!好きな女をただ陰から想い続けるだけで、ちっとも行動に移しやしない!俺はお前とは違う!」
「何が、どう違うんだよ」
「イメルダを愛してる!彼女に伝わるように分かりやすく言葉にして、態度で示してる…!イメルダだって、」
「彼女がそれを望んだか?」
「い…イメルダだってきっと……!」
「なぁ、デリック。俺は確かにお前ほどの素直さも行動力もないよ。だけど…こんな卑怯な真似をしてイメルダを手に入れようとも思わない」
目の端に入ったのは缶の中から溢れた六角形の結晶。
報告書で見たものと同じ。これはニューショアから流れ込んだ密造された薬物だ。まさか自分の身内がこうしたものに手を出すと思っていなかった。
震える手のやり場に困っていたら、駆け付けた医者が部屋へ入って来た。神妙な面持ちで聴診器を取り出してイメルダを診察する。
俄かに騒がしくなった廊下から、連絡を受けたのかヒンス・ルシフォーンが飛び込んで来た。青ざめた顔の国王と王妃も後ろに控えている。
「イメルダ……!」
横たわる娘の身体に縋り付くヒンスを見て、胸が苦しくなった。
すべては自分の監督責任だ。再従兄弟がイメルダに近付こうとしているのを知っていたのに、問題視していなかった。薬の存在を早くに認めて、国民に報せていれば良かったのだろうか。しかし、中毒性の高いその薬物を興味本位で摂取する者が増加する可能性もある。
証拠取りを優先した結果、一番傷付けたくないイメルダを危険に晒している。彼女の身に何かがあって、もう二度と目覚めなかったら……
「浄化剤を飲ませます。摂取した量にもよりますが、吸収されていなければ…意識が戻るかもしれない」
「お願いします……!」
皆が見守る中、医者は鞄から小瓶を取り出す。
瓶の中の液体がイメルダの口に流し込まれた。
どれだけ時間が経ったのか分からないけれど、永遠に思われるような重く長い時間だった。誰も何も言わず、ただ、拘束されたデリックが啜り泣く声だけが聞こえていた。
「………?」
初めに気付いたのは娘の手を握っていたヒンスだった。
「イメルダ……?」
「……お…とうさま…?」
「イメルダ!ああっ…!イメルダ…!!」
大粒の涙を流しながら抱き付いてくる父親のことを、イメルダは不思議そうに眺める。やがて自分を取り囲む人だかりをゆっくりと見渡し、彼女は記憶を取り戻したようだった。
パッと見開かれた双眼が、打ちひしがれたように座り込むデリックを捉える。ブルーグレイの瞳に恐怖が宿ったのを見てすぐに、デリックを地下の部屋に監禁するように命じた。
「国王陛下…ドット商会への業務停止命令と公爵家の資産取り押さえを許可してください」
部屋の奥で静かに立っていたコーネリウスは唸る。
すべての事情を知っている彼が、それでも尚こうして渋るのは、おそらく相手が大きな公爵家であるから。商会として、公爵家として、その身柄を拘束する行為が及ぼす影響を考えているようだった。
「これは根も葉もない冤罪ではありません」
「しかし……」
「ニューショアから証人も連れて来ています。国内での被害者が増え続けている今、早急な対応が求められる」
「分かった。では、明日ドット公爵家を王宮に招こう。直接尋問としようじゃないか。表向きは国の経済に貢献した商会を表彰するという名目で」
「………分かりました」
窓から覗く月を見て答える。
ベッドの上でイメルダはまだ、下を向いたままだった。
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