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第一章 ジャンヌ・クレモルンの結婚
16 人形の素顔
しおりを挟む案内された場所は家と呼ぶには生活感がなく、殺風景な場所だった。生きていく上で必要最低限のものを四角い箱の中に詰め込んだ感じ。決して狭くはないのだが、とにかく現実味がない。人形のような主人の立ち姿も相まって、まるでドールハウスみたいだ。
私の視線に気付いたのか、ユーリは顔を上げた。
「言っておくが、ここ数年客人を迎えることはなかったから、期待はしないでくれ。俺はただ場所を提供するだけだ」
「分かっています。おもてなしは不要です」
そうは言いつつも、部屋にある唯一のソファに案内してくれたので、ありがたく座らせてもらう。ユーリ自身は壁にもたれて外の様子を伺っていた。
窓の外にはすでにパラパラと雨が降り出していた。まだ雷の音が鳴っているから、しばらく荒れた天気は続くのだろう。心なしか風も強まっているように感じる。
夫の上司である騎士団長の住まいにお邪魔しているというのは、変な感覚だった。先ず、それほど私たちは親しい間柄ではない。むしろ、数日前には泥棒と疑われて睨み合ったほどだ。
「クリストフの件、すまなかった」
「え?」
「アイツは調子が良いからすぐに羽目を外すが、悪い奴じゃない。ああ見えてロゼリア騎士団の頭脳担当でもある。剣の腕も良い」
「知っています、良い人ですよね。それに食いしん坊です」
バスケットの中身を当てるクリストフの顔を思い返して私が笑っていると、ユーリは驚いたような表情でこちらを見ていた。何か変なことを言っただろうか。
首を傾げつつ時計を見ると短い針は十二時になろうとしている。私はカゴの中を指差して、ユーリに声を掛けた。
「あの、昼食はもうお済みですか?今日は本当は四人で来る予定だったので、サンドイッチが山ほどあるんです」
「サンドイッチ……?」
「はい。正直団長様に勧められるほどの腕前ではないですが、私一人だけ食べるのもなんなので」
「俺はいい。自分のものは自分で用意する」
言うなり立ち上がったユーリは厨房へ消えた。
私がテーブルの上で昼食の用意を始めていたところ、片手ににんじんと玉ねぎを掴んで戻って来たのでギョッとする。
「え、生で食されるのですか?」
「硬ければ火を通すこともあるが、基本はこのまま食べる。肉は焼いたり煮たりするから大丈夫だ」
美しい顔の男が大口を開けてにんじんに齧り付く様はなんとも珍妙で、私はどんな反応を返せば良いのか分からなかった。やっとのことで声を絞り出す。
「えっと……料理される方はいらっしゃらないのですか?一人で生活を……?」
彼の私生活に興味があったわけではないが、想像を絶する暮らしぶりに驚愕していた。年齢はイーサンとさほど変わらないだろう。もっと若いかもしれない。
黙っていれば女の子たちは寄って来るだろうし、実際にイーサンはそんな話をしていた。何故こんな田舎町で一人暮らしを。
「基本的に自分の身の回りのことは自分でする。食事となれば尚更だ」
「それはどうして……?」
「昔、殺され掛けたことがある。俺は周りの人間を信用していない。そういう生き方をした方がずっと楽だと分かったんだ」
「そんな…………、」
続く言葉は出て来なかった。
そんなことを言うな、とは言えない。ユーリにはユーリの過去がある。ましてや騎士団長である彼のことだから、きっと辛い経験も多々あったのだろう。
「疑い続けることは、苦しくないですか?」
ポツリと呟いた質問にユーリは乾いた声で笑った。
「信じて裏切られるよりはマシだ。一定の線を引いておけば、お互い適切な距離を保てる。立場上、色々な人間を見て来たが、どうしようもないクズほど人の良い顔で近付いて来る。信じればバカを見るぞ」
私は黙ってこちらを見据える碧の瞳を見ていた。
それはきっと彼自身の経験に基づく教訓。
私が向き合えないイーサンとの過去。
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