お望み通り、悪妻になりましょう

おのまとぺ

文字の大きさ
18 / 31

17 ハンベルク邸

しおりを挟む


 結局、なんとか一人で二人前のサンドイッチを食べ終えた頃には雨が上がっていたので、私はユーリの元を後にした。思っていたほど悪い人ではなかったことに、心の中でこっそり謝罪も添えて。

 母方の祖父であるハンベルク子爵の家に行くのは何年振りだろう。母が生きていた頃はよく家族で遊びに行ったが、いつからか疎遠になってしまって、年に数回の手紙のやり取りがかろうじて続いている程度だった。

 父ダフマンが訪問する旨を伝えてあるということは、祖父母はきっと待ってくれているはず。ユーリのおかげで雨宿りも出来たし、道がぬかるんでいることを除けば、良いハイキングだ。

(知れば知るほど変な人ね………)

 はじめは王立騎士団の団長ということもあって、かなりの堅物と警戒していたけれど、仕事を離れた場所で見た彼はそこまで恐ろしくなかった。

 ユーリの言葉が頭の中でゆらゆら揺れる。
 簡単に人を信じてはいけない、その言葉の意味は理解出来る。だけど、ずっと疑心暗鬼で生きるのは苦しいし、何より辛い。

 いっそ、記憶がなければ良かったと思う。
 何も知らずにまたもう一度、やり直せたら。



 ◇◇◇



「ジャンヌ!すっかり大人になって!」

 久方ぶりに再開したハンベルクの祖父母は変わらぬ笑顔で私を迎えてくれた。しっかりした抱擁を受けながら、丸い背中を撫でる。

「お祖母様、お久しぶりです。お祖父様は……?」
「今は部屋でゆっくりしてるはずよ。この年齢になると、なかなか若い頃みたいに動き回れなくてねぇ」

 すぐ疲れちゃう、と眉尻を下げて言う祖母の肩は、記憶の中のそれより痩せている。何かと理由を付けて会いに来なかったことを悔いた。

 祖母の呼びかけで階段を降りて来た祖父もまた、嬉しそうに顔をくしゃくしゃにして笑ってくれた。笑うと祖父は亡くなった母キャサリンにそっくりで、私は目元にギュッと力を入れた。せっかくの再会なのだから、泣いてはいけない。


「結婚式、素敵だったわ。邪魔しないように見守っていたんだけど、貴女がたくさんの人に囲まれていて安心したの」
「お祖母様………」

 それはおそらくイーサンの友人たちだろう。入れ替わり立ち替わり挨拶に来てくれたから、誰が誰だか覚えていないけど、彼の交友関係の広さはよく分かった。

「アマンダは元気?ダフマンさんは?」
「お父様もアマンダも元気です」
「まだ一緒に住んでいるの?」
「はい、アマンダは医療学校に通い始めました。亡くなった両親のような人たちを助けたいと」
「アマンダが?」

 祖母は驚いたように目を丸くしたが、すぐに表情を改めた。私は気になって口を開く。

「どうかしましたか……?」

 しわの寄った手を摩りながら、祖母はどこか迷いのある様子で目を泳がせていた。やがて、短い溜め息とともに私の方へと向き直る。

「こんなこと言うのは変だけど…… アマンダがマルジェラのことをどう思っていたのか私には分からないの。マルジェラは親子の関係で悩んでいたようだったから………」
「…………?」

 私が思い出すのは葬式で泣きじゃくるアマンダの姿だけで、小さい手で必死に棺桶にしがみつく姿は子供ながらに胸が痛んだ。

 アマンダの母マルジェラは奔放な人だったと聞いている。子爵家を飛び出して駆け落ちしたという経緯があるので、祖母自身も何か思うところがあるようだが、亡くなってしまった今となっては触れることもない。


「ジャンヌ、生活は大丈夫?ダフマンさんも忙しいと聞いているし、もし何か困ったことがあったら、」
「心配しないでください。嫁ぎ先は父が務めるヘルゼン商会の会長のご子息なんです。使用人もたくさん居て身の回りのことをやってくれるし、夫であるイーサンも優しくて、伯爵夫妻だって……」

 言いながら虚しくなった。
 まるで自分に言い聞かせているみたいで。

「とにかく、毎日充実しています。家庭教師の仕事は辞めて正解でした。今の私にはヘルゼンの屋敷でやることがたくさんありますから」
「そう。なら良いのだけど……」

 ホッとしたような祖母の顔を見て、これで良かったのだと胸を撫で下ろす。肘掛け椅子に座っていた祖父もまた、安心した様子で微笑んでいた。

 老いた二人に無駄な心配を掛けたくない。
 元気に過ごしていることを伝え続けないと。

 私はまた来ることを約束して、ハンベルク邸を出発した。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【本編完結】婚約者を守ろうとしたら寧ろ盾にされました。腹が立ったので記憶を失ったふりをして婚約解消を目指します。

しろねこ。
恋愛
「君との婚約を解消したい」 その言葉を聞いてエカテリーナはニコリと微笑む。 「了承しました」 ようやくこの日が来たと内心で神に感謝をする。 (わたくしを盾にし、更に記憶喪失となったのに手助けもせず、他の女性に擦り寄った婚約者なんていらないもの) そんな者との婚約が破談となって本当に良かった。 (それに欲しいものは手に入れたわ) 壁際で沈痛な面持ちでこちらを見る人物を見て、頬が赤くなる。 (愛してくれない者よりも、自分を愛してくれる人の方がいいじゃない?) エカテリーナはあっさりと自分を捨てた男に向けて頭を下げる。 「今までありがとうございました。殿下もお幸せに」 類まれなる美貌と十分な地位、そして魔法の珍しいこの世界で魔法を使えるエカテリーナ。 だからこそ、ここバークレイ国で第二王子の婚約者に選ばれたのだが……それも今日で終わりだ。 今後は自分の力で頑張ってもらおう。 ハピエン、自己満足、ご都合主義なお話です。 ちゃっかりとシリーズ化というか、他作品と繋がっています。 カクヨムさん、小説家になろうさん、ノベルアッププラスさんでも連載中(*´ω`*) 表紙絵は猫絵師さんより(⁠。⁠・⁠ω⁠・⁠。⁠)⁠ノ⁠♡

【完結】姉は聖女? ええ、でも私は白魔導士なので支援するぐらいしか取り柄がありません。

猫屋敷 むぎ
ファンタジー
誰もが憧れる勇者と最強の騎士が恋したのは聖女。それは私ではなく、姉でした。 復活した魔王に侯爵領を奪われ没落した私たち姉妹。そして、誰からも愛される姉アリシアは神の祝福を受け聖女となり、私セレナは支援魔法しか取り柄のない白魔導士のまま。 やがてヴァルミエール国王の王命により結成された勇者パーティは、 勇者、騎士、聖女、エルフの弓使い――そして“おまけ”の私。 過去の恋、未来の恋、そして政略婚に揺れ動く姉を見つめながら、ようやく私の役割を自覚し始めた頃――。 魔王城へと北上する魔王討伐軍と共に行動する勇者パーティは、 四人の魔将との邂逅、そして試練を迎え――。 輝く三人の恋と友情を“すぐ隣で見つめるだけ”の「聖女の妹」でしかなかった私が、 魔王討伐の旅路の中で、“本当の自分”を見つけていく――。 そんな、ちょっぴり切ない恋と友情と姉妹愛、そして私の成長の物語です。 ※「小説家になろう」にも掲載。(異世界転生・恋愛12位) ※ アルファポリス完結ファンタジー8位。応援ありがとうございます。

公爵令嬢は逃げ出すことにした【完結済】

佐原香奈
恋愛
公爵家の跡取りとして厳しい教育を受けるエリー。 異母妹のアリーはエリーとは逆に甘やかされて育てられていた。 幼い頃からの婚約者であるヘンリーはアリーに惚れている。 その事実を1番隣でいつも見ていた。 一度目の人生と同じ光景をまた繰り返す。 25歳の冬、たった1人で終わらせた人生の繰り返しに嫌気がさし、エリーは逃げ出すことにした。 これからもずっと続く苦痛を知っているのに、耐えることはできなかった。 何も持たず公爵家の門をくぐるエリーが向かった先にいたのは… 完結済ですが、気が向いた時に話を追加しています。

【完結】婚約者様、嫌気がさしたので逃げさせて頂きます

高瀬船
恋愛
ブリジット・アルテンバークとルーカス・ラスフィールドは幼い頃にお互いの婚約が決まり、まるで兄妹のように過ごして来た。 年頃になるとブリジットは婚約者であるルーカスを意識するようになる。 そしてルーカスに対して淡い恋心を抱いていたが、当の本人・ルーカスはブリジットを諌めるばかりで女性扱いをしてくれない。 顔を合わせれば少しは淑女らしくしたら、とか。この年頃の貴族令嬢とは…、とか小言ばかり。 ちっとも婚約者扱いをしてくれないルーカスに悶々と苛立ちを感じていたブリジットだったが、近衛騎士団に所属して騎士として働く事になったルーカスは王族警護にもあたるようになり、そこで面識を持つようになったこの国の王女殿下の事を頻繁に引き合いに出すようになり… その日もいつものように「王女殿下を少しは見習って」と口にした婚約者・ルーカスの言葉にブリジットも我慢の限界が訪れた──。

遊び人の侯爵嫡男がお茶会で婚約者に言われた意外なひと言

夢見楽土
恋愛
侯爵嫡男のエドワードは、何かと悪ぶる遊び人。勢いで、今後も女遊びをする旨を婚約者に言ってしまいます。それに対する婚約者の反応は意外なもので…… 短く拙いお話ですが、少しでも楽しんでいただければ幸いです。 このお話は小説家になろう様にも掲載しています。

お姉さまが家を出て行き、婚約者を譲られました

さこの
恋愛
姉は優しく美しい。姉の名前はアリシア私の名前はフェリシア 姉の婚約者は第三王子 お茶会をすると一緒に来てと言われる アリシアは何かとフェリシアと第三王子を二人にしたがる ある日姉が父に言った。 アリシアでもフェリシアでも婚約者がクリスタル伯爵家の娘ならどちらでも良いですよね? バカな事を言うなと怒る父、次の日に姉が家を、出た

あなたが残した世界で

天海月
恋愛
「ロザリア様、あなたは俺が生涯をかけてお守りすると誓いましょう」王女であるロザリアに、そう約束した初恋の騎士アーロンは、ある事件の後、彼女との誓いを破り突然その姿を消してしまう。 八年後、生贄に選ばれてしまったロザリアは、最期に彼に一目会いたいとアーロンを探し、彼と再会を果たすが・・・。

村娘になった悪役令嬢

枝豆@敦騎
恋愛
父が連れてきた妹を名乗る少女に出会った時、公爵令嬢スザンナは自分の前世と妹がヒロインの乙女ゲームの存在を思い出す。 ゲームの知識を得たスザンナは自分が将来妹の殺害を企てる事や自分が父の実子でない事を知り、身分を捨て母の故郷で平民として暮らすことにした。 村娘になった少女が行き倒れを拾ったり、ヒロインに連れ戻されそうになったり、悪役として利用されそうになったりしながら最後には幸せになるお話です。 ※他サイトにも掲載しています。(他サイトに投稿したものと異なっている部分があります) アルファポリスのみ後日談投稿しております。

処理中です...