20 / 31
19 決意
しおりを挟むヘルゼンの屋敷に連絡を入れたところ、すぐに了承を得ることが出来た。まだペチュニアの束縛はそこまで厳しくないものの、次にこうして家族で食事が出来るのがいつのなるか分からない。
私はあたたかなスープを口に運びながら、久方ぶりの父やアマンダの様子を眺める。体調が良くなったのか、従姉妹の方は顔色も元通りだ。父ダフマンに関しては、商会の仕事が多いためか、あまり健康そうには見えなかった。おそらくかなり疲れが溜まっている。
「お父様……お仕事は忙しいの?」
私の問い掛けに父はハッとしたような顔をした。
「いやいや、まぁ、いつも通りだ。ヘルゼン伯爵が頼りにしてくれているからね、他の社員よりは責任があるんだよ。期待には応えないと!」
「頑張り過ぎないで、何か出来ることがあれば……」
「ジャンヌ、」
ダフマンはスプーンを置いて、私の目を見つめた。変わらない優しい双眼が柔らかな視線を投げ掛ける。心配は要らないと言うように。
「お前はもうヘルゼンの人間だ。その努力は、クレモルンではなくヘルゼンのために使いなさい。私の仕事を手伝うのはお前の役割じゃない」
「………分かりました」
ヘルゼンの屋敷で水道の蛇口を磨くことが、いったい何の役に立つのか。
喉元まで出かかったその不満を飲み込んだ。
父はいつだって私たちのために働いてくれていた。厳しいことを言われた日もあっただろうし、仕事を選べる状況でもなかったと思う。そんな人の前で弱音を吐くわけにいかない。
「大丈夫ですよ、小父様」
明るい声が会話に割って入る。
私はアマンダの方へ顔を向けた。
「私たちが言わなくても、ジャンヌはイーサン様を愛していますから。きっとすぐにヘルゼン伯爵夫人にも気に入られて、両家の関係を確固たるものにしてくれるはずです!」
「そこまでは求めてないさ。私はジャンヌにただ幸せになってほしいだけだ。いつだって、お前の幸せを願っている」
「お父様………」
思わず、泣き出してしまいそうになった。
嬉しかったからではなく、悔しかったから。献身的にヘルゼンに仕えてきた私たちが踏み躙られ、裏切られることを知ったら父はどう思うだろう。ヘルゼンの人間が誰一人として、クレモルンのことなど考えていないと知ったら。
何もかも打ち明けたい気持ちに蓋をして、私はただ一心に食事を口へ運んだ。知っている未来を明かすべきではない。今世で何が起こるかはまだ分からないのだ。不確定なことは胸に秘めたままで居よう。
食事を終えて屋敷を去る際、私は庭の隅に不自然に掘り起こされた場所があることに気付いた。芝生が刈られて、新しく土が入れられている。見送りに来てくれた父親に尋ねると「あぁ」と頷いた。
「アマンダがね、医療学校の授業で使う植物を育てるんだよ。近々苗を買って来るらしい」
「まぁ、アマンダが?」
「そうなんだよ。家に閉じこもっているのも不健康だとかなんとか言って、週末は外に出る機会も増えたんだ。植物のことも詳しい知り合いが居るようだ」
嬉しそうにそう話す父親を見て、私は少しだけ安心した。私が家を出ても、アマンダが居るから父はいくぶんか助けられているはず。いきなり一人にするのは心配だから、私としてもありがたい。
別れが名残惜しくて、今日会ったハンベルク子爵家の二人の近況も報告しながら、私たちはぐるぐると庭を二周ほど歩いた。ふと目線を上げると、アマンダの部屋に電気が付いているのが見える。
「また勉強しているようだ。体調が悪いから少し横になっていなさいと言ったんだが……」
父もまた同じ方向を向いて、溜め息を吐く。
しかし、私にとってそれは嬉しい変化だった。
以前の人生ではアマンダは病院で事務として働き続けていたから、常に何処か退屈そうで、いつも変化を求めているみたいだった。
学び直すことはもちろん大変だと思うけど、これで彼女が進みたい道を選べるならば良い。母だってきっと応援していたはず。
(私だって……行動しないと、)
黙ってそのときが来るのを待つだけではダメだ。イーサンの浮気に対して注視しておくのは重要だが、私自身の価値を上げる必要もある。
もう誰にも、何にも、虐げられないように。
110
あなたにおすすめの小説
【本編完結】婚約者を守ろうとしたら寧ろ盾にされました。腹が立ったので記憶を失ったふりをして婚約解消を目指します。
しろねこ。
恋愛
「君との婚約を解消したい」
その言葉を聞いてエカテリーナはニコリと微笑む。
「了承しました」
ようやくこの日が来たと内心で神に感謝をする。
(わたくしを盾にし、更に記憶喪失となったのに手助けもせず、他の女性に擦り寄った婚約者なんていらないもの)
そんな者との婚約が破談となって本当に良かった。
(それに欲しいものは手に入れたわ)
壁際で沈痛な面持ちでこちらを見る人物を見て、頬が赤くなる。
(愛してくれない者よりも、自分を愛してくれる人の方がいいじゃない?)
エカテリーナはあっさりと自分を捨てた男に向けて頭を下げる。
「今までありがとうございました。殿下もお幸せに」
類まれなる美貌と十分な地位、そして魔法の珍しいこの世界で魔法を使えるエカテリーナ。
だからこそ、ここバークレイ国で第二王子の婚約者に選ばれたのだが……それも今日で終わりだ。
今後は自分の力で頑張ってもらおう。
ハピエン、自己満足、ご都合主義なお話です。
ちゃっかりとシリーズ化というか、他作品と繋がっています。
カクヨムさん、小説家になろうさん、ノベルアッププラスさんでも連載中(*´ω`*)
表紙絵は猫絵師さんより(。・ω・。)ノ♡
【完結】姉は聖女? ええ、でも私は白魔導士なので支援するぐらいしか取り柄がありません。
猫屋敷 むぎ
ファンタジー
誰もが憧れる勇者と最強の騎士が恋したのは聖女。それは私ではなく、姉でした。
復活した魔王に侯爵領を奪われ没落した私たち姉妹。そして、誰からも愛される姉アリシアは神の祝福を受け聖女となり、私セレナは支援魔法しか取り柄のない白魔導士のまま。
やがてヴァルミエール国王の王命により結成された勇者パーティは、
勇者、騎士、聖女、エルフの弓使い――そして“おまけ”の私。
過去の恋、未来の恋、そして政略婚に揺れ動く姉を見つめながら、ようやく私の役割を自覚し始めた頃――。
魔王城へと北上する魔王討伐軍と共に行動する勇者パーティは、
四人の魔将との邂逅、そして試練を迎え――。
輝く三人の恋と友情を“すぐ隣で見つめるだけ”の「聖女の妹」でしかなかった私が、
魔王討伐の旅路の中で、“本当の自分”を見つけていく――。
そんな、ちょっぴり切ない恋と友情と姉妹愛、そして私の成長の物語です。
※「小説家になろう」にも掲載。(異世界転生・恋愛12位)
※ アルファポリス完結ファンタジー8位。応援ありがとうございます。
公爵令嬢は逃げ出すことにした【完結済】
佐原香奈
恋愛
公爵家の跡取りとして厳しい教育を受けるエリー。
異母妹のアリーはエリーとは逆に甘やかされて育てられていた。
幼い頃からの婚約者であるヘンリーはアリーに惚れている。
その事実を1番隣でいつも見ていた。
一度目の人生と同じ光景をまた繰り返す。
25歳の冬、たった1人で終わらせた人生の繰り返しに嫌気がさし、エリーは逃げ出すことにした。
これからもずっと続く苦痛を知っているのに、耐えることはできなかった。
何も持たず公爵家の門をくぐるエリーが向かった先にいたのは…
完結済ですが、気が向いた時に話を追加しています。
【完結】婚約者様、嫌気がさしたので逃げさせて頂きます
高瀬船
恋愛
ブリジット・アルテンバークとルーカス・ラスフィールドは幼い頃にお互いの婚約が決まり、まるで兄妹のように過ごして来た。
年頃になるとブリジットは婚約者であるルーカスを意識するようになる。
そしてルーカスに対して淡い恋心を抱いていたが、当の本人・ルーカスはブリジットを諌めるばかりで女性扱いをしてくれない。
顔を合わせれば少しは淑女らしくしたら、とか。この年頃の貴族令嬢とは…、とか小言ばかり。
ちっとも婚約者扱いをしてくれないルーカスに悶々と苛立ちを感じていたブリジットだったが、近衛騎士団に所属して騎士として働く事になったルーカスは王族警護にもあたるようになり、そこで面識を持つようになったこの国の王女殿下の事を頻繁に引き合いに出すようになり…
その日もいつものように「王女殿下を少しは見習って」と口にした婚約者・ルーカスの言葉にブリジットも我慢の限界が訪れた──。
遊び人の侯爵嫡男がお茶会で婚約者に言われた意外なひと言
夢見楽土
恋愛
侯爵嫡男のエドワードは、何かと悪ぶる遊び人。勢いで、今後も女遊びをする旨を婚約者に言ってしまいます。それに対する婚約者の反応は意外なもので……
短く拙いお話ですが、少しでも楽しんでいただければ幸いです。
このお話は小説家になろう様にも掲載しています。
お姉さまが家を出て行き、婚約者を譲られました
さこの
恋愛
姉は優しく美しい。姉の名前はアリシア私の名前はフェリシア
姉の婚約者は第三王子
お茶会をすると一緒に来てと言われる
アリシアは何かとフェリシアと第三王子を二人にしたがる
ある日姉が父に言った。
アリシアでもフェリシアでも婚約者がクリスタル伯爵家の娘ならどちらでも良いですよね?
バカな事を言うなと怒る父、次の日に姉が家を、出た
あなたが残した世界で
天海月
恋愛
「ロザリア様、あなたは俺が生涯をかけてお守りすると誓いましょう」王女であるロザリアに、そう約束した初恋の騎士アーロンは、ある事件の後、彼女との誓いを破り突然その姿を消してしまう。
八年後、生贄に選ばれてしまったロザリアは、最期に彼に一目会いたいとアーロンを探し、彼と再会を果たすが・・・。
村娘になった悪役令嬢
枝豆@敦騎
恋愛
父が連れてきた妹を名乗る少女に出会った時、公爵令嬢スザンナは自分の前世と妹がヒロインの乙女ゲームの存在を思い出す。
ゲームの知識を得たスザンナは自分が将来妹の殺害を企てる事や自分が父の実子でない事を知り、身分を捨て母の故郷で平民として暮らすことにした。
村娘になった少女が行き倒れを拾ったり、ヒロインに連れ戻されそうになったり、悪役として利用されそうになったりしながら最後には幸せになるお話です。
※他サイトにも掲載しています。(他サイトに投稿したものと異なっている部分があります)
アルファポリスのみ後日談投稿しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる