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第一章 ジャンヌ・クレモルンの結婚
19 決意
しおりを挟むヘルゼンの屋敷に連絡を入れたところ、すぐに了承を得ることが出来た。まだペチュニアの束縛はそこまで厳しくないものの、次にこうして家族で食事が出来るのがいつのなるか分からない。
私はあたたかなスープを口に運びながら、久方ぶりの父やアマンダの様子を眺める。体調が良くなったのか、従姉妹の方は顔色も元通りだ。父ダフマンに関しては、商会の仕事が多いためか、あまり健康そうには見えなかった。おそらくかなり疲れが溜まっている。
「お父様……お仕事は忙しいの?」
私の問い掛けに父はハッとしたような顔をした。
「いやいや、まぁ、いつも通りだ。ヘルゼン伯爵が頼りにしてくれているからね、他の社員よりは責任があるんだよ。期待には応えないと!」
「頑張り過ぎないで、何か出来ることがあれば……」
「ジャンヌ、」
ダフマンはスプーンを置いて、私の目を見つめた。変わらない優しい双眼が柔らかな視線を投げ掛ける。心配は要らないと言うように。
「お前はもうヘルゼンの人間だ。その努力は、クレモルンではなくヘルゼンのために使いなさい。私の仕事を手伝うのはお前の役割じゃない」
「………分かりました」
ヘルゼンの屋敷で水道の蛇口を磨くことが、いったい何の役に立つのか。
喉元まで出かかったその不満を飲み込んだ。
父はいつだって私たちのために働いてくれていた。厳しいことを言われた日もあっただろうし、仕事を選べる状況でもなかったと思う。そんな人の前で弱音を吐くわけにいかない。
「大丈夫ですよ、小父様」
明るい声が会話に割って入る。
私はアマンダの方へ顔を向けた。
「私たちが言わなくても、ジャンヌはイーサン様を愛していますから。きっとすぐにヘルゼン伯爵夫人にも気に入られて、両家の関係を確固たるものにしてくれるはずです!」
「そこまでは求めてないさ。私はジャンヌにただ幸せになってほしいだけだ。いつだって、お前の幸せを願っている」
「お父様………」
思わず、泣き出してしまいそうになった。
嬉しかったからではなく、悔しかったから。献身的にヘルゼンに仕えてきた私たちが踏み躙られ、裏切られることを知ったら父はどう思うだろう。ヘルゼンの人間が誰一人として、クレモルンのことなど考えていないと知ったら。
何もかも打ち明けたい気持ちに蓋をして、私はただ一心に食事を口へ運んだ。知っている未来を明かすべきではない。今世で何が起こるかはまだ分からないのだ。不確定なことは胸に秘めたままで居よう。
食事を終えて屋敷を去る際、私は庭の隅に不自然に掘り起こされた場所があることに気付いた。芝生が刈られて、新しく土が入れられている。見送りに来てくれた父親に尋ねると「あぁ」と頷いた。
「アマンダがね、医療学校の授業で使う植物を育てるんだよ。近々苗を買って来るらしい」
「まぁ、アマンダが?」
「そうなんだよ。家に閉じこもっているのも不健康だとかなんとか言って、週末は外に出る機会も増えたんだ。植物のことも詳しい知り合いが居るようだ」
嬉しそうにそう話す父親を見て、私は少しだけ安心した。私が家を出ても、アマンダが居るから父はいくぶんか助けられているはず。いきなり一人にするのは心配だから、私としてもありがたい。
別れが名残惜しくて、今日会ったハンベルク子爵家の二人の近況も報告しながら、私たちはぐるぐると庭を二周ほど歩いた。ふと目線を上げると、アマンダの部屋に電気が付いているのが見える。
「また勉強しているようだ。体調が悪いから少し横になっていなさいと言ったんだが……」
父もまた同じ方向を向いて、溜め息を吐く。
しかし、私にとってそれは嬉しい変化だった。
以前の人生ではアマンダは病院で事務として働き続けていたから、常に何処か退屈そうで、いつも変化を求めているみたいだった。
学び直すことはもちろん大変だと思うけど、これで彼女が進みたい道を選べるならば良い。母だってきっと応援していたはず。
(私だって……行動しないと、)
黙ってそのときが来るのを待つだけではダメだ。イーサンの浮気に対して注視しておくのは重要だが、私自身の価値を上げる必要もある。
もう誰にも、何にも、虐げられないように。
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