23 / 31
22 コリーナ洋裁店1
しおりを挟む「ヘルゼン伯爵のご子息の……奥様ですか?」
商会が営む宝石店に到着した私を出迎えたのは、困惑した顔の店員たちだった。どうやら伯爵から話はいっていないらしく、私が店に入ることは初めて知ったと言う。
「えっと、店で何のお仕事を……?生憎、当店は頻繁に客が訪れるような場所ではありません。立地が悪いんです。裏路地ですし、隣が………」
そう言いながら店の女たちは顔を見合わせる。私は理由を察して黙った。
ここ、ヘルゼン宝石店の隣には有名デザイナーが営む洋裁店がある。採寸から布地の選択、果てはデザインまで顧客に合った提案をしてくれることで有名で、国外からも通う貴族は多いらしい。
ありきたりな宝石店では太刀打ちできない。洋裁店の存在は考えようによってはプラスになるはずなのだ。そちらの客を宝石店に呼び込むことができれば、の話だが。
「顧客リストを拝見して良いでしょうか。どのような層が購入されているか、知りたいのです」
「お客様はほとんどヘルゼン夫人のご友人たちです。新規の方はなかなか訪問されません。旦那様もそれについては頭を悩ませているようで……」
なるほど。だから、ペチュニアがベーカリーの跡地に移転を提案した際に二つ返事で承諾したのだろう。裏路地に面していることを除けば、そこそこ駅も近いし悪くない場所だ。実際、隣の洋裁店には頻繁に人が訪れていると聞く。
「あの、隣のお店にご挨拶に伺いたいのですが、よろしいですか?」
「えっ!コリーナ洋裁店にですか……!?」
私の言葉に店員たちは慌てたような顔をする。
「何か問題があるでしょうか?」
「問題……ではないのですが、以前奥様が店にいらっしゃった際に洋裁店と揉めたことがあったのです」
「それはどういった……?」
「はい。奥様は毛皮のコートをお求めだったのですが、店主の方が品薄を理由にお断りされまして。入荷次第連絡するという申し出を蹴って奥様はお店に戻られました。その際に暴言を少し……吐かれたようで………」
私は内心溜め息を吐きながら「あぁ、なるほど」と相槌を打った。
自分が求めている結果ではないとき、ペチュニアはしばしば機嫌を悪くして周囲に当たり散らす。大概はそれがメイドや使用人なのだけれど、運悪くお隣の店舗に牙を剥いてしまったというわけだ。
「それでは尚更、ご挨拶に行かないといけませんね。同じヘルゼンの人間として」
「しかし、ジャンヌ様!コリーナの店主様は難しい方なのです。私たちも日々の挨拶がやっとでして……!」
眉を下げてそう訴え掛ける店員たちに私は「大丈夫」と答える。このイベントは過去に体験していないから、もちろんコリーナ洋裁店の店主の情報など持ってはいない。だけど、せっかく隣り合わせに並んでいるのだから、利用しない手はない。
私は焼き菓子を買い込むために大通りまで出てベーカリーへと向かった。アルキノーという店主の苗字が掲げられた店の中を覗き込む。異物の件であと数ヶ月で閉業するとも知らずに、今日もパン屋の主人はせっせとマドレーヌを焼いていた。
(潰れてほしくないわ……)
焼きたてのバターの香り。
笑顔で店を後にするお客さんたち。
ロゼリアの国民に愛されながら、もっともっと続いていくべきお店だ。誰かの小さな意地悪で、閉業するなんて許せない。
ペチュニアが買った焼き菓子に異物が混入していたのは、確か冬のことだったはず。教会にお祈りに行った帰りに親しい友人たちを招いてヘルゼンの屋敷でお茶をして、用意していたマドレーヌはその場で提供された。彼女の友人たちは証人となって、口々にベーカリーを批判していたのを知っている。
だけど、私は今でも考える。
あれは本当に過失だったのだろうかと。
裏路地で細々と商いを営むヘルゼンの宝石店が、立地の良い大通りに移るきっかけとなった出来事だから、忘れることは出来ない。一度目の人生では自分のことで精一杯で、屋敷まで来て涙を流して謝罪するベーカリーの店主夫妻には同情するしか出来なかった。
二度目の人生はどうしようか?
もし私とイーサンの結婚が運命だというならば、同じことが繰り返される可能性は高い。あらかじめ起きるイベントが分かっていれば、対策は打てる。
先ずはヘルゼンの屋敷における自分の立場を上げる必要がある。屋敷に居る時間が少ない夫は現時点で頼りにならないし、ペチュニアはあの調子だから難しいだろう。
ならば、残るは一人。
「こんにちは……お隣のヘルゼン宝石店で働くことになったジャンヌです。今日はご挨拶に伺いました」
格式高いデザインの扉を押し開けると、オルゴールのような音色が耳に入った。店の奥で机に向かっていた巻き髪の女性が立ち上がる。
「ヘルゼンですって………?」
好意的とは言い難いその双眼を見据えて、私は深く頭を下げた。爪先を見つめたままで考える。今から得ることが出来るのは、味方か敵か。
93
あなたにおすすめの小説
【本編完結】婚約者を守ろうとしたら寧ろ盾にされました。腹が立ったので記憶を失ったふりをして婚約解消を目指します。
しろねこ。
恋愛
「君との婚約を解消したい」
その言葉を聞いてエカテリーナはニコリと微笑む。
「了承しました」
ようやくこの日が来たと内心で神に感謝をする。
(わたくしを盾にし、更に記憶喪失となったのに手助けもせず、他の女性に擦り寄った婚約者なんていらないもの)
そんな者との婚約が破談となって本当に良かった。
(それに欲しいものは手に入れたわ)
壁際で沈痛な面持ちでこちらを見る人物を見て、頬が赤くなる。
(愛してくれない者よりも、自分を愛してくれる人の方がいいじゃない?)
エカテリーナはあっさりと自分を捨てた男に向けて頭を下げる。
「今までありがとうございました。殿下もお幸せに」
類まれなる美貌と十分な地位、そして魔法の珍しいこの世界で魔法を使えるエカテリーナ。
だからこそ、ここバークレイ国で第二王子の婚約者に選ばれたのだが……それも今日で終わりだ。
今後は自分の力で頑張ってもらおう。
ハピエン、自己満足、ご都合主義なお話です。
ちゃっかりとシリーズ化というか、他作品と繋がっています。
カクヨムさん、小説家になろうさん、ノベルアッププラスさんでも連載中(*´ω`*)
表紙絵は猫絵師さんより(。・ω・。)ノ♡
【完結】姉は聖女? ええ、でも私は白魔導士なので支援するぐらいしか取り柄がありません。
猫屋敷 むぎ
ファンタジー
誰もが憧れる勇者と最強の騎士が恋したのは聖女。それは私ではなく、姉でした。
復活した魔王に侯爵領を奪われ没落した私たち姉妹。そして、誰からも愛される姉アリシアは神の祝福を受け聖女となり、私セレナは支援魔法しか取り柄のない白魔導士のまま。
やがてヴァルミエール国王の王命により結成された勇者パーティは、
勇者、騎士、聖女、エルフの弓使い――そして“おまけ”の私。
過去の恋、未来の恋、そして政略婚に揺れ動く姉を見つめながら、ようやく私の役割を自覚し始めた頃――。
魔王城へと北上する魔王討伐軍と共に行動する勇者パーティは、
四人の魔将との邂逅、そして試練を迎え――。
輝く三人の恋と友情を“すぐ隣で見つめるだけ”の「聖女の妹」でしかなかった私が、
魔王討伐の旅路の中で、“本当の自分”を見つけていく――。
そんな、ちょっぴり切ない恋と友情と姉妹愛、そして私の成長の物語です。
※「小説家になろう」にも掲載。(異世界転生・恋愛12位)
※ アルファポリス完結ファンタジー8位。応援ありがとうございます。
公爵令嬢は逃げ出すことにした【完結済】
佐原香奈
恋愛
公爵家の跡取りとして厳しい教育を受けるエリー。
異母妹のアリーはエリーとは逆に甘やかされて育てられていた。
幼い頃からの婚約者であるヘンリーはアリーに惚れている。
その事実を1番隣でいつも見ていた。
一度目の人生と同じ光景をまた繰り返す。
25歳の冬、たった1人で終わらせた人生の繰り返しに嫌気がさし、エリーは逃げ出すことにした。
これからもずっと続く苦痛を知っているのに、耐えることはできなかった。
何も持たず公爵家の門をくぐるエリーが向かった先にいたのは…
完結済ですが、気が向いた時に話を追加しています。
【完結】婚約者様、嫌気がさしたので逃げさせて頂きます
高瀬船
恋愛
ブリジット・アルテンバークとルーカス・ラスフィールドは幼い頃にお互いの婚約が決まり、まるで兄妹のように過ごして来た。
年頃になるとブリジットは婚約者であるルーカスを意識するようになる。
そしてルーカスに対して淡い恋心を抱いていたが、当の本人・ルーカスはブリジットを諌めるばかりで女性扱いをしてくれない。
顔を合わせれば少しは淑女らしくしたら、とか。この年頃の貴族令嬢とは…、とか小言ばかり。
ちっとも婚約者扱いをしてくれないルーカスに悶々と苛立ちを感じていたブリジットだったが、近衛騎士団に所属して騎士として働く事になったルーカスは王族警護にもあたるようになり、そこで面識を持つようになったこの国の王女殿下の事を頻繁に引き合いに出すようになり…
その日もいつものように「王女殿下を少しは見習って」と口にした婚約者・ルーカスの言葉にブリジットも我慢の限界が訪れた──。
遊び人の侯爵嫡男がお茶会で婚約者に言われた意外なひと言
夢見楽土
恋愛
侯爵嫡男のエドワードは、何かと悪ぶる遊び人。勢いで、今後も女遊びをする旨を婚約者に言ってしまいます。それに対する婚約者の反応は意外なもので……
短く拙いお話ですが、少しでも楽しんでいただければ幸いです。
このお話は小説家になろう様にも掲載しています。
お姉さまが家を出て行き、婚約者を譲られました
さこの
恋愛
姉は優しく美しい。姉の名前はアリシア私の名前はフェリシア
姉の婚約者は第三王子
お茶会をすると一緒に来てと言われる
アリシアは何かとフェリシアと第三王子を二人にしたがる
ある日姉が父に言った。
アリシアでもフェリシアでも婚約者がクリスタル伯爵家の娘ならどちらでも良いですよね?
バカな事を言うなと怒る父、次の日に姉が家を、出た
あなたが残した世界で
天海月
恋愛
「ロザリア様、あなたは俺が生涯をかけてお守りすると誓いましょう」王女であるロザリアに、そう約束した初恋の騎士アーロンは、ある事件の後、彼女との誓いを破り突然その姿を消してしまう。
八年後、生贄に選ばれてしまったロザリアは、最期に彼に一目会いたいとアーロンを探し、彼と再会を果たすが・・・。
村娘になった悪役令嬢
枝豆@敦騎
恋愛
父が連れてきた妹を名乗る少女に出会った時、公爵令嬢スザンナは自分の前世と妹がヒロインの乙女ゲームの存在を思い出す。
ゲームの知識を得たスザンナは自分が将来妹の殺害を企てる事や自分が父の実子でない事を知り、身分を捨て母の故郷で平民として暮らすことにした。
村娘になった少女が行き倒れを拾ったり、ヒロインに連れ戻されそうになったり、悪役として利用されそうになったりしながら最後には幸せになるお話です。
※他サイトにも掲載しています。(他サイトに投稿したものと異なっている部分があります)
アルファポリスのみ後日談投稿しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる