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第一章 ジャンヌ・クレモルンの結婚
22 コリーナ洋裁店1
しおりを挟む「ヘルゼン伯爵のご子息の……奥様ですか?」
商会が営む宝石店に到着した私を出迎えたのは、困惑した顔の店員たちだった。どうやら伯爵から話はいっていないらしく、私が店に入ることは初めて知ったと言う。
「えっと、店で何のお仕事を……?生憎、当店は頻繁に客が訪れるような場所ではありません。立地が悪いんです。裏路地ですし、隣が………」
そう言いながら店の女たちは顔を見合わせる。私は理由を察して黙った。
ここ、ヘルゼン宝石店の隣には有名デザイナーが営む洋裁店がある。採寸から布地の選択、果てはデザインまで顧客に合った提案をしてくれることで有名で、国外からも通う貴族は多いらしい。
ありきたりな宝石店では太刀打ちできない。洋裁店の存在は考えようによってはプラスになるはずなのだ。そちらの客を宝石店に呼び込むことができれば、の話だが。
「顧客リストを拝見して良いでしょうか。どのような層が購入されているか、知りたいのです」
「お客様はほとんどヘルゼン夫人のご友人たちです。新規の方はなかなか訪問されません。旦那様もそれについては頭を悩ませているようで……」
なるほど。だから、ペチュニアがベーカリーの跡地に移転を提案した際に二つ返事で承諾したのだろう。裏路地に面していることを除けば、そこそこ駅も近いし悪くない場所だ。実際、隣の洋裁店には頻繁に人が訪れていると聞く。
「あの、隣のお店にご挨拶に伺いたいのですが、よろしいですか?」
「えっ!コリーナ洋裁店にですか……!?」
私の言葉に店員たちは慌てたような顔をする。
「何か問題があるでしょうか?」
「問題……ではないのですが、以前奥様が店にいらっしゃった際に洋裁店と揉めたことがあったのです」
「それはどういった……?」
「はい。奥様は毛皮のコートをお求めだったのですが、店主の方が品薄を理由にお断りされまして。入荷次第連絡するという申し出を蹴って奥様はお店に戻られました。その際に暴言を少し……吐かれたようで………」
私は内心溜め息を吐きながら「あぁ、なるほど」と相槌を打った。
自分が求めている結果ではないとき、ペチュニアはしばしば機嫌を悪くして周囲に当たり散らす。大概はそれがメイドや使用人なのだけれど、運悪くお隣の店舗に牙を剥いてしまったというわけだ。
「それでは尚更、ご挨拶に行かないといけませんね。同じヘルゼンの人間として」
「しかし、ジャンヌ様!コリーナの店主様は難しい方なのです。私たちも日々の挨拶がやっとでして……!」
眉を下げてそう訴え掛ける店員たちに私は「大丈夫」と答える。このイベントは過去に体験していないから、もちろんコリーナ洋裁店の店主の情報など持ってはいない。だけど、せっかく隣り合わせに並んでいるのだから、利用しない手はない。
私は焼き菓子を買い込むために大通りまで出てベーカリーへと向かった。アルキノーという店主の苗字が掲げられた店の中を覗き込む。異物の件であと数ヶ月で閉業するとも知らずに、今日もパン屋の主人はせっせとマドレーヌを焼いていた。
(潰れてほしくないわ……)
焼きたてのバターの香り。
笑顔で店を後にするお客さんたち。
ロゼリアの国民に愛されながら、もっともっと続いていくべきお店だ。誰かの小さな意地悪で、閉業するなんて許せない。
ペチュニアが買った焼き菓子に異物が混入していたのは、確か冬のことだったはず。教会にお祈りに行った帰りに親しい友人たちを招いてヘルゼンの屋敷でお茶をして、用意していたマドレーヌはその場で提供された。彼女の友人たちは証人となって、口々にベーカリーを批判していたのを知っている。
だけど、私は今でも考える。
あれは本当に過失だったのだろうかと。
裏路地で細々と商いを営むヘルゼンの宝石店が、立地の良い大通りに移るきっかけとなった出来事だから、忘れることは出来ない。一度目の人生では自分のことで精一杯で、屋敷まで来て涙を流して謝罪するベーカリーの店主夫妻には同情するしか出来なかった。
二度目の人生はどうしようか?
もし私とイーサンの結婚が運命だというならば、同じことが繰り返される可能性は高い。あらかじめ起きるイベントが分かっていれば、対策は打てる。
先ずはヘルゼンの屋敷における自分の立場を上げる必要がある。屋敷に居る時間が少ない夫は現時点で頼りにならないし、ペチュニアはあの調子だから難しいだろう。
ならば、残るは一人。
「こんにちは……お隣のヘルゼン宝石店で働くことになったジャンヌです。今日はご挨拶に伺いました」
格式高いデザインの扉を押し開けると、オルゴールのような音色が耳に入った。店の奥で机に向かっていた巻き髪の女性が立ち上がる。
「ヘルゼンですって………?」
好意的とは言い難いその双眼を見据えて、私は深く頭を下げた。爪先を見つめたままで考える。今から得ることが出来るのは、味方か敵か。
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