24 / 31
23 コリーナ洋裁店2
しおりを挟むコリーナ洋裁店に関しては、ほとんど何も知らなかった。名前は聞いたことがあるものの、名ばかりの男爵令嬢だった私は今まで店に足を踏み入れたことはない。
事前に宝石店で仕入れた情報によると、店主のコリーナ・マドルガが長い下積み時代で培った技術とセンスが売りの店らしく、繁忙期には来店が予約制になる場合もあるとか。
加えて、芸術家や職人の多くがそうであるように、コリーナの性格もシンプルではない。合わないと感じた相手はどんな金持ちであっても客にしない、という徹底ぶりだと聞いた。
ペチュニアの失態を挽回出来るだろうか?
「こんにちは、マドルガさん。突然訪問してすみません、お時間は大丈夫ですか……?」
「どういう要件かしら?」
まるで内容次第では帰ってもらう、というようにコリーナは目元の力を強める。双眼が鋭く光るのを見て、私は息を呑んだ。
「今日は挨拶に来ただけです。それと……先日のご無礼を謝罪したくて、」
「まぁ。貴女はいったい……?」
「ジャンヌ・ヘルゼンです。最近ヘルゼンのご子息と結婚した関係で、伯爵家に嫁入りしました。今日は店の手伝いに来ているんです」
「あぁ、なるほど……それはご苦労様ね」
心なしか、コリーナの顔が柔らかくなった気がした。邸での私の苦労を察してくれたのかもしれないし、私が完全なるヘルゼンの人間ではないと知って安心したのかもしれない。
立ち話もなんだから、と勧められた椅子に腰掛けて、持って来た焼き菓子を手渡した。
「あの……宜しければこちらを。アルキノーさんのお店のマドレーヌです」
「良い香りね」
すぐに両手で受け取って紙袋を開けると、コリーナはまたいくぶんか優しい声音になった。ペチュニアが接し方を誤っただけで、本当は良い人なのではないか。そんな期待が膨れ上がる。
「宝石って売るのが大変でしょう?」
「え?」
「高価なものだから使う人を選ぶのよ。あの女は分かってないみたいだけど、高飛車な商売を続ける限りは客足は増えないと思うわ」
「そうですね………」
「それで今日は何の用で?」
私は拳を握って顔を上げた。
「マドルガさん、毛皮のことなんですが………」
口にした瞬間、目の前で嬉しそうにマドレーヌを見つめていたオレンジ色の目がキッと釣り上がった。
「ヘルゼンには売らないわ」
「…………っ、」
「礼儀知らずのヘルゼン商会には今後毛皮を売ることは一才ないと思って。同じ商いをする人間として、あれほど誰かを侮辱する発言が出来るなんて信じられない。あんな女、大嫌いよ!」
「………申し訳、ありませんでした」
まだ時期尚早だった。
ペチュニアがいったいどんな暴言を吐いたのかは聞かされていないものの、コリーナの憎しみは根深そうだ。ここから情報を仕入れるのは難しいだろう。
と、なれば。
「いいえ、売ってほしいというお話ではありません。その逆なのです」
「なに……?」
「もしも今後、ヘルゼン商会が毛皮を入手するルートを開拓したとしたら、こちらの店舗で扱っていただくことは可能でしょうか?」
「………例えばの話をするのは嫌いよ」
「それでは確実な話になったらご連絡します。どうか、そのときは話を聞いてください」
私は困惑の色を示す店主を前に深く頭を下げて、洋裁店を後にした。
不確定な話に前のめり気味になるほど、二つの店舗は親しくない。むしろ信用がない状態なので、この状態で食い付いてもらう方が無理だろう。
ヘルゼン商会で毛皮を扱うことが出来れば、間違いなく業界における商会の地位はアップする。加えてコリーナ洋裁店と上手く協力して現在の店舗の来客数を増やすことが出来たら、バッカス・ヘルゼンは大通りへの移転を考えないかもしれない。
同時並行で、ペチュニアの行動にも目を光らせないと。彼女がベーカリーに事実無根の罪の代償を払わせるのを阻止する必要があるから。
「あとは毛皮ね………」
バッカスのように隣国を渡り歩いてエメラルドの鉱山を見つけ出すのとはわけが違う。きっと抜け穴のようなものは何処かにあるはずなのだ。
その後数時間は宝石店で仕事の流れを覚えたり、それぞれの宝石の特徴を覚える時間に充てた。今まで興味を持っていなかったけれど、いざ学んでみると面白いことが多い。
短い時間ではあったが、私は店の従業員たちにお礼を伝えてヘルゼンの屋敷へと戻った。この調子でいけば一週間ほどで接客まで回してもらえそうだ。
「ジャンヌ様、ご家族から小包が………」
帰宅してすぐに近寄って来たメイドが私に茶色い小包を手渡した。部屋に戻って包みを開くとそれは先日訪問したハンベルクの祖父母からの贈り物で、手紙とともに、大きな紙袋が入っていた。
「まぁ……気を遣わなくて良いのに」
手紙の内容は久方ぶりの訪問を喜ぶ感謝の気持ちを示すもので、結びにはささやかな結婚祝いとして、知人から購入したというプレゼントを同梱すると書かれている。慎重に紙袋の中身を確認すると、確かにそこにはペールブルーの柔らかな毛皮のショールが入っていた。祖母曰く、染めの作業まで自分でしている知り合いが居るという。
思わぬかたちで入った情報に、自然と口角が上がる。ヒントは、意外と近くにあるのかもしれない。
108
あなたにおすすめの小説
【本編完結】婚約者を守ろうとしたら寧ろ盾にされました。腹が立ったので記憶を失ったふりをして婚約解消を目指します。
しろねこ。
恋愛
「君との婚約を解消したい」
その言葉を聞いてエカテリーナはニコリと微笑む。
「了承しました」
ようやくこの日が来たと内心で神に感謝をする。
(わたくしを盾にし、更に記憶喪失となったのに手助けもせず、他の女性に擦り寄った婚約者なんていらないもの)
そんな者との婚約が破談となって本当に良かった。
(それに欲しいものは手に入れたわ)
壁際で沈痛な面持ちでこちらを見る人物を見て、頬が赤くなる。
(愛してくれない者よりも、自分を愛してくれる人の方がいいじゃない?)
エカテリーナはあっさりと自分を捨てた男に向けて頭を下げる。
「今までありがとうございました。殿下もお幸せに」
類まれなる美貌と十分な地位、そして魔法の珍しいこの世界で魔法を使えるエカテリーナ。
だからこそ、ここバークレイ国で第二王子の婚約者に選ばれたのだが……それも今日で終わりだ。
今後は自分の力で頑張ってもらおう。
ハピエン、自己満足、ご都合主義なお話です。
ちゃっかりとシリーズ化というか、他作品と繋がっています。
カクヨムさん、小説家になろうさん、ノベルアッププラスさんでも連載中(*´ω`*)
表紙絵は猫絵師さんより(。・ω・。)ノ♡
【完結】姉は聖女? ええ、でも私は白魔導士なので支援するぐらいしか取り柄がありません。
猫屋敷 むぎ
ファンタジー
誰もが憧れる勇者と最強の騎士が恋したのは聖女。それは私ではなく、姉でした。
復活した魔王に侯爵領を奪われ没落した私たち姉妹。そして、誰からも愛される姉アリシアは神の祝福を受け聖女となり、私セレナは支援魔法しか取り柄のない白魔導士のまま。
やがてヴァルミエール国王の王命により結成された勇者パーティは、
勇者、騎士、聖女、エルフの弓使い――そして“おまけ”の私。
過去の恋、未来の恋、そして政略婚に揺れ動く姉を見つめながら、ようやく私の役割を自覚し始めた頃――。
魔王城へと北上する魔王討伐軍と共に行動する勇者パーティは、
四人の魔将との邂逅、そして試練を迎え――。
輝く三人の恋と友情を“すぐ隣で見つめるだけ”の「聖女の妹」でしかなかった私が、
魔王討伐の旅路の中で、“本当の自分”を見つけていく――。
そんな、ちょっぴり切ない恋と友情と姉妹愛、そして私の成長の物語です。
※「小説家になろう」にも掲載。(異世界転生・恋愛12位)
※ アルファポリス完結ファンタジー8位。応援ありがとうございます。
公爵令嬢は逃げ出すことにした【完結済】
佐原香奈
恋愛
公爵家の跡取りとして厳しい教育を受けるエリー。
異母妹のアリーはエリーとは逆に甘やかされて育てられていた。
幼い頃からの婚約者であるヘンリーはアリーに惚れている。
その事実を1番隣でいつも見ていた。
一度目の人生と同じ光景をまた繰り返す。
25歳の冬、たった1人で終わらせた人生の繰り返しに嫌気がさし、エリーは逃げ出すことにした。
これからもずっと続く苦痛を知っているのに、耐えることはできなかった。
何も持たず公爵家の門をくぐるエリーが向かった先にいたのは…
完結済ですが、気が向いた時に話を追加しています。
【完結】婚約者様、嫌気がさしたので逃げさせて頂きます
高瀬船
恋愛
ブリジット・アルテンバークとルーカス・ラスフィールドは幼い頃にお互いの婚約が決まり、まるで兄妹のように過ごして来た。
年頃になるとブリジットは婚約者であるルーカスを意識するようになる。
そしてルーカスに対して淡い恋心を抱いていたが、当の本人・ルーカスはブリジットを諌めるばかりで女性扱いをしてくれない。
顔を合わせれば少しは淑女らしくしたら、とか。この年頃の貴族令嬢とは…、とか小言ばかり。
ちっとも婚約者扱いをしてくれないルーカスに悶々と苛立ちを感じていたブリジットだったが、近衛騎士団に所属して騎士として働く事になったルーカスは王族警護にもあたるようになり、そこで面識を持つようになったこの国の王女殿下の事を頻繁に引き合いに出すようになり…
その日もいつものように「王女殿下を少しは見習って」と口にした婚約者・ルーカスの言葉にブリジットも我慢の限界が訪れた──。
遊び人の侯爵嫡男がお茶会で婚約者に言われた意外なひと言
夢見楽土
恋愛
侯爵嫡男のエドワードは、何かと悪ぶる遊び人。勢いで、今後も女遊びをする旨を婚約者に言ってしまいます。それに対する婚約者の反応は意外なもので……
短く拙いお話ですが、少しでも楽しんでいただければ幸いです。
このお話は小説家になろう様にも掲載しています。
お姉さまが家を出て行き、婚約者を譲られました
さこの
恋愛
姉は優しく美しい。姉の名前はアリシア私の名前はフェリシア
姉の婚約者は第三王子
お茶会をすると一緒に来てと言われる
アリシアは何かとフェリシアと第三王子を二人にしたがる
ある日姉が父に言った。
アリシアでもフェリシアでも婚約者がクリスタル伯爵家の娘ならどちらでも良いですよね?
バカな事を言うなと怒る父、次の日に姉が家を、出た
あなたが残した世界で
天海月
恋愛
「ロザリア様、あなたは俺が生涯をかけてお守りすると誓いましょう」王女であるロザリアに、そう約束した初恋の騎士アーロンは、ある事件の後、彼女との誓いを破り突然その姿を消してしまう。
八年後、生贄に選ばれてしまったロザリアは、最期に彼に一目会いたいとアーロンを探し、彼と再会を果たすが・・・。
村娘になった悪役令嬢
枝豆@敦騎
恋愛
父が連れてきた妹を名乗る少女に出会った時、公爵令嬢スザンナは自分の前世と妹がヒロインの乙女ゲームの存在を思い出す。
ゲームの知識を得たスザンナは自分が将来妹の殺害を企てる事や自分が父の実子でない事を知り、身分を捨て母の故郷で平民として暮らすことにした。
村娘になった少女が行き倒れを拾ったり、ヒロインに連れ戻されそうになったり、悪役として利用されそうになったりしながら最後には幸せになるお話です。
※他サイトにも掲載しています。(他サイトに投稿したものと異なっている部分があります)
アルファポリスのみ後日談投稿しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる