29 / 31
28 はじまり4
しおりを挟む「だからね、今はお付き合いする気はないってハッキリ伝えて差し上げたの。そうしたら彼はなんて言ったと思う?同じ授業を取るのは辛いから、履修はやめるなんて言い出すの」
「まぁ……それはあんまりね」
「でしょう?あぁ、やっぱり学校生活って大変だわ。久しぶりの学生気分で楽しい気分だったけれど、男性ってどうしてこうも面倒なのかしら」
呆れたように首を振るアマンダの隣で私はその背中を撫でる。従姉妹は医療学校で勉学に励んでいるらしいが、どうやら人間関係で困っているらしかった。
昔からアマンダ・ベスは華やかな人間だったから、理解はできる。真面目に勉強したいのに周りが放っておかないのだろう。
「それはきっと、アマンダが素敵だからよ」
「そんなことないわ。だってジャンヌだって十分素敵じゃない。だけど貴女はこんなことで困ったりしなかったでしょう?」
「………そうね」
困った困ったと言いながらクッションに顔を沈める従姉妹の顔を眺める。母親同士が姉妹なので、顔の造形自体はそこまで遠くない。違うとすれば、ハンベルク子爵家の女たちが引き継いだ黒髪が、彼女には遺伝しなかったことぐらい。だけどこれは、結果としてプラスだろう。
「元気を出して。貴女は明るくて話し掛けやすいからよ。私なんてほら、魔女みたいな暗い髪色で」
「ブロンドが馬鹿だって言いたいの?」
「え?」
「お父様からもらったこの髪が馬鹿の象徴だって言いたいんでしょう!お祖母様は父を毛嫌いしていたから、ジャンヌも何か言われたのね?」
「アマンダ、違うわ!」
凄まじい勢いで肩を掴まれたので、私はその胸を押し返して主張した。どんな勘違いをしているのか分からないが、ハンベルクの祖父母に対してアマンダは何か大きな誤解をしている気がする。
ハッとしたように離れた細い腕を見て、息を切らす従姉妹の顔を見遣る。いつも穏やかなアマンダがこんな風に取り乱すのは不思議なこと。
「お祖母様は何も言っていない。私たちのことをただ心配していただけよ、悪く思わないで……」
「そうね……少し、苦手で、」
「今度一緒に会いに行きましょう。きっと二人とも喜ぶはずよ。お父様も日を改めてお墓に行くと言っていたから、そのときにでも」
「ええ。考えておくわ……」
白い顔でそう返答するから、私はこれ以上この話題を続けるのは良くないと判断して、最近のロゼリアでの流行について話し始めた。
若いメイドたちの話では、モノトーンを基調とした服装で化粧で色を足すのが流行っているとか。柄物も色物も大好きなペチュニアはその流行を嘆いていたけれど、私は自分でも取り入れられそうなので、気になっている。
「ねぇ、アマンダ。今度お買い物に行かない?」
学校生活で塞ぎ込んでいる彼女にとっても良い気分転換になる。そんな気持ちで提案した。
「お買い物?」
「うん。色付きのリップがほしいの。持ってる服がわりと地味だから、少し変化がほしくて」
「それなら私のものをあげるわ。ちょうど使わないのがあるのよ。貴女に似合うと思う」
そう言ってアマンダが差し出したのは、真紅の紅だった。
「本当に似合うかしら……?少し上級者向けというか、他の箇所もしっかりお化粧した方が良いのかも……」
「いいえ、今のままで十分よ。もともとジャンヌは色白だから、無駄なものは付けなくて良いの。恵まれてるって思わないと」
「アマンダ、」
「少し付けてみるわね」
有無を言わさぬ口調で言われれば、黙るしかない。私は鏡の中の自分の唇に真っ赤な色が塗られていくのを見守った。
血の気のない顔の上に、不釣り合いな赤。
なんというかまるで、
「ピエロみたい」
「え?」
「ふふっ、そう思ってそうだったから。はじめは見慣れないけれど、きっとすぐに慣れるわ。イーサン様もこういう情熱的な色が好みなんじゃない?」
「うーん……どうかしら」
「自信を持ってね。変化がほしいんでしょう?」
鏡の中の自分はどう見ても化粧を覚えたての子供のようだったが、アマンダが言うように慣れていないだけなのだろうか。
とりあえず善意で差し出されたものを拒否するのは忍びないので、私はその真紅の紅をポケットに仕舞って礼を伝えた。
アマンダは眠くなったと言ってベッドの方へと移動する。私は彼女の飲み物をサイドテーブルに運びながら、そこに見覚えのあるものを見つけた。
「ねぇ、これって………」
「あぁ。綺麗でしょう?お母様の形見なんだけど片方無くしちゃって、今探してるところなの」
なんてことないように述べて、枕の上に突っ伏する。私はテーブルの上で輝く小さな宝石から目が離せなかった。キラキラと眩い煌めきを放つルビーが連なった、美しいイヤリング。
胃が痛い。眩暈がするし、吐き気も。
そんなはずはないと否定する声と、目を覚ませと憤怒する声が頭の中で響いている。思わず眉間を押さえる私の方を見て、アマンダが首を傾げた。
「また体調が悪いの?お薬はある?」
「ええ。たぶん部屋に……」
「頭痛だったらこれが効くわよ」
「………ありがとう」
なんとかそれだけ返して、壁を這うようにして自分の部屋まで戻った。生ぬるい水で薬を流し込む。窓の方を見れば、夜になってすっかり暗くなった空が目に入った。ゆっくりと歩み寄って冷たいガラスに顔を近付ける。
窓には、赤い紅を塗ってこちらを見つめ返す道化のような自分が映っていた。
96
あなたにおすすめの小説
【本編完結】婚約者を守ろうとしたら寧ろ盾にされました。腹が立ったので記憶を失ったふりをして婚約解消を目指します。
しろねこ。
恋愛
「君との婚約を解消したい」
その言葉を聞いてエカテリーナはニコリと微笑む。
「了承しました」
ようやくこの日が来たと内心で神に感謝をする。
(わたくしを盾にし、更に記憶喪失となったのに手助けもせず、他の女性に擦り寄った婚約者なんていらないもの)
そんな者との婚約が破談となって本当に良かった。
(それに欲しいものは手に入れたわ)
壁際で沈痛な面持ちでこちらを見る人物を見て、頬が赤くなる。
(愛してくれない者よりも、自分を愛してくれる人の方がいいじゃない?)
エカテリーナはあっさりと自分を捨てた男に向けて頭を下げる。
「今までありがとうございました。殿下もお幸せに」
類まれなる美貌と十分な地位、そして魔法の珍しいこの世界で魔法を使えるエカテリーナ。
だからこそ、ここバークレイ国で第二王子の婚約者に選ばれたのだが……それも今日で終わりだ。
今後は自分の力で頑張ってもらおう。
ハピエン、自己満足、ご都合主義なお話です。
ちゃっかりとシリーズ化というか、他作品と繋がっています。
カクヨムさん、小説家になろうさん、ノベルアッププラスさんでも連載中(*´ω`*)
表紙絵は猫絵師さんより(。・ω・。)ノ♡
【完結】姉は聖女? ええ、でも私は白魔導士なので支援するぐらいしか取り柄がありません。
猫屋敷 むぎ
ファンタジー
誰もが憧れる勇者と最強の騎士が恋したのは聖女。それは私ではなく、姉でした。
復活した魔王に侯爵領を奪われ没落した私たち姉妹。そして、誰からも愛される姉アリシアは神の祝福を受け聖女となり、私セレナは支援魔法しか取り柄のない白魔導士のまま。
やがてヴァルミエール国王の王命により結成された勇者パーティは、
勇者、騎士、聖女、エルフの弓使い――そして“おまけ”の私。
過去の恋、未来の恋、そして政略婚に揺れ動く姉を見つめながら、ようやく私の役割を自覚し始めた頃――。
魔王城へと北上する魔王討伐軍と共に行動する勇者パーティは、
四人の魔将との邂逅、そして試練を迎え――。
輝く三人の恋と友情を“すぐ隣で見つめるだけ”の「聖女の妹」でしかなかった私が、
魔王討伐の旅路の中で、“本当の自分”を見つけていく――。
そんな、ちょっぴり切ない恋と友情と姉妹愛、そして私の成長の物語です。
※「小説家になろう」にも掲載。(異世界転生・恋愛12位)
※ アルファポリス完結ファンタジー8位。応援ありがとうございます。
公爵令嬢は逃げ出すことにした【完結済】
佐原香奈
恋愛
公爵家の跡取りとして厳しい教育を受けるエリー。
異母妹のアリーはエリーとは逆に甘やかされて育てられていた。
幼い頃からの婚約者であるヘンリーはアリーに惚れている。
その事実を1番隣でいつも見ていた。
一度目の人生と同じ光景をまた繰り返す。
25歳の冬、たった1人で終わらせた人生の繰り返しに嫌気がさし、エリーは逃げ出すことにした。
これからもずっと続く苦痛を知っているのに、耐えることはできなかった。
何も持たず公爵家の門をくぐるエリーが向かった先にいたのは…
完結済ですが、気が向いた時に話を追加しています。
【完結】婚約者様、嫌気がさしたので逃げさせて頂きます
高瀬船
恋愛
ブリジット・アルテンバークとルーカス・ラスフィールドは幼い頃にお互いの婚約が決まり、まるで兄妹のように過ごして来た。
年頃になるとブリジットは婚約者であるルーカスを意識するようになる。
そしてルーカスに対して淡い恋心を抱いていたが、当の本人・ルーカスはブリジットを諌めるばかりで女性扱いをしてくれない。
顔を合わせれば少しは淑女らしくしたら、とか。この年頃の貴族令嬢とは…、とか小言ばかり。
ちっとも婚約者扱いをしてくれないルーカスに悶々と苛立ちを感じていたブリジットだったが、近衛騎士団に所属して騎士として働く事になったルーカスは王族警護にもあたるようになり、そこで面識を持つようになったこの国の王女殿下の事を頻繁に引き合いに出すようになり…
その日もいつものように「王女殿下を少しは見習って」と口にした婚約者・ルーカスの言葉にブリジットも我慢の限界が訪れた──。
遊び人の侯爵嫡男がお茶会で婚約者に言われた意外なひと言
夢見楽土
恋愛
侯爵嫡男のエドワードは、何かと悪ぶる遊び人。勢いで、今後も女遊びをする旨を婚約者に言ってしまいます。それに対する婚約者の反応は意外なもので……
短く拙いお話ですが、少しでも楽しんでいただければ幸いです。
このお話は小説家になろう様にも掲載しています。
お姉さまが家を出て行き、婚約者を譲られました
さこの
恋愛
姉は優しく美しい。姉の名前はアリシア私の名前はフェリシア
姉の婚約者は第三王子
お茶会をすると一緒に来てと言われる
アリシアは何かとフェリシアと第三王子を二人にしたがる
ある日姉が父に言った。
アリシアでもフェリシアでも婚約者がクリスタル伯爵家の娘ならどちらでも良いですよね?
バカな事を言うなと怒る父、次の日に姉が家を、出た
あなたが残した世界で
天海月
恋愛
「ロザリア様、あなたは俺が生涯をかけてお守りすると誓いましょう」王女であるロザリアに、そう約束した初恋の騎士アーロンは、ある事件の後、彼女との誓いを破り突然その姿を消してしまう。
八年後、生贄に選ばれてしまったロザリアは、最期に彼に一目会いたいとアーロンを探し、彼と再会を果たすが・・・。
村娘になった悪役令嬢
枝豆@敦騎
恋愛
父が連れてきた妹を名乗る少女に出会った時、公爵令嬢スザンナは自分の前世と妹がヒロインの乙女ゲームの存在を思い出す。
ゲームの知識を得たスザンナは自分が将来妹の殺害を企てる事や自分が父の実子でない事を知り、身分を捨て母の故郷で平民として暮らすことにした。
村娘になった少女が行き倒れを拾ったり、ヒロインに連れ戻されそうになったり、悪役として利用されそうになったりしながら最後には幸せになるお話です。
※他サイトにも掲載しています。(他サイトに投稿したものと異なっている部分があります)
アルファポリスのみ後日談投稿しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる