【完結】お望み通り、悪妻になりましょう

おのまとぺ

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第二章 ヘルゼン伯爵家の悪妻

34 可能性

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 不安はあったが、順調に進んでいる。

 ハンベルクの祖父母に連絡を取って、週末に件の毛皮を譲ってくれたという人に会うことも出来そうだ。ペチュニアは相変わらず私に会うたびに嫌な顔をしてくるけれど、イーサンは喜んでいるし、屋敷のメイドたちも私の変化を誉めてくれた。

 お化粧もいろいろと試してみたら楽しいもので、自分が綺麗にすることで周りの対応も変わるのだと分かった。こそこそと背を丸めて歩いていた大通りも、今では堂々と歩くことができる。気持ちに余裕が持てたお陰だろう。


「おはようございます」
「ジャンヌ様、おはようございます!」

 ヘルゼン宝石店での勤務も二週目に入れば、だいたいの接客の流れも掴めて来た。常連の顔触れも頭に入ったし、売り込み方も分かって来た気がする。

「今日はコリーナさんがいらっしゃる日ですね」

 緊張した面持ちでそう言う店員に、私は頷いた。

「ええ。洋裁店で飾る人形のコーディネートに、いくつかアクセサリーを使いたいんですって。気に入っていただけるものがあると良いんだけれど……」

 これもすべて、マリーの協力の賜物。
 どうやって打診してくれたのか不明だが、三日ほど前に突然コリーナ・マドルガから「上質なものを購入したい」と話があったのだ。

 もちろん私だって緊張している。いずれは隣り合う店同士、洋裁店でもヘルゼンの宝石を取り扱ってもらえれば、とは思っていたが、もっと先の話になると思っていた。だから毛皮の入手を進めて、少しでも交渉の手札を増やそうとしていたのに。

(まさかこんなに早く実現するなんて……)

 ソワソワしながら待っていたら、入り口の扉が開いて膝丈の濃い紫色のセットアップを着たコリーナが店に入って来た。葡萄を模したガラスのブローチを身に付けている。


「お久しぶりね、ジャンヌさん。前に会った時と随分雰囲気が違うわ。見違えちゃった」
「ありがとうございます。マリーさんのお陰です」

 笑顔を返しながら店の奥へと案内する。テーブルと椅子が置かれただけの空間だが、コリーナは机の上に置かれたものに興味を持ったようだった。

「これは……?」
「いろいろな動物の毛皮です。肌触りや温かさを比較したかったので、サンプルとして用意してみました。染色も可能ですが、若い世代ではそのままの色合いを楽しむ方が多いようですね」
「シックなドレスでも、毛皮はポイントになるのよ。高級感があって、コーディネートを格上げしてくれる……」

 うっとりしたように呟いて、コリーナはその手をハンカチ大の毛皮のサンプルの上に滑らせた。

 本格的な寒さが到来する前に、どうにかしてヘルゼンで仕入れの糸口を掴みたい。だけどそれ一本で勝負するのは少し弱い気もする。季節を問わずに需要があって、他の商会と差が付けられる何かがほしい。

 考え込んでいた矢先、前屈みになったコリーナの胸元に輝くブローチが目に入った。キラキラと光を反射する小さなガラスの球体が、葡萄のように集まった可愛らしいブローチ。


「あの、これはどちらで………?」

 私の目線を追ったコリーナが「あぁ」と言った。

「これは妹のお土産よ。珍しくて気に入ってるけど、ガラスだから割れやしないか心配で」
「見せていただくことはできますか?」

 もちろん、と快く頷いた女店主は、私の手のひらの上にブローチを置いてくれた。

 確かに美しい見た目だが、コリーナの言う通り、扱い方に気を付ける必要はあるだろう。ガラスを使う以上はヒビやカケの危険性は避けられない。だけど、もしもこれがガラスではない他の物質だったら?

「そうだわ……加工出来るかもしれない」
「え?」
「コリーナさん、以前宝石は身に付ける人を選ぶし高価だって仰ってましたよね?」
「あぁ、そういえばそうね……」
「軽くてお値段を抑えられれば、もっと身近な存在になるでしょうか?」
「宝石が……軽い?」

 私は急いでメモ帳を取り出す。
 クレモルン邸で使っていたノートは相変わらず行方不明で、探しに行く時間もなかったから、今は代用品を使っている。こうやって思い立ったアイデアを貯めていけば、きっと役立つはず。

「上手くいきそうならコリーナさんに一番にお話しします。きっと、良い形になる気がします」
「何か分からないけれど………」

 コリーナ・マドルガはそこで言葉を止めて、口元を押さえて笑い出した。私は不思議に思ってその様子を眺める。

「ごめんなさい、笑うのは失礼よね。だけど貴女を見ていると、若い頃の自分を思い出すの」
「………?」
「ミシン一台と限られた布地で店を始めた。お客様が来ないなんてザラだったけど、それでも、将来は明るいと信じていた。だって私は私の可能性に賭けていたから」

 だから上手くいったでしょう、とちゃめっ気たっぷりに微笑むコリーナの顔は、確かにマリーとよく似ている。私は亡き母のことが恋しくなって、なんとも言えない気持ちになった。

「そうですね……信じています。何があっても私だけは、私の人生を諦めません」


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