【完結】お望み通り、悪妻になりましょう

おのまとぺ

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第二章 ヘルゼン伯爵家の悪妻

40 あの日

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 祖父母は予想通り、ありったけの私の好物を並べて待っていてくれた。朝食は食べて来たけれど、張り切って丘を登ってきたものだからお腹は空いている。

「ジャンヌ、何かあったの?」
「え?」

 食卓についた私に祖母が問い掛けたので、私は驚いて顔を上げた。

「いえ、なんだか家に着いたときの貴女は気が立っていたようだったから……。雰囲気も随分と変わったし、心の変化でもあったのかと思って」
「あぁ……大したことではありません。イーサンと同じ騎士団の方に会ったんです。上司の方なのですが、少し……いやかなり、不思議な方で」

 そうなのね、と相槌を打ちながら祖母は私の皿にパンを載せる。小麦の良い香りがして思わず口元が緩んだ。

「いろんな人が集まる場所だもの、貴女と違う考えの人だっているわ。大切なのは他者を尊重して、否定しないことよ」
「はい、お祖母様……」
「今までも可愛かったけれど、目元がキャサリンに似てきたわね。新しい貴女もとっても素敵。その服もプレゼントしたショールとよく合ってるわ」

 嬉しそうにそう言うので、私はショールの下ですみれ色のワンピースを握りしめて微笑んだ。今まで選ばなかった色の服を着て、今まで避けていた華やかな化粧をする。変わっていくのは勇気がいることだけど、私は自分の変化に満足していた。

 新しい私を見た周囲の反応は様々で、ヘザーのように驚きを露わにする人もいれば、マリーやコリーナのように歓迎する人もいる。ペチュニアのようにあからさまな拒絶を示す場合もあるし、ユーリのように気付かない人だって。

(本当に興味がないのね、)

 別に良いけれど、なぜか胸の奥がチクッとした。
 死に戻った秘密を共有する仲間として、少しは関心を持ってほしかったのかもしれない。だって私は自分の計画を赤裸々に話したのだから。

 悶々としつつ、祖父が着席したことによって、とりあえず昼食が始まった。海と山の幸が贅沢に使われたパスタは、祖母の得意料理だ。母キャサリンもまたレシピを受け継いでいたから、私は幼い頃からこのパスタが大好物だった。


「ええっ、この裏に若い方が?」
「言わなかったかしら?マホーンさんという方よ。貴女に送ったショールは彼が作ってくれたオーダーメイドなの。気に入ったなら嬉しいわ」

 祖母は本当に嬉しそうにそう言うと、食事の後に挨拶に行くことを提案した。今日は元よりその予定で来ているのでありがたい。

 ヘルゼンの宝石店に立ったり街を歩いても、結局毛皮を得るための有力な情報は手に入らなかった。少量でも店で販売出来るなら、とても助かる。

 考え事をしつつフォークを口に運んでいると、祖父母の後ろに備え付けられた棚の中に、若かりし頃の母の写真を見つけた。記憶の中の姿よりも若く、はつらつとした笑顔で映っている。

「あの写真……お母様ですか?」

 私の質問に応えたのは祖父だった。

「あぁ、キャサリンだ。ちょうど今のジャンヌと同じくらいの年齢じゃないか?」
「二十歳のときの、お母様………」

 色褪せた写真の中で、母は白い花を大切そうに抱えている。花好きな母からは色々な花を教えてもらったけれど、その一枚に収まっているのは見慣れぬものだった。星型の花の中央がボタンのように黄色く盛り上がっている。

 祖母は私の視線を追って立ち上がり、棚の中に飾っていた母の写真を取り出して見せてくれた。

「懐かしいわね。エーデルワイスだわ」
「エーデルワイス?」
「この辺りではあまり咲かないのよ。高山植物だから標高が高い場所にしか生えないの。高い効能があってね、薬の代用として飲む人もいるみたい」
「あの、それってロゼリアの国内でも採取出来ますか?」

 前のめり気味に尋ねた私に驚きつつ、祖母はうーんと首を捻った。

「北部の山なんかだと可能性はあるけれど…… これはきっと、ダフマンさんと出掛けたときに撮ったのね。よく二人で旅行に出掛けていたもの」

 私は写真に映った背景に目を凝らす。
 連なる山は確かにわずかに雪を被っているように見える。つぶさに観察を続けながら、意図せず見知ったものが目に入った。

 明るく笑う母の首元に銀色のチェーンが掛かっている。細いチェーンは胸元まで垂れて、その先端には丸い懐中時計があった。結婚式の日、アマンダが私に贈ってくれた、あの懐中時計が。


「お祖母様………、」
「どうしたの?」

 褪せた写真から目が離せない。
 心臓が痛いほどに鼓動が早まっている。

「この、懐中時計は……?」
「あぁ。これはねぇ、確かキャサリンの結婚祝いで私たちがプレゼントしたものよ。初めのうちは使ってくれていたけど、貴女が生まれたりした関係で仕舞い込んで………」

 そういえばどうなったのかしら、と祖母は不思議そうに隣に座る祖父を見遣る。肩を竦める二人を前にして、私は言葉が出なかった。

 自分の部屋にある、と言えなかった。

 どうしてアマンダは私にこの懐中時計を贈ったのだろう。何故、母が大切にしていたものを彼女が持っているのだろう。

 答えなんて知る由もないが、頭が割れるように痛い。十五歳のときの私が、必死の形相で何かを訴えている。追求すべきではないと、言われているようで。
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