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第二章 ヘルゼン伯爵家の悪妻
41 マホーン伯爵
しおりを挟む昼食後しばらく、ソファの上から動けなかった私を散歩がてら外に出ないかと誘い出したのは祖母だった。
もともと毛皮の仕入れ先を探しに来たのだから、早く祖母が紹介してくれる男性に挨拶に行かなければいけない。それなのに、どうすればこの沈んだ心が立て直せるのか分からず、まだ重たい身体をなんとか奮い立たせて立ち上がった。
「行きましょう、すみません……」
「良いのよ。だけど珍しいわね、貴女が落ち込むなんて」
不思議そうに首を傾げる祖母に私は頭を下げて出掛ける準備をする。簡単な手土産として、道中でアルキノーさんのマドレーヌは買ってきたけれど、そもそも甘いものを好むだろうか?
気に入ってくれると良いけれど、と願いながら祖母と二人で家を出た。
裏手にある大きな別荘は長い間空き家だった。少なくとも、私が幼い頃に両親に連れられて遊びに来ていた頃はすでに無人だった。若い人が入ったなんて驚きだ。
呼び鈴を鳴らすとすぐに男が顔を覗かせた。確かに祖母が言っていた通り、人柄は良さそうだ。
「ハンベルクさん、いらっしゃい」
「あぁ、マホーンさん、突然ごめんなさいね。前にお話しした孫のジャンヌよ。毛皮のことを聞きたいらしいんだけど、お時間よろしいかしら?」
「もちろん。僕が分かることなら喜んで」
笑顔で迎え入れてくれる家主に続いて、私は祖母と共に門を潜る。綺麗に整えられた中庭を抜けると、古いながらも大きな屋敷に辿り着いた。
「お一人で住まれているのですか?」
私の質問に男は首を振る。
「住み込みで何人か使用人を雇っています。普段はロゼリア国内の地質なんかを研究してる」
「どうしてこの土地に……?」
「参ったな、なんて答えたら良いんだろう。うーん……まぁ、仕事です。ある人の様子を見守るように言われているから」
「………?」
詳しい事情は分からなかったが、そこで私たちは玄関へと辿り着いて、男は「ようこそ」と右手を差し出した。セドリック・マホーンと名乗る男の手を取って、私は握手を交わす。
一つ、前進出来るだろうか。
毛皮という武器を片手にヘルゼン商会における自分の地位を築く。そうすればバッカスに認められ、ペチュニアは私に意見することが減るだろう。自分の功績が商会のものになるのは勿体無いけれど、これも後々ヘルゼンからスムーズに離脱するための布石だから仕方ない。
◇◇◇
「え、伯爵家の……?」
「はい。まぁ父は僕に期待していないので、この通り好きにやらせてもらってるんですけど」
あっけらかんと笑ってみせるセドリックは今年で三十五歳になるそうで、伯爵家の一人息子らしい。言われてみれば確かに立ち居振る舞いが優雅だし、喋り方だって穏やかだ。
しかしながらこの場所は、海が近くて景観は良いものの王都みたいに何でも揃っているわけではない。私はますますこの好青年が何故引っ越してきたのか気になった。
「あ、今日は毛皮の話でしたっけ?僕はただ、運良く業者と繋がっているだけです。趣味で染めや加工の作業は行いますが、量産できる体制はない」
仕事がありますから、とセドリックは残念そうに肩を竦めた。
「ご自分で動物を仕留めるのですか?」
「まさか!海の向こうのエルバキア共和国から輸入しているんです。親戚が住んでいるので、ありがたいことに相場より安く仕入れることが出来ます。それに品質も良い」
「あの、その毛皮を……」
「だけど、なかなか安定した量を用意することが出来ません。なのでお話はありがたいのですが、一般への流通は難しいかと」
申し訳なさそうに眉を下げるセドリックを前にして、私は俯く。仕方がないことだが、やはりなかなか上手くはいかない。
「………教えていただきありがとうございます」
「お力になれず、すみません。人工的なものも近頃では技術が上がっていますから、商会で販売するならそちらはいかがですか?」
「人工的なもの……?」
「天然の毛皮ではなく、合成繊維で作られた偽の毛皮です。偽とは言っても、普段毛皮に触れないような一般の人ではなかなか識別出来ません」
ヘルゼンのお客様の場合はきっとすぐバレてしまうでしょうが、とセドリックは笑った。
取り出して来てくれた偽の毛皮は確かに肌触りが滑らかで申し分ない。自分が身に付けていた祖母のショールと比べてみると若干の違いはあるものの、初見で見分けるのは難しそうだ。
「ありがとうございます。会長にお伝えしておきますね。丁寧にご説明いただき、助かりました」
セドリックの家の犬と戯れていた祖母は「あらもう帰るの?」と名残惜しそうに言う。
「いつでも遊びに来てください。ハンベルクさんのお孫さんなら歓迎です」
「ありがとうございます。これからも、祖父母をよろしくお願いします」
私たちは頭を下げてマホーンの家を後にした。外に出てみると、空は薄暗くなって気温が下がり掛けている。そろそろヘルゼンに戻るべきだろう。
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