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第三章 公爵家の真実
52 家族
しおりを挟む入院も長期化すると隠し通すことは難しく、三週目にはヘルゼンからの手紙が届いた。「南部は遠いからなかなか見舞いに行けそうにない」という内容が簡潔に書かれており、病院の費用はいくらほどになるのかという心配が寄せられていた。
病状に関することや、私の検査結果に関する質問は一切ない。潔いぐらいに自分達の都合だけを書いた手紙から目を話して、私はそれを備え付けの棚に仕舞った。
(体調よりもお金の心配なのね、)
贅沢品を買う金は惜しまないが、私が適切な治療を受けるためのお金は無駄な出費と捉えられるのだろう。心配して飛んできてほしいとまでは思わないけれど、まだ結婚して一年もたっていないのだから、少しぐらいは情を掛けてくれても良いと思う。
ここでも悪い意味で想像通りのヘルゼン伯爵家の行動に、私は肩を落とした。
「溜め息を吐くと幸せが逃げるのよ」
聞き慣れぬ声に顔を上げると、病室の入り口には騎士団のヘザーとマリーが立っていた。またもや意外な組み合わせで登場する二人に、私は目を丸くする。
「ヘザーさん……!マリーさん……!」
どうして二人でここに、と問い掛けると、答えようとしたヘザーの隣でマリーが口を開いた。
「ヘザー先輩はいつも一人で退屈そうなので、私から誘ってみました!」
「よ、余計なお世話よ!貴女みたいに私は暇じゃないの。ジェイドが婚約を破棄したせいで新しい恋人を見つけないといけないし、訓練だって、」
「あ~~そうでしたね!ヘザー先輩ったら気が強いってだけで別れを切り出されるなんて、神様は不公平ですよ」
ペラペラとマリーが語ったことで、私は意図せずにヘザーの近況を知ることになった。ヘザーは青筋を立てて怒っているが、当の本人マリーはどこ吹く風で窓の外の鳥たちに手を振っている。
二人の掛け合いを見ていたら自然と気持ちが明るくなり、私はふっと頬を緩めた。
「待って、アンタ今笑った?」
「ごめんなさい、仲が良いなと思って」
「良くないわよ!私はマリーよりも先輩なの。それに明日は我が身よ。入院してもう随分になるんでしょう?また義理の妹が押し掛けてたりして」
「え……?」
予想外の言葉に私の頭はフリーズした。
アマンダとイーサンの関係は、まだ本人たちにも確認が取れていない。もちろんマリーにも話していないし、知っているのはユーリぐらいだ。無駄口を嫌う彼が、誰かに他言するとは思えない。
私の反応を見てヘザーは何か勘付いたのか、急に目を泳がせて、らしくない表情を浮かべる。
「ごめん……今のは気にしないで。べつにアンタを不安にさせたいわけじゃないの」
「どういう意味ですか?何か知っているの……?」
心臓の鼓動が徐々に速まる。
聞きたくないという思いもあった。
だけど、私は逃げるわけにはいかない。これからの人生はもう目を背けないと決めたのだから。
短い沈黙の末に、ヘザーは迷いつつも私の目を見据えて口を開いた。
「騎士団の宿舎は原則、団員の家族以外は立ち入り禁止。このルールは分かってるわよね?」
「はい。管理人室の前で毎回名前を書いています」
「前にイーサンの部屋に女が入って行くのを見たことがあって、イーサンを揶揄ったことがあるの。その時は貴女のことを知らなかったから、恋人が出来たのねって……」
ヘザーが言うには、イーサンは否定したそうだ。
恋人じゃなくてその妹だと。宿舎の彼の元を訪ねて来るのは、勉強を見てもらう目的であると。
話を聞きながら私は胸の内で違和感を覚える。結婚前も結婚後も、夫が勉学において才能を発揮するタイプだとは思わなかった。本人にも自覚はあるようで「数字を見ると頭が痛くなる」と、商会が赤字になっていても帳簿に目を通してくれなかったのを覚えている。
「一度目はあまり気にしなかったわ。だけど、それも何度か続けば流石に変だと思ったの。だって、恋人である貴女は来ないのに、その妹が一人で頻繁に騎士団の宿舎に来るのよ?」
男だらけでむさ苦しいのに、と至極嫌そうな顔をしてヘザーは目を回した。
「アンタに初めて会ったときに化粧室で伝えたことは私の本音よ。金持ちの男の妻っていうだけで仲良くなれる気がしなかったから、多少の意地悪も言ったけれど、イーサンに関してのことは全部警告だったの」
「………ありがとうございます。おかげさまで最初は貴女と夫の関係を疑いました」
ヘザーはギョッとしたように身を引いた。
「冗談よしてよ!自分より弱い男なんて願い下げ。ああいう親の金で楽して生きてる男って大嫌い」
「だけどヘザー先輩は爵位持ち狙いなんですよね?」
横から口を挟んだマリーに「うるさいわよ」と即座に返答しつつ、ヘザーは唇をへの字に曲げる。こうして会話するまで、彼女の本当の性格は分からなかった。原因不明の敵意を向けられていると思っていたし、イーサンの浮気相手は同期のヘザーだと信じて疑わなかった。だから、耐え切れずにクレモルンの屋敷に戻ったときにもアマンダ相手に弱音を吐いたのだ。
(そうだわ……あの時にアマンダは……)
「すみません、騎士団にリンクス隊長という方がいると思うのですが……」
遠慮がちに切り出すと、ヘザーはまるで大きな蝿が部屋に入って来たみたいに思いっきり顔を顰めた。マリーもまた苦々しい顔をしている。
「リンクスって第三部隊の部隊長の?」
「ええ、たぶんそうかと」
「クソよ、クソ。医師の知り合いがいるとかで負傷した兵士の支援担当も兼任しているらしいけど、あの男に任せたら兵士生命終わるって有名だから」
ヘザー曰く、リンクスの紹介で治療を受けた兵士たちは傷口の悪化や感染症で現役復帰の道を断たれる例が多いと言う。
私は頭の中で、第一病院で診察を受けたマコーレイ・リンクスの様子を思い返していた。生気がなくドヨンとした双眼は、確かに信用するに足らない。
「だけどリンクスの件は騎士団長が自ら動いてるって噂だったわよね?ほら、ユーリさんが、」
「あ、そういえばそうでしたねぇ」
口元に人差し指を当ててふんふんとマリーは頷く。
私が倒れた日、元を辿ればユーリとは第一病院で偶然出会った。もしかすると彼は、あの日も何かを確認していたのだろうか。リンクス兄弟の怪しさに、ユーリはすでに気付いていたのかもしれない。
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