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第三章 公爵家の真実
53 決断
しおりを挟む「ヘルゼンの屋敷に戻る……?」
退院が近付いた頃、様子を見に来てくれたユーリに今後の予定を伝えたところ、想像した以上に驚いた反応が返ってきた。
初めは、帰るつもりなんて毛頭なかった。
イーサンの浮気相手が従姉妹だと知りながらヘルゼンで生きていくなんて無理だと思ったし、これ以上二人に欺かれながら何も知らない道化のフリをすることは出来なかった。
だけど、父はそれでも商会で働き続けなければいけない。私がイーサンと離婚しても、バッカス・ヘルゼンに忠誠を誓った父を引き離すことは難しい。
「………クレモルンはヘルゼンの支えがないと生きていけません。アマンダの学費の件がなくても、うちはただでさえ貧乏です」
「君は家のためにヘルゼンに戻るのか?」
「まだ確実な証拠もありません……アマンダからもらった薬だって、彼女がシラを切れば責任逃れをすることは簡単です。それに、きっと騙された私にも非がある……」
「どうしようもないお人好しだな。毒を飲まされても自分が悪いと思うとは」
呆れたように短い息を吐いて、ユーリは首を振った。
私だって出来ればヘルゼンに戻りたくない。
見舞いにも来ない夫と、私の体調よりも入院費の心配をする義両親と、この先どうやって信頼関係を築けば良いのか。正解があるとは思えない。
だけど、するべきことがある。
関わりを持ったからにはコリーナ洋裁店との協力体制を放棄するわけにはいかないし、ペチュニアが目を付けているアルキノーのベーカリーだって気掛かりだ。もっとも、今頃は別の餌を嗅ぎ付けているかもしれないけれど。
「王都で入院していても結局夫も父も多忙で私の面倒なんて見れませんでしたし、南部の祖父母のもとに移った方が都合が良かったので転院したことにします」
「入院の期間が延びたことは?」
「安静のためとしましょう。毒については触れませんし、リンクス先生の検査結果が虚偽の申告であったことも告発しません。どうせあの人たちはそんな細かいことは気にしないだろうから」
ユーリは納得いかない顔で目線を下げた。
眉間には深い皺が寄っている。
「つまり君は、何もなかったことにするのか?」
私はベッドの上で横たわったまま、頷いた。
ユーリからしたら不満があるだろう。せっかく気を利かせて転院させてくれて、正しい検査結果を導き出してくれたのに、すべてを投げ出して元の生活に戻るなんて。
「………どうかしてる」
「分かっています。だけど、これが私の生き方です」
「誰かのために自分を犠牲にするのが君の生き方なのか?父親のため、従姉妹のため…… 君自身の幸せはどこにあるんだ」
そんな質問を受けると思っていなかったので、私はしばらく閉口した。考えた末に、口を開く。
「私の大切な人が幸せなら、それで十分なんです。どうせ二度目の人生ですし、少し人助けもしてみたくて」
ユーリは大きく目を見開いて、すぐに俯いた。
「分からない。俺の生き方とは違い過ぎて、」
「私の幸せになってほしい人のリストには団長様も入っているんですよ」
「は……?」
またもや訳が分からないといった顔で驚愕するから、私は出来るだけ冗談っぽく聞こえるように笑顔を浮かべた。
「人を信じられないんでしょう?団長様の私生活に詳しいわけではないですが、あんな変な食べ方を続けたらきっと身体にも良くありません。信頼できる料理人を早く見つけてください」
ユーリは口を開いて何か言い掛けたが、窓の外で鳥の飛び立つ音がしたので、私たちは揃ってそちらを見た。白い鳥が数羽群れになって遥か彼方へと消えて行く。
ユーリ・バレンタインという人間について、私が知り得る情報はあまりに少ない。冷徹な悪魔と表現する人も居るし、イーサンのように良く思っていない部下も居る。
だけど、あくまでも私の前では、彼は口調に反して協力的だった。二度目の人生なんていうふざけた設定も馬鹿にせずに、真剣に話を聞いてくれた。曲がった真実に呑まれそうになっていた私を、こうして救い出してくれた。
「誰も信じられない人生なんて、辛いです。いつか団長様にも、心から信頼出来る人が現れますように」
願っています、と言い添えて私は微笑む。
ユーリは何も言葉を返さず、されど否定もしなかった。余計なお節介であることは百も承知だが、彼のこの不器用すぎる優しさを、誰かに理解してほしいと思う。幸せになってほしいと素直に願う。
「………分かった、君の選択を尊重する。何度も言うが借りがあるからな」
「ふふ、団長様が律儀な性格で良かったです」
「国王陛下の体調だが、回復の兆しがあった」
「………!」
驚いてユーリを見上げた。
エメラルドグリーンの瞳が細められる。
「君の助言が正しかった。感謝する」
「良かった……本当に、良かったです」
無駄ではなかったのだと思えた。
一度目の人生から得た知識と、二度目の人生で試みた行動が繋がった結果。ハンベルクの祖父母に感謝しないといけない。
ヘルゼンの家に篭っていただけでは知り得なかったこと、出会えなかった人たちが私の人生を動かしている。運命は変わるのかもしれないと、まだ信じていたい。
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