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第三章 公爵家の真実
58 二人
しおりを挟む退院後の経過観察ということで南部の第三病院に行く予定だったのに、気付けば足は別の場所に向かっていた。家主が居るかどうかも分からないのに。
三度目のベルを鳴らす前に、結果は分かった。
不機嫌な顔をしたユーリが姿を見せたのだ。
「今日は雨じゃない」
呆れたような顔で言うから私は下を向く。
自分でもどうしてここに来てしまったのか分からない。ただ、今の気持ちをすべて吐き出したいと思ったときに、ユーリの顔が浮かんだ。彼にとっては良い迷惑でしかないだろうけれど。
セドリックの話を素直に読み解いた場合、事実は私の想像していた以上に最悪だった。アマンダとイーサンの関係は、最近始まったものではない。二人には、かつて子供を堕した過去があるということ。
「………んぷっ、」
凄まじい吐き気が込み上げて来て、私は口元を押さえた。何か察してくれたのか、ユーリは黙ったままで建物の中を指差す。入っても良いということのようで。
至極迷惑極まりない客だという自覚はあるものの、来てしまった以上は帰るわけにもいかないので、ひとまず勧められるがままにソファに腰掛けた。ユーリはテーブルのそばの椅子に腰を下ろして、言葉を発する様子はない。
何から話せば良いだろう。
頭の中が真っ白だ。
「………団長様の言っていたことは正しいです」
ようやく口から出て来たのは後悔の念。
「私はきっと悪妻に向いていません。賢くもなければ、人を欺くセンスもない。私に相応しいのはたぶん、誰かの手のひらの上で踊り続ける道化です」
「道化?」
訝しむようにユーリが尋ねる。
長々と恨みったらしく話したくなかったのに、まとまらない思考は垂れ流すしかできない。イーサンの浮気が発覚して、その相手がアマンダだと分かったとき、ある程度の覚悟はしていた。ショックだし、それなりに落ち込んだ。
だけど、これは度を超えている。
今の私には受け止め切れない。
「イーサンとアマンダには、子供が居ました」
「………それは、」
「おそらく本当です。第一病院のリンクス先生ならご存知だと思います。彼を証人にして、私はヘルゼンに離縁を突き付けるつもりです」
「リンクスが証人になると思うか?」
鋭い声に私はぼんやりと顔を上げた。
「断言するが、リンクスが噛んでいるならヘルゼンが金を握らせたんだろう。この件が内密に済んでいるのはそのお陰だ」
「だけど、リンクス先生はきっと他のことでもアマンダに協力しているはずです。あの薬だって……!」
「君は詰めが甘すぎる」
厳しい指摘はもっともで、言葉につまる。
証拠は不十分だ。アマンダのイヤリングの件も、彼女からもらった薬の件も、セドリックの写真でもまだ足りない。それらは決定的な証拠には成り得ない。
「正直者がバカを見るとはよく言うが、道化にされたジャンヌ・ヘルゼンに良いことを教えてやる」
「良いこと……?」
ユーリはそのままソファの前まで歩いて来て、身を屈めた。綺麗なエメラルドの瞳が細められる。
「証拠は作るものだ。何事も外堀を固めてからでないと、動かすことはできない」
「どういう意味ですか?」
「俺がマコーレイ・リンクスを君の証人にする」
「ど、どうやって……」
笑みを深めたユーリは部屋から消えたかと思うと、すぐに分厚いファイルを持って戻って来た。鈍器のようなそれを私の膝の上にどすんと落とす。
とりあえず開いてみると、カルテのような書類が目に入った。何人ものカルテが大量にファイリングされている。
「すべて騎士団に所属していた兵士のものだ。兄のアリディン・リンクスから紹介を受けて、ロゼリア第一病院で弟のマコーレイ・リンクスが治療に当たった」
「………、」
「ほとんどの者は負傷した傷口が膿んだり、感染症に罹ったりして騎士団には戻らなかった。戻った場合も戦闘には使い物にならない身体になったせいで裏方の人生だ」
ヘザーとマリーが話していた内容を思い出す。
第三部隊のリンクス部隊長に関する悪い噂を二人はしていた。闇医者との繋がりを示唆する内容だったと記憶しているが、それこそが彼の弟なのだろうか。
「負傷した際の記録は騎士団でも保管してある。比較したら分かるが、状態はいずれも入院中に悪化しているんだ」
「じゃあ、それは院内で……」
「あぁ。騎士団の中で空いたポストにはリンクスの部下が昇進して入ったりしている例もある。面白い繋がりだと思わないか?」
青褪める私の膝の上のファイルを指差して、ユーリは口角を上げた。
「証拠を出す以上は効果がないと。これをもとにリンクス兄弟の化けの皮を剥いで、証人とする」
「団長様は、どうしてそこまで協力を、」
「リンクスの件は騎士団の被害も大きいからな。それに、君には借りがある。イーサン・ヘルゼンへの復讐は請け負うと言ったはずだ」
「だけどこれは私の復讐です……!」
思っていたよりも大きな声が出て、部屋の中には重たい沈黙が訪れた。私は黙ってこちらを見つめる碧眼と恐る恐る目を合わす。
協力してくれるのはありがたい。実際、彼がいないと私はここまで生き存えなかったかもしれない。巧妙な蜘蛛の巣の上でとっくに力尽きて、争う気力さえ奪われていた可能性もある。
だけど、それを頼りにしてしまっている自分が怖かった。甘えないように気を付けたいのに、今日だってどうしようもなくショックを受けて無意識的にユーリの元へと足が向いた。
今後ずっとこの人を頼りにすることはできない。
ユーリは騎士団長で、私にはまだ私の問題が山積みだ。向き合わなければいけないそれらの課題を、あわよくば一緒に解決してほしいと願う自分もいる。ただ、巻き込んでしまっただけの彼に。
(ダメだわ……しっかりしないと、)
ぎゅっと目を瞑って、拳を握った。
ゆっくりと開いた視線の先で、鬼の騎士団長の表情は想像したよりも穏やかだった。声を荒げてしまったから、気分を害したはずなのに。
謝罪の言葉の前に、短い溜め息が割って入る。
「それでもまだ悪妻を気取るのか?」
「え?」
「ジャンヌ、もっと狡猾になれ。笑顔で嘘を吐くぐらいでないと計画は上手く運べない。ただでさえ君の敵は悪党揃いだから」
伸びて来た手が、私の膝の上から重たいファイルを取り上げた。気のせいか、身体全体が軽くなったように感じる。
「俺を利用しろ。良い手駒になると誓う」
しばらくの間、なんと答えたら良いか分からなかった。絡む視線に耐えかねて感謝を述べるのが精一杯で、私たちは進捗を報告し合うことを約束して別れた。
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